ゴールデンウィーク初日の夜

そいつを見た時、俺は目を疑った。


「な、なんだこいつ…」


コンビニの駐車場、そこの端っこに体育座りしている女がいたのだ。

何かの事件か? と、思いつつ、関わりたくないなぁという気持ちでいっぱいだったが、なんかヤバい状態だとしたら不味いよなと思ったので話しかけてみることにしたのだ。


「おい、そこのアンタ…大丈夫か?」


顔を伏せていて顔は見えないが、多分俺とそこまで歳は変わらないぐらい。地毛なのか、それとも染めているのかはわからないが、その髪は粟色をしていた。


「……………」


その女は何も答えない。俺の言葉を無視しているのか、それとも意識がないのか…。


「あー…腹減ってるのか? それならこれ買うか?」


そう言って差し出したのは先程買った肉まん…おやつ代わりについでに買ってきたものだ。

女はその匂い釣られたのか、顔を上げる。

そして一言俺に聞こえない程小さな声でボソッと何かを言った。


「…はぁ、…またですか。…もう、どうでもいいか、この人にしよう」


残念ながら俺にはその声が全く聞こえていなかった。もし聞こえたら速攻で放置して家に帰っただろう。


「それ、もらってもいいんですか?」


疲れたような声で女はそう言った。俺はなんだコイツと思いつつ…。


「お前が無一文だったらくれてやる。そうじゃなかったら無理だな」


金持っている奴に奢る程俺は金に無頓着じゃない。なので女の状態を確認するついでにそんなことを言ってみたのだ。


「残念ながら無一文です。よかったですね、恩を売る機会があって」


「…あぁ?」


その口ぶりに若干のイラついたが、一度口にしたことを撤回するのもアレなので肉まんを無言で差し出す。


「…くれるんですか?」


「気が変わらないうちにさっさと食え」


二度は言わないつもりでそう言ったが、女は素直にも俺の肉まんを頬張り、もぐもぐと食べる。


「…あったかい」


「そりゃそうだ、買ったばかりなんだから」


何を当然なことを…と思いつつ、取り敢えず事情を聞くことにする。


「お前はあれか? 家出少女ってやつか?」


家族との折り合いがどうのこうのというアレ…俺もほんの少しそういう経験があるのでなんとなくそうじゃないかなと思ったのだ。


「そうだとしてなんですか?」


どうやら合っているらしかった。…なんか口調が刺々しい、そういう性格なのだろうか。


「あー…この付近は最近物騒でな、知る限りでは二件も女性が襲われてる。だからさっさと家に帰った方が身のためだぞ」


いやマジで、本気の親切心でそう言う。だって俺当事者だもん。


「はぁ、そうですか…奇遇ですね。私も今日何件かそういう人に絡まれました」


えぇ? もしかして危機感ないちゃんか? それならもうとっとと放置して帰りたいけど…。


「でもそういう人にはこれを見せれば解決です。ほら、これ」


そう言って女が出したのは…防犯ブザー?

なるほど、確かにデカい音を出せば周りの人間は気付く…か、少なくともこのコンビニの近くなら店員が常駐している。そうなったら無理に絡まれる可能性は減るな。


「ちゃんと防犯意識を持ってて偉いじゃないか、でも夜も遅いし、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか?」


例え防犯バザーを持っていても確実に安全なわけじゃない。もしかしたらコンビニの店員が薄情だったり、コンビニの店員もグルで来るかもしれない…やはり早めに帰った方が身のためだと思う。


「……貴方その一人でしょうが…」


「あん? なんか言ったか?」


またもや何も聞こえない。さっきからボソボソと何を言っているのだろうか。


「いえ、なんでもありません…。…それと家には帰れません。そういう事情があるんです」


「あー?」


事情、そう言われれば何も言えん…ふぅむ。

ここまで関わってしまった以上、なんとなく見捨てるのはなぁ…こう、人として助けたいと思ってしまうよな。


しかし実際問題どうすればいいのだろうか、…金でも下ろしてホテルに泊まらせるか? …それだと根本的な解決にはならないけど…まぁそれでいっか、そこまで面倒見る筋合いもねぇだろ。


「なぁ──」

「なので、貴方の家に泊めてもらえないでしょうか」


……急に何言ってんだコイツ。


「どうしても家には帰れないんです。かと言って頼れる人もいません…どうか、この哀れな女を助けてはくれませんか?」


「…………」


どこか芝居掛かった声、その言葉に嘘はないのだろうが、本心で放った言葉ではないのはなんとなくわかる。


「んー……」


正直部屋に赤の他人を入れたくはない。見知らぬ人間の匂いを残したくない…が、こいつが困っているのは事実らしい。


前々回の先輩の記憶、前回の先生の記憶がフラッシュバックし、取り敢えず泊めるだけならいいかと楽観的に答えを出す。


一応寝具に関しては問題ない。先生が買ってくれた布団もあるし、個人的に先生が使っていた寝袋が欲しくなり、それを購入した。なので一応俺の家に寝具は二つあるということになる。


「…悩むフリはいいんですけどね。…どうかお願いします。私、なんでもしますから」


最初のところは聞き取れず、最後の方の言葉しか聞き取れなかった。

なんでもします…ね、その言葉は最近聞き覚えがあり、嫌な記憶しかない。…そう言われると泊めたくなくなってきたな。


しかしまぁ、一度泊めると決めたんだ。それを脳内で出た結論とは言え覆すのもアレだよな。


「なんでもは別にしなくていい、…が、まぁ泊めてやるよ。特別サービスで宿泊料は取らないでやる」


「…は。………ありがとうございます」


一瞬女は不穏な笑みを浮かべたが感謝の言葉を言い放ち、そして立ち上がった。


俺は家に戻った。女はずっと黙って後ろをついてくる。

なんとなくやりづらいなと思いつつ、取り敢えず部屋に移動。


「殺風景な部屋ですね」


「部屋の中に無駄な物があるのが嫌なんだよ」


机の上にはパソコンが起動しっぱなし。そこにはまだENDと書かれた画面が残っていた。


「布団はそれを使え、部屋の物には極力触るなよ? 何か不審な動きをしたら叩き出すからな」


「わかりました」


ほんとにわかってる? すげぇ生返事なんだけど…。

…まぁいいや、この女が不穏なのはもうわかっている。…一晩泊めたら後はもうバイバイしてしまおう。


そんなふうに思いつつ、コンビニで買ってきたチャーハンを頬張る。チャーハンとおにぎりが奇跡的に残っていたため今日の晩飯はそれだ。


「お前はこれ食え、あ、アレルギーだったりする?」


「…いえ、アレルギーとかはないです」


あらそう? じゃあ食っても問題ないな。


おにぎりを二個女に渡して後は放置、取り敢えず暇だしなんかアニメを見るとしよう。

この状況でマジスク(マジカル★スクランブルの略)を見る気にはならないな…うん。


まぁ、そんな感じで飯を食い終わった。後は寝るだけという状況。


春先でまだ外もあったかいし、女の近くで寝るのはな…と思ったのでベランダで寝ようかなと思っていたその矢先だ…突如として女が上着を脱ぎ始めた。


痴女? 痴女かな? それとも寝る時服を着ないとダメなタイプかな? じゃないと突然服を脱がないよね。

内心深く溜息を吐きながら、さっさとベランダに移動してしまおうとするが…。


「すいません、お風呂は入った方がいいですか? それともそのままの方がいいですか?」


「………はい?」


理解不能、何故急に女がそんなことを言い始めたのかまるで理解出来なかった。


「いえ、知り合いの話を聞くと、こういう時体を清めない方が逆にいいという男性もいると聞きましたので、貴方はどっちですか?」


「………こういう時…とは具体的になんだ? お前は俺に何をしようとしている」


女は服を脱ぐのをやめない。猛烈に嫌な予感がする。

痛みを感じない筈の肝臓が痛くなるような感覚がある。内臓が溶けてしまいそうになるくらいの嫌な予感がする。


女は答える。


「だって、貴方は用途で私を家に連れて来たんですよね」


「………………アぁ?」


「今まで私に声を掛けた男の人は大体それが目的でしたから、最初は断り続けていましたけどもうめんどくさくなっちゃいまして…」


カラっ…と、脳の一部が欠ける音がする。でも、まだ耐えられていた。

この状況にも耐え、取り敢えず説得しようという思考が俺の中にはまだあった。


「私も初めてなんであまり上手く出来るとは思いませんが…そこは貴方がリードして下さい。…だって、こういうことに慣れているでしょう?」


だが、その言葉を聞いてからはもうダメだった。


「ああいうふうに声を掛けるとはそういうことですよね? 私としてはどうかなって思いますけど、泊めてくれるお礼として私はそれしか出来ませんので…本当は嫌ですけど受け入れることにします」


魂が穢れる。


ダメだ、もう駄目だ。

この女と話すと俺の何かが穢れる。俺の守ってきた俺が壊れる。


だから、だから…俺の平穏を保つ為にコイツを排除しないと。


「でもあんまり痛くしないで下さい。あくまで私は体を貸すだけであって、委ねる────」


脳が目の前の全てを認識するのを拒否する。カチリと意識が切り替わったのが体感的に理解出来る。

もう、こいつは俺の敵だ。

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