高嶺聖は守られない

ゴールデンウィーク初日

ゴールデンウィーク明けの談笑、俺は今日も今日とて昼休みの時間、保健室にお邪魔させていただいている。


「いやぁ、本当にゴールデンウィークは大変でしたよ。なんかもう…いろんなことがありましてね?」


「名取くんは本当にいつも大変だね…それじゃあ、そんな名取くんは労ってあげないとね」


そう言って先輩はお菓子を出してくれた。わーい、チョコクッキーだー!


もぐもぐとチョコクッキーを頬張る。…めっちゃ美味いやん。


「これ美味いっすね。どこのお店のやつですか?」


こんだけ美味いのなら家に常備するのもいいかもしれない。そう思って聞いてみるが…。


「…え、えへへ…実はこれ、私が作ったものなの…口に合ってよかったぁ」


なんと、先輩が作ったものだったとは…そう思うと余計に美味しく感じる。美味さのインフレが止まらないな…!


「先輩ってお菓子作りも出来るんすね…俺も多少は心得がありますが、菓子作りは俺にはどうも向いていないようで…うん、美味い…」


心愛にせがまれて何回か作ったことがあるが、こんなに美味くは作れなかった。


お菓子作りに必要なのは正確な計量…ほんの少しでも材料が少なかったりするだけで味が台無しになったりする。

俺はそういうチマチマと計量しながら料理するのは苦手なんだよな…いつも大体目分量でやってしまう。


「ふふふ、そんなに気に入ったのなら…今度から偶に作ってくるよ」


「それはありがたいっすけど…いいんすか? 手間とかにはならないっすか?」


そんなことを言ってみるが、先輩は微笑みながら首をふるふると横に振る。


「ううん…家族にも作ったりするからそこまで手間じゃないよ。それに名取くんが喜んでくれるなら何個でも作れるよ」

 

…そこまで言うなら、断るのも失礼か。


「それじゃあ…余裕がある時にお願いします。その代わりと言っちゃアレですが、俺はいい感じのお茶っ葉でも探しておきますよ」


「ふふ、楽しみにしてるね」


と、そんな感じに先輩と雑談していたのだが、そこに水を差す存在が一人…。


「なぁなぁ、ゴールデンウィーク中に大変だったことって何? 私気になるんだけど」


その存在こそ俺の昼飯をつまんでいる保険医だ。…そんなに気に入ったのかよ。


「大変つっても、そこまで面白いことではないですよ?」


それに先輩に話せる内容としては三つ起きたうちの一つだけ…他二つは俺の家に関わることなので説明するのは憚れる。

だがまぁ…一つ目のやつなら話してもいいか。


「そう、あれはゴールデンウィーク初日の夜…俺の家にクソ失礼な女がやって来たのです……」



………


……………


「休みって、案外何もすることないな」


ゴールデンウィーク初日、俺は特に何をするわけでもなくぼーっとしていた。己の無趣味さが憎い。


外を出て何かしようにもなぁ…最近は外に出ることにより大体めんどいことに巻き込まれていたからなぁ。

最近外出てよかったことといえば先輩をギリセーで守れたことくらいか? あと委員長と遊びに行ったこと? そんぐらいしかない。


家事も大体済ませたし、マジで何をしようかなと悩んでいると…俺に電流が走る。


「そうだ! あのまみぃちゃんガチ勢から貸してもらったあれを見よう!」


あれ、それはとあるアニメ…魔法少女ものの癖に深夜枠で放送されていたもの…。


それこそが【マジカル☆ファラオ マミーちゃん】である。俺はそのBlu-ray&DVDをとあるまみぃちゃんガチ勢から貸し与えられていた。


今まで見よう見ようとは思っていたが、なんだかんだ忙しかったりしたせいですっかり存在を忘れてしまっていた。ごめんなガチ勢。

しかし今はゴールデンウィーク、つまりようやくまとまった時間が確保出来る。


この為にDVDデッキも買ったんだぜ? 最近のやつって結構お高いのね、ちょっとした出費だったぜ。


パソコンにDVDデッキを繋ぎ、動作確認…うん、ちゃんと動きはするな。

よーし、見るぞー。


DVDデッキに円盤をセット…さぁて、いったいどんな話なのかな?



[数時間後]



「うぉぉぉ…!! 魔美ぃ!!!」


最終局面、そこで伝えられたラスボスの正体。

それは幼い頃に亡くなってしまった魔美の幼馴染でもあり、そして世界の悪感情が具現化した存在でもある。


世界から生じたもの…死の恐怖、老いの恐怖、誰かを傷つけようとする意思、誰かが死んでしまった時の悲しみ…多くのものが積み重なってそれが具現化した存在…それが目の前のラスボスだ。


これまで戦って来た怪人はそのラスボスの分御霊…それを魔法少女の力で浄化していたというのが全ての事実だ。


最初、魔美は巻き込まれた形で怪人と戦うこととなったが、物語中盤からはその事実を知り、覚悟を持って戦って来た…そんな魔美に対してこんな仕打ち…あんまりだろう…?


ラスボスは魔美から攻撃されたくないが為に人間の死の情報から魔美の幼馴染をエミュレートした…例えそれが偽物だったとしても魔美が攻撃出来るわけがないだろ!!


更に言えばこのラスボスは悪感情を持った者の攻撃を一切受け付けない。悲しみや慟哭や怒りを持って攻撃してはいけないのだ。


「ま、魔美ぃぃ!!!」


魔美は必死に自分の悪感情を切り離そうとしているが、その感情を消そうとすればする程余計に湧いて出てしまう。

どうしようもないその状況、他の仲間達は魔美に全てを託し、世界中に現れた怪人を相手している。


魔美がラスボスを倒さない限り怪人は消えない。だが魔美はラスボスを倒せない…そんな絶望的な状況の中、魔美が一つの記憶を思い出す。


「ま、待て!? それはダメだ魔美!」


その記憶とは決戦前に魔法少女の長である魔法使いが放った言葉。


魔法少女はそれぞれ一度限りの究極魔法有していること。その魔法は絶大で、多くの魔法少女がそれを使い強大なる怪人を滅ぼして来た。

しかし、究極魔法には代償が必要…軽いものでは声の喪失、視覚の喪失、重いもので言えば魔法少女自身の命を費やして放つものもあるらしい。


魔美はそれを思い出している。この状況を打開するにはそれしかないと考えている。

魔美の究極魔法の内容はまだ俺達には知らされていない。それを知っているのは魔法使いと魔美だけだ。


『…私では貴方を倒せない』


「ま、魔美!?」


ラスボスの攻撃を躱し、魔美が幼馴染へと近付いていく。


『だって、貴方がいなくなって、私はまだ悲しいもん。…それを忘れることなんて出来ない。…だから、私には貴方を倒せない…』


ゆっくりと、まるでクラスの中にいる友達に向かっていくような気楽さでラスボスへと近寄っていく。


『…だから、貴方を倒せる人が現れるまで、私が貴方を封印する。…そしていつの日か、貴方を憎しみでもなく怒りでもなく…優しさで倒せる人が来るまで貴方を守り続ける』


魔美の記憶らしきものがフラッシュバックしている。


それはこれまで明かされなかった幼馴染の死因。

幼い頃の魔美が不注意で車道に飛び出した状況が目に見える。


車が迫っている。魔美は転んでしまってそこから動けない。車の運転手は居眠りしていた。そんな魔美に駆け寄る一人少年が現れた…フラッシュバックは終わる。


『……あーくん。…私を助けてくれてありがとう。…そして、ごめんなさい。…私は今から貴方達を暗い闇の底に閉じ込めます…本当に、ごめんね…?』


『ま、魔美…!!』


魔美の後ろから巨大な鏡が現れる。太陽のように輝くそれは、まさしくファラオの威光…! これまで怪人を打ち倒して来た魔美の技だ。

しかし、その輝きは突如として反転する。太陽は翳り、そして、そこには冥府の門が開かれた。


その暗闇の鏡から幾つもの腕がラスボスへと絡みつく。ラスボスはそれを振り払おうとしているが簡単には振り解けない。


その数瞬後、魔美の背後にある巨大な鏡が割れ、その姿を変える…現れるのは大きな大きな棺…。

ぐぐぐ…と、ラスボスが棺にまで引っ張られる。ラスボスは抵抗しようとしているが無駄だ。抵抗した程度で振り払えるのならそれは究極魔法足らない。


厳かに、強制的に棺の中にラスボスは埋葬される。暗くなっていた空が晴れ、世界は空色に染まる。


『…これで、よかったんだよね』


魔美の体が薄く透明になっていく。魔美が回想しているのは魔法使いとの最後の会話。


『貴方の究極魔法は森羅万象、ありとあらゆる全てを封印する魔法…その代償として支払わされるのは…人間としての形、肉体と魂を生贄に捧げ、それを楔としてその存在を封印するのです』


彼女の究極魔法の代償は人間性の喪失…つまり、人間としては死んだと同然の状態…いや、それすら生温い。

その究極魔法を使えば魔美はその状態で永久に生きることを定められる…それは生き地獄と変わらない。


しかし魔美はその選択を選んだ…それが、世界の為になると信じて。


『………』


沈黙、魔美は一瞬目線を下げた。

そして、目に浮かぶ雫を追払い、彼女らしく満面の笑みで最後の言葉を告げる。


『うん! この先のことは他の人に任せた! …いつか、貴方を解放してくれる人が現れてくれるといいね』


そうして魔美の体は消え去った。その名残であるかのようにキラキラと輝くものを宙に残しながら…。



「そんな…あ、あんまりだ…!?」


エンドロールが流れる。なんだこの終わり方は!!


「これじゃ魔美に一切の救いがないじゃないか…! あんな頑張っていたのに…な、なんで…!!」


思わず膝をつき倒れてしまう…どうしてこうなってしまったのだ…。


「────。」


絶句とはまさにこのこと、俺は放心して最後のエンドロールを見続ける…その時。


「────…!?」


エンドロールの間、流されていた映像には空色を背景に魔美の名残である輝きがふよふよと空を飛んでいた。ずっとその映像が流れ、最後にはENDの文字で締められるのだろうと思った。

だが、それは違った。…その輝きに触れる者がいた。


それこそが次の作品【マジカル★スクランブル】に登場する主人公の一人、クリムゾンブレイズの素顔…そうして物語は紡がれる。


「な、なるほど…!!」


そう繋いできたか、ただの絶望だけにするのではなく、希望は繋がっていると…そう言いたいのか!!


今度こそENDの文字が現れる。


実に数時間に及ぶ視聴の感想としては…。


「これ、神アニメだな?」


途轍もなくよかった…いい、ほんとうに夢中になって見てしまった。


最高の作品を見た際に生じる余韻がそこにはあった。誰かにこの感動を共有したい気持ちが高まってくる。


「なるほどな〜確かにこれはハマるなぁ…」


うんうんと深く頷く。先生やあのまみぃちゃんガチ勢の気持ちがわかるかもしれない。


そんな余韻も束の間、腹の虫がぐぅぐぅと鳴く。…思えば昼飯も食わずにずっと見続けていたから腹が減ってしまっている。


なんかもう料理を作る気にはならないし、今日は外食で済ますとしよう。

時刻は夜の十時を回ってしまっている…こりゃコンビニで適当に買うしかないか。


そうして俺は外へと向かう。…コンビニで飯を買って、いざ帰ろうとした時にそいつは現れたのだ。

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