断らない彼女はもういない
結論を言うと、そうはならなかった。
俺と彼女の関係は今も続いてしまっている。
「なーとり」
四月ももう終わりに近付き、もうすぐでゴールデンウィーク。高校が始まってから最初の連続休暇が迫っている事実が学生達を色めき立たせている。
かくいう俺も連続の休暇は嬉しく思っている。休みとはその響きだけでちょっぴり心が安らぐもの…一日ぼーっとするだけでも案外楽しい一日となる。ほんとかなぁ?
「名取? なとりー? 聞いてる?」
今年のゴールデンウィークは何をしようか。去年は地獄のような日々を過ごしていたが、今回はきっと楽しい日々になるに違いない。
「……名取が私の声を無視する…寂しい」
「………あんだよ」
わざと別のことを考えて意識を逸らしていたが、急にそんなこと言われてしまえば意識を向けざるを得なくなるもの…俺はいいんちょの方へと体を向けた。
「ふふ、やっぱり名取は優しいね」
「あぁ…!?」
まさかその反応を見るためにこんな無駄なことをしたのかと声だけで問う。我ながらこんな凄みを効かせたなら多少はビビられると思ったが、いいんちょの顔は全然変わらない。
「ごめんごめん。クラスでゴールデンウィークに何処か遊びに行こうって話があってさ、よかったら名取もどうかなって」
まるで俺が実際には何もしないとわかっているような反応だ。…悔しいが実際そうなので何も言えない。
それと、クラスでの集まり?
「パス」
そんなの行くわけないじゃん。何か用事とかがあるわけでもなく普通に行きたくない。
周りの奴らも何で俺のことを誘ってんだって信じられないような目でいいんちょを見ているぞ。自重しろ。
「やっぱり? 絶対名取はそう言うと思ったんだよね」
「じゃあなんで誘ったんだよ…無駄な行動は控えろよな」
むしろ何故俺を誘おうとしたのか…俺の普段の態度見てわからんかね。
「いやさ、最初から参加しないのと知らずに参加しないじゃ話は別じゃない? 私そういうの嫌なんだよね」
「あー、なるほ」
確かにそういったことは苦手そうだよな、いいんちょ。根が善良だからだれかを意図的にハブするとか嫌なのだろう。
だから来る来ないに関わらず最初から一度は誘う…と。俺としてはいい迷惑だがそれがいいんちょの主義に則るのだから邪険にするのも違うだろう。
「じゃあ名取は参加しないでオーケーね」
「おう、お前らで楽しんでこい」
「なにその休日のお父さん感…似合うね」
「誰が老けてるだふざけんな」
俺はまだそんなこと言われる筋合いはない筈だ。…休日の父さんって草臥れた人間の代名詞だろ? え? 俺そんなふうに見えてるの? …本当に?
心の中で若干ダメージを貰う。…ちょっとキツいですね…。
「あはは、それはそれとして…」
「おい、せめて嘘でも冗談って言えよ。なんで話を変えようとしてるんだよ…」
心の中でちょっと期待してたんだが? …本当に、そう見えているのか?
「まぁまぁ、私は老けた顔もいいと思うよ。後になって若く見えるのは名取みたいな顔なんだから」
「む…」
確かにそういう説もあるにはある。歳を取った時に童顔の人間はやけに老けて見えるとどこかで聞いたことがあった。それに対して元が老け顔だとあまり変わらないように見えるらしい。
そういうことなら…うん、これ以上気にするのはやめておこうか。将来に期待と言ったところだ。
「で、名取」
「なんだいいんちょ」
どうやらどうしても俺に何か用事があるらしい。いいんちょはしつこく俺の名を呼んでくる。
「クラスのみんなと遊びに行かないのならさ…私と一緒に何処か行こうよ。私、名取とも一緒に遊びたい」
「あぁー…??」
─
ゴールデンウィークを潰されるのは普通に嫌なので、その日の放課後にいいんちょと遊びに行くことにした。
多分断ってもうるさく誘ってくるだろうし、ここは一回受けた方が後々楽になると気付いた。我ながら頭いい。
遊ぶ場所を提案したのはいいんちょ、その場所は近くのゲームセンターだった。
ゲームセンターの狂騒。様々な音が交わり混沌とした音色が辺りに響いている。
昔ほどゲームセンター文化が賑わっているわけではないが、それでも放課後ということもあり様々な人々がゲームセンターで思い思いに楽しんでいた。
そしてそんな俺達はというと…。
「ふんッ!」
「とりゃ!」
真剣勝負、ゲームセンターで二人もしくは四人で遊ぶものの定番…エアホッケーでしのぎを削っていた。
俺は自分の力を信じてパワーでゴリ押す戦法。それに対していいんちょはカウンターを主体にフェイントを織り交ぜる技巧派戦法だ。
点数は2:2の同点、エアホッケーの稼働時間的にも後一点ぶち込んだ方が勝ちとなるだろう。
こういった場所で遊んだことが殆どないので最初に二点も許してしまったが、この一戦でエアホッケーの真髄は掴んだ。
いいんちょのカウンター攻撃により弾かれた玉を上から強引に止める。
バチィン…! と辺りに音が盛大に響き渡たった。
「…名取って動体視力凄いよね。割と速度を出して打ったのに簡単に止められちゃった…」
「ふ、俺を舐めるなよ…? …この先俺がお前に遅れを取ることはもうない…その証拠に………」
ぐぐぐっ…と腕に力を込める。これから打ち出すのは俺の全力全身の一打…。
「お前はもう、俺から点数を取ることは不可能なんだからなァ!!」
遠心力をフルに使い、俺はその玉を持てる限りの力で壁にバウンドする様に打ち出した。
カンカンカンカンカン…!! と小刻みに音が連続して鳴り響く。いいんちょはその動きに惑わされず正確に玉を打ち返そうとしたが…。
「え!?」
バウンドしてもなお俺の一打は威力は減衰せず…いいんちょのエアホッケーの持つやつを逆に弾いた。
それでも一応返球は出来たが、その動きは怠慢…それに対していいんちょは大きく手をのけぞらせてしまっている。
「ここだッ…!」
その隙を逃さず、俺は跳ね返った玉をもう一度打ち飛ばした。
そして、今度こそ俺が打ち出した玉はいいんちょ側のゴールへと吸い込まれる…その瞬間、得点を知らせる音は……あれ?
特に鳴り響かない。何故だ。
不思議に思い、エアホッケーの台を見てみるが…そこにはもうおしまい。また遊んでねの文字列が…。
「ありゃ、時間切れか…くそう、引き分けかぁ…」
どうやら間に合わなかったらしい。その証拠にエアホッケーから空気が出なくなっている。
「いやいや、今のは名取の勝ちでしょ? 最後ゴールを決められたんだし」
「いんや、引き分けだ。時間制限があったのはわかってたしな…その時間内に決められなかったなら勝ちとは言えない。サッカーとかでもそうだろ?」
ルールにそうあるのならそれに従うべき…そこでゴネても結果は変わらないし、それはカッコよくない。
「それにこれはゲームだしな。楽しんでやれればそれでいいんだよ。勝ち負けに拘るつもりはないさ」
実際とても楽しかった。なるほど、誰かと一緒に遊ぶのも中々に楽しいな。
「…それもそっか」
エアホッケーの持つやつを元の位置に戻し、別のゲームを遊ぼうとする…次はなにをしようかなぁー!
「名取名取」
「ん?」
いいんちょに呼び止められ、後ろを振り返る。
「今日…さ、髪型を変えてみたんだけど…どうかな、似合ってるかな…?」
「んー…?」
そういやいつもと雰囲気がなんか違うなと思っていたが、髪型を変えていたのか。改めていいんちょの容姿を確認してみる。
今のいいんちょの髪型は下ろしていた長い髪を後ろにまとめた…俗に言うポニーテール。これまでの清楚的に見えた一面が少し減り、活発そうな感じに見える。
いままでずっと下ろした髪の姿しか見てなかったが…うん、なんとなくこちらの方がいいんちょに合っていると思う。なんでそう思うのかはわからんが。
「いいんじゃないか? 似合ってると思う」
「そ、そう? …実は昔の髪型に戻してみたんだ。…似合ってるならよかった」
…そういうことか。
いいんちょは今までキノコ頭の命令で髪型を姉のものと同じにしていた。…それをやめたのか。
なるほど、だから似合っているわけだ…こっちの方が正真正銘いいんちょらしい髪型と言えるだろう。
「あぁ、前よりは絶対こっちの方がいい、俺はこっちの髪型の方が好きだな」
「…ふふ、なら変えてよかったかな」
いいんちょは微笑みながらそう言う。…うん、やはり似合うな。
空気は穏やかに、俺達は再びゲームセンターの中をウロウロとする。
「名取は次どのゲームしたい? 私としてはあれをやってみたいんだけど」
「お?」
ゲームセンター初心者の俺としてはいいんちょがリードしてくれて助かる。多分いいんちょはそういうことを察してこう言ってくれているのだろうな。
…さて、いいんちょがやりたいゲームというのは…。
「クレーンゲームか」
知識としては知っているが、現実にやったことはなかった。いいんちょが指を刺した筐体の中には可愛らしいぬいぐるみが入っている。
「そ、ゲームセンターといったらやっぱりこれをやらないと」
おぉ、やる気で目がめらめらと燃えている。もしかしてクレーンゲームが得意なのだろうか。
「んじゃあお手並み拝見といこうか、お前の実力見せてみるがいい」
「任せて、ふふ、私の凄いところ見せてやるんだから」
こんなに自信があるのならさぞ簡単に取れるのだろうと思ったのも束の間…。
「お、おい…もうやめといたら?」
「待って! 後もう少しで取れる気がするから!」
財布の中に残っていた百円玉を全て使い切り、両替機に一度交換しに行ったくらいにはいいんちょは沼っていた。
完全に熱くなっているのか、こうなったら手持ちのお金を全て注ぎ込んででも取ってやるという強い気概を感じる…うーむ、クレーンゲームとはこうまで人を狂わせるものなのか。
「はぁ…ちょっとおどき」
熱くなっているいいんちょを諌めるように一度退かす。
「いや、本当に後もうちょっとで取れるんだって…!」
「わかったわかった」
いいんちょが追加で入れようとしている百円玉よりも先に俺が百円玉を入れる。
あんまりこういったゲームをやったことはないが…後ろから見て大体のやり方はわかった。
要はクレーンで適当に掴んでも取れはしない…重要なのはどこを掴むのかということだろう。
「このぬいぐるみの形状的に…そことそこか」
ガチャガチャとレバーを操作し、理想通りの位置に移動する。その後、ポンとボタンを押してアームを落下させる。
ピュロロローと専用の音楽が流れながらアームはぬいぐるみを掴む。
途中でアームの力が抜けるが、いい感じにぬいぐるみが引っ掛かり落ちずにそのまま穴へと移動する。
途中振動でぬいぐるみが落ちそうにはなったが、なんとか耐えてくれてぬいぐるみはそのまま俺の目論見通りに落下した。
【やったー!! ゲットー!! おめでとうございまーす!!】
そんなゲットした時のファンファーレと共に戦利品がガコっ…と落ちてくる。俺は無言でそれを拾い上げた。
「……ドヤ」
「うぬぬぬぬ…」
見せびらかすように戦利品をいいんちょの前に差し出した。それを見ていいんちょは悔しそうな声を出す。ふはは、気分がいいな。
「本当にあとちょっとで取れたんだけどなぁ…名取に横取りされたー!」
「なーに言ってんだ。あのままやり続けたら財布の中身が空っぽになってたぜ?」
「むぅ…」
実はそれをちょっと予期していたのか、いいんちょは負け惜しみをやめる。膨れっ面をするいいんちょが珍しくてついつい笑ってしまった。
「ははは…んじゃ、ほい」
ほんの少し笑ったところで…俺は持っている戦利品をいいんちょに渡した。
「…え、いいの?」
いいんちょが遠慮がちに聞いてくる。むしろ何故渡さないと思ったのか。
「別にぬいぐるみに興味ねぇからな。…それに欲しかったんだろ?」
俺はゲームとして遊べればいい。それに横取りしたというのも事実だしな。単純にぬいぐるみが要らないという問題もある。
だったら欲しい奴が受け取るべきだと思い、俺はいいんちょにぬいぐるみを渡した。
「あ、ありがと…」
いいんちょは受け取ったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。どうやら相当に欲しかった様だな。
そうして、俺達はゲームセンターを謳歌した。時刻はもう夜八時、そろそろ帰る時間だ。
「いやぁ、遊んだ遊んだ…」
「だな」
ゲームセンターの休憩スペースで二人して椅子に座る。ドカっと遊びでの疲労感が襲ってくる。
襲ってくると表現したが、別に不快なわけではなかった。…むしろ心地いい疲れと言えるかもしれない。
「……ここ、昔よくみんなで遊んだ場所なんだよね」
「…ほう」
急にぶっ込んで来たなと思いつつ、その言葉に耳を傾ける。きっと大切なことだろうから。
「お兄さんやお姉ちゃんに連れられて、幸太郎君と一緒にいろんなもので遊んだ。…ここは、私にとってあの楽しい過去の象徴なんだ」
いいんちょは懐かしむ様に目を一瞬細くするが、それも一瞬だけ…ゆっくりと俺の方へと向きながら言葉を続ける。
「…でも、今日名取と遊んだことで全部上書きしちゃった。…本当の意味での過去に出来ちゃった。…それもこれも、名取と楽しく遊べたからからかな」
いいんちょの口角が少し上がる。その笑い顔はいつもよりも幼く見える。多分、その笑顔こそがいいんちょの素顔なのだろう。
きっと、彼女はいまこの時…あの決断を飲み込んだのだろう。…過去を乗り越えられたのだろう。
「今日は急にわがまま言っちゃってごめんね? どうしても名取とここに来たかったの…」
何故そこまで俺と一緒にこのゲームセンターに来たかったのかはわからない。
…わからないが、それでいいんちょの中で何かが一区切りつくのならそれでいいのではないかと思う。むしろその一助になれたことをほんのり誇りに思う。
「別にいいよ。俺も楽しかったからな…ふむ」
事実としてそんなことを告げる…が、確かに付き合わされた身としては少々意趣返しというか、ほんのりと意地悪をしてみたくなるというもの。
「いいんちょ、今日付き合った礼として、お前の恩人である俺の頼みを聞いてくれないか?」
「なにその恩着せがましい感じ…なに?」
いいんちょは突然の俺の言葉に対して不思議がりつつも聞き返してくれる。
「上の階に本屋があったろ? そこにマジカル☆ファラオ マミーちゃんってマンガがあると思うんだが…ちょっと買ってきてくれないか? 手持ちがないから奢りで頼む」
嘘である。今日は人と遊ぶということもあって多めに財布の中に金を入れてきた。なのでマンガを買うくらいの余裕はある。
「今日一日動いて疲れたから俺はここで待って待ってるわ。金は後日立て替えるので…頼む!」
我ながら相当カスみたいなこと言ってるなー。
だが、以前の彼女からこんなカスみたいな奴の言葉でも従っていただろう。
昔の彼女は頼み事に弱かった。恩人という言葉に弱かった。…そんな彼女が今の言葉を否定することなど…断ることなど出来なかった筈だ。
………しかし。
「何言ってるの? 名取らしくないわね…そんな人任せにするんじゃありません! 疲れたと言えば私もそうなんだけど?」
「……………へっ」
今の彼女は断れる。…昔みたいに蒙昧に従うだけの彼女は消え去った。
その姿を見て少し微笑んでしまう…うん、彼女はもう大丈夫だな。
「悪かった。冗談だ…
「ん…? …ふふ、そうだと思った。名取がそんなこと言うわけないもんね」
言葉の響きとしては別に変わらない。ただ、言葉のニュアンスを変えただけ。
いつまでもそんなふざけた言い方をするわけにはいかない…彼女は尊敬に足る人だから。
「まぁ本屋に行きたいのは嘘じゃないんだけど…お前を家まで送り届けたら後で買うかな」
もう遅い時間だ。彼女をいつまでも拘束し続けるわけにはいかないだろう。
なので、解散の意味を含めてそう言ったのだが…。
「え、なんで? 今買いに行けばいいじゃない…あ、もしかして私に配慮してる?」
どうやら俺の意図がバレてしまった様だ。ちょっとだけ驚いた顔をしてしまう。
そんな俺を見て委員長は軽く口元を綻ばせる。…その後座っていた椅子から立ち上がった。
そして俺の目の前に立ち…徐に俺の手を掴んだ。
「そんなの気にしないでいいわよ。…ほら一緒に行きましょう?」
正面には満面の笑みを浮かべている彼女の姿があった。急かす様に掴まれた手を引かれる。
それに釣られるように、俺の口角も少し上がった。
「…あぁ、そうだなっ…!」
俺は彼女の手に引かれ椅子から立ち上がる。引かれるままに俺達はゲームセンターの喧騒から離れていく。
彼女は俺の手を引き前へと進んでいく。俺は、そんな彼女の後ろをついていく。
そうして、俺達は前へと進んでいくのだった。
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