サボってません。用事です
「…あ、サボり魔」
「あんだとゴラ」
丁度四時間目の終わり付近、俺はその時間に登校した。そして開口一番のいいんちょの台詞がそれである。
「まさかここに来て不良ムーブをするとは…やるじゃん」
「別に休みたくて休んだわけじゃねぇ、ちょっと…大変な事情があったんだよ」
流石に教師にゲロ吐かれてそれを掃除してましたなんて馬鹿正直に言えるはずもない…適当に誤魔化すことにした。
「へぇ、大変な事情ねぇ…」
「…んだよ、そんな含みある言い方しやがって…」
なんとなく顔で何を考えているのかがわかる。…多分アレだろ? 昨日の件についてだろ?
「……わかってる。わぁってるよ! ちゃんとお前の相談にも乗るから…」
「ほんとかな〜? 大変なことがあって疲れたから延期してくれとか言わない?」
うっ…。
…く、くそう。確実に俺の思考を読んでいやがる…!
話の流れでそっちの方向に持っていけたらなーと思っていたが…いいんちょにはお見通しだったようだ。コイツ強い。
「へいへい、観念しますよ…んで? 詳細な内容は明日聞くとはいえ、取り敢えず触りの話だけは聞いておきたい…一言で言えばどんな内容の相談だ?」
こう…心構えをしておきたい。何が来ても大丈夫なように…。
「えっと…一言で言うと…彼についての相談かな」
「……はぁぁぁぁぁぁ…」
これには俺もクソデカ溜め息を我慢出来なかった。
えー? まだあいつ関連で何かあるの? もう本気でめんどくさいんですけど…。
もう俺からあいつに言えることなんてねぇよ。というかあいつについて考えたくない。脳の容量を割きたくなーい。
「詳細な内容は…」
「いい、今はいい。…今のメンタルでそれを聞く気はおきねぇ…」
「はいはい、それじゃあ明日話すことにしますよ…場所は体育館裏ね」
「あいよ…」
いいんちょの魔の手からはもう逃げられそうにない。
溜め息をつきながら俺はその約束をするのだった。
─
今日の六時間目は世界史。
そうだね、つまり長谷川先生の授業だね。
昼休みに先輩ととりとめのない話をしてだいぶ精神を回復出来た。…なんというか、本当に癒しだなって。
先輩の雰囲気がそうさせるのだろうか? 一緒の空間にいると変に和むんだよなぁ。
俺の周りではそういう人は皆無なので本当に希少だ…保険医に弁当のおかずを持ってかれるのは腹立つけど。
「灌漑農業が発展したメソポタミア南部では……」
ふーむ。普段と変わらない授業風景だ。
昨日アレだけ精神崩壊させていたというのに…授業となるとしっかりと切り替えている。これが教師の鏡かと素人ながらそう思う。
「紀元前三千年頃には神官、戦士、職人、商人などの数が増え……」
昨日の事が嘘のようだ。うーん、今日の朝まで闇のオーラをまとっていたのに、それはどこに変えたのだろうか…心、心かな?
「そういった村落はいずれ都市となり、各都市はそれぞれ独立の道を進んでいき、ウル、ウルク、ラガシュといったシュメール人の都市国家が数多く──」
じっと先生を見つめる。やっぱり改めて見るとこの先生凄く美人だ。
俺の妹なんかを軽く超える逸材…街中にいれば十人中十五人が振り向くであろう。
「……えー、…っと、都市国家とはつまり政治機能が独立し、国家機能を備えた都市で、そこでは王、神官、役人、戦士が神をまつって、政治や経済、軍事の実権掌握をしていたわけだ…」
あの時はゲロ塗れでうわー…と思っていたが、今更ながら考えてみると我ながらナイス介抱だったのでは? あの見た目なら碌でもない奴が先生を拾ってた可能性もある。
いやぁ、これは徳を積んでしまったかな…このまま徳を積んでいけば俺が地獄に堕ち時に誰か蜘蛛の糸を垂らして貰えるかもしれないな。ふはは。
「…その、…こほん、そこで少し問題。そんなふうに多くの役職が生まれたことにより、そこにはとあるもの生まれたんだけど…先程から授業を熱心に聞いてる名取に質問、…そこで生まれたものはなんだと思う?」
「ん…」
急に俺を指名? ふむ、まぁ答えるのはやぶさかではない。
「多くの役職が生まれたら出来るもの…あー、階級とか? 偉さの順番とかかなぁ…」
「そう、多くの役職が生まれるとそこには序列がつけられる。そうしないと仕事が円滑に回らなくなる。…よく勉強していたな」
「うっす」
というか、授業中の先生って素の状態とはちょっと違うよな。なんというか威厳がある気がする。
なんだか少し面白くなりジロジロと見てしまう。見慣れているのはこの授業の時の先生のはずなのだが、昨日のインパクトが強すぎてどうにも…。
「名取、名取…ちょっと先生のこと凝視し過ぎてない?」
「お?」
隣の席にいるいいんちょが小声でボソッと言ってくる。…ふむ、確かにそうかもしれない。
俺としては昨日とのギャップに面白さを感じているだけなのだが…ここはそうだな。
「…さて、そんな階級社会を成立させたシュメール人だが、彼らは…」
「そりゃあ、俺は長谷川先生の授業が好きだからな、それに美人だから目の保養にもなる」
「へー、名取の好みってああいう人なんだ。綺麗系が好きなの?」
「割と好みの顔ではあるな、でも俺の」
「げっほげほ!!」
おや、急に先生が咳き込んでしまった。どうした? ちょっと心配。
「あら珍しい、先生が咳き込むなんて…それで? 俺はなんなの?」
いいんちょは心配そうな顔を先生に向けるが、その後に先程遮られた言葉の続きを催促される。薄情な奴め。
で、言葉の続きか…別に大した答えじゃないけどな。多分多くの人間がそう答えるものだと思うぞ。
「…失礼。…えー、彼らの中でも都市国家支配層と呼ばれる上位の人間に富が集中し、豪華なシュメール文化が発展するが、その後にセム語系民族のアッカド人が都市国家を征服する。その時活躍したのがサルゴン一世という人で、後に……」
授業は続いている。ノートに黒板の内容を写したいのであまり雑談はしたくない。
が、ここでぶっちぎるのもなんか変だし、途中まで口に出していたということもあって、答えを言い切ってしまいたいという気持ちもある。
まぁ、本当に溜めて言うほどのことでもないし、さっさと言い切ってしまおう。
そう、俺は…。
「俺の好みのタイプは…やっぱり好きになった奴が好みのタイプになるかな。顔も性格も重要だが、取り敢えず好きになれるということが一番大事かな」
結局のところそれが重要だと思う。…我ながら子供っぽいな。…多分俺に大人の恋愛の駆け引きは一生出来ないだろう。
「へぇ、ありがちな理由だね。…でもなんか名取らしいかも…素敵な理由だと思う。…私も、見習わないとなぁ」
いいんちょの最後の呟きは誰に向けたものではなかった。
しかし、俺の耳にはやけにその言葉が残り続けるのであった
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