高級布団と聞いて、真っ先に思い浮かぶ言葉は詐欺なのである
「あの、あのね? 授業中にあんなに視姦されると…ちょっと授業に支障があるというか、嬉しいけどちょっと困るから…ああいうことは家でゆっくりとして欲しいんだけど…お願い出来る…?」
「は、何言ってんすか」
放課後、近くのインテリア屋に先生と共に行く。適当なジャージを上に着用してな。
そこで言われた言葉…ホントに何言ってるんだろうこの人。
「いや…ね? …こう、名取君にじっと見つめられると…きゅんきゅんしちゃうの…! それにああいうことを言われると嬉しくなりすぎちゃって…そうなると授業どころじゃなくなるから…ね?」
「…はぁ? なに発情してるんすか? 急にやめて下さいよこんな路傍で…」
「えへへ、年下の子に怒られるというのも乙だね…」
無敵かな? この人。
まぁいいや、この人に何を言っても無駄そうだし気にしないでおこう。
「まぁ本音はさて置き…授業中はあまりこっちを見ないでね。これでも先生だから…授業はちゃんとやってあげたいんだよね」
「…? …うっす」
よくわからんが…そうして欲しいと言うのならそうしようか。先生の授業では板書だけに集中しよう。
「ほら、高校生は勉強が大変だし、私達教師がちゃんとわかりやすい授業をしてあげないと可哀想でしょ?」
……やっぱりこういうところは理想的な教師なんだよなぁ。
あれか? プライベートと切り離し過ぎているから普段の態度が余計にアレに見えるのか…?
「そういや先生って普段と授業で態度変えてますけど…それも俺達の為に?」
「まぁね…私の個人的な主義の一つなんだけど、授業というものは厳かに、真剣に、静かにわかりやすくやるべきだと思っているの。…あまりチャラチャラした雰囲気でやると授業が頭に入らないと思うのね」
確かに先生の授業でふざける者はいない。ふざけようとしても周りの空気がそれを許さない。そういう雰囲気を先生は授業中に作っている。
「他の先生のやり方を批判するつもりないけどね。授業方針は人それぞれだし。…けど、私はわいわい授業をしてテストでいい点数を取れる授業よりも、真剣に学ぶことによって世界史の面白さを知って欲しいって思っているのよ。…まぁ、名取君達にとってはつまらない授業だとは思うけど…」
「いんや? 俺はそうは思いませんよ」
先生は自分の授業をつまらないと揶揄しているが、俺は先生の細かな努力をちゃんと知っている。
「先生が豆知識と絡めて説明してくれたり、小物とかいろんなものを使って俺達にわかりやすく説明しようとしてくれているのはわかります」
その全ては俺達の為…世界史の面白さを教えてくれようとしてくれているからだ。それを聞いて知ってつまらないなんて言えるわけがない。実際に面白いし。
おかげで俺は世界史の授業が毎回楽しみだ。もしかしたらテストで良い点数を取ってしまうかもしれないな。
「他の世界史の先生の授業がどうなのかは知りませんが…俺は俺の世界史の先生が貴方でよかったと思っていますよ」
「……っ! 俺の…! つまり、私は貴方の所有物っ…!!」
「ちゃうちゃう…」
そういうことじゃないんだよなぁ…最後までキリッとしてれば純粋に尊敬出来るんだけどなぁ…。
「…ふふ、ごめんごめん。ただの照れ隠しだから…直接そう言ってもらえると教師冥利に尽きるね」
若干照れたような顔…先生にしてはちょっと珍しい顔だがその表情すら先生には似合う。マジで隙がないなこの人。
「あ、あー…そろそろ布団エリアっすね」
ほんの少しだけ見惚れてしまったことに気恥ずかしさを覚える。なのでそれを誤魔化すように話題を変える。
「あ、そうだね。…それでどんな布団を買うつもりなの?」
どんな布団、つまりは布団の種類。
俺としては安物の薄っぺらい布団でいいと思っている。割とどんな環境でも慣れるので寝具に拘るつもりはない。
「…とにかく安い…」
「おっけー、最高品質のマットレスを買いましょう」
「話聞いて…?」
最高品質って…いったいどれだけの金が掛かることやら…そこまで世話になるつもりはないぞ。
「いい? 名取君。睡眠の質は活動の質なんだよ? いい睡眠をしなければ人間はいつか潰れる…そして睡眠の質はその寝具に依存するわ…だから高い寝具を買いましょう」
えぇ? と嫌な顔をする。内心ではその提案を拒否したくてたまらなかった。
「そんな嫌な顔しない。これは決定事項です。素直に私に貢がせなさい」
「そういうことを言われるとなぁ…更に受け取るのが嫌になるんだよなぁ…」
もっとこう…受け取るのなら素直に受け取らせて欲しい。その言い方だと後で何かしらの要求がされそうで怖い。
「大丈夫、これは純粋に貢ぎたいという衝動だから、見返りとか全く考えてないから」
えぇ? ホントでござるかぁ?
「や、でも貢ぐって言い方だとどうしても見返りを求めているように聞こえますよ。ホストとかキャバクラで貢ぐ人って大体そんな感じっすよね」
「ノンノン、確かに見返りを求めて貢ぐということはある。けど時として見返りを求めずにただ貢ぎたいから貢ぐという行為も人は取るわ…今の私がそう、とにかく貴方に貢ぎたくて仕方ないわ」
どうしよう、目が本気だ。この人は本気で今の発言をしている。
「えぇ…? こ、怖ぁ…」
「ふふ、贈与させて♡」
発想が怖いよ先生…。贈与って何?
さっきから困惑しかしてない…俺がペースを握られるとか相当だぞ。
「とまぁ、贈与に関してはほんの少しの冗談だけど、睡眠の質に関しては嘘じゃないわ。折角丁度いい財布がいるんだし、気にしないで一番高いのを買いなさい」
「んー……」
まぁ、ここはご厚意に甘える…方がいいのかな? あんまり人を頼ったことがないのでよくわからん。
「む、中々に強情ね…。…それなら私の持っている布団と同じ質のものを買うというのはどう? それなら君も遠慮せずに買えるでしょう?」
なるほど、確かにそれなら俺の遠慮ゲージが幾分か減るというもの…実質先生が自分の布団を買い直したと同じだからな。
若干言いくるめられている気がしないでもないが、どの道布団は買う必要があるのでここらで受け入れるべきだろう。
「それなら…じゃあ、それで」
「りょうかーい。あ、でも、気に入った布団があったらそれを買っていいからね?」
「じゃあこの安いの…」
「それは却下」
えー、気に入ったの買っていいって言ったじゃん。ぶーぶー。
と、まぁ…結局俺は先生の持っている布団と同等のものを買うことになったのだが…。
「あの、この布団…さっき見た一覧の中で一番高いやつなんですが…」
先生はにこにこと笑うだけで何も答えない。あ、掛け布団を追加注文してる。…え? 高級羽毛布団…? 他にも安眠枕? 柔らかいクッションまで? …あ、それは個人用なんですね。
「えっと…先生? 俺の目にはざっとこの瞬間に数万単位のお金が飛んでいるのが見えるんですが…あの」
「あ、見てみて、高性能空気清浄機だって。これも睡眠の質を高めるには必要…つまり買うしかないね…!」
「あの…あの…ほんとに待って??」
さっきから勢いが凄くて割って入れない。そろそろこの流れを変えたい。
「せ、先生? 買うのは先生の布団と同じ質って話だったんですが…」
俺に嘘をついたのかと目で問う。先生はふふんと少し微笑むと…。
「私、睡眠の質には拘るタイプなのよね」
「あ」
つまり…この高級布団は本当に先生が買っているものと同じ…。そういや先生の布団で寝た時も寝心地めっちゃ良かったな。
「ふふふ、まだまだだね名取君。…人の言葉の真意は裏の裏まで読み取らないと」
「ウッ…く、くそぅ…」
なんだろう。凄い敗北感を感じる。でも俺の方からお願いすると言ったのでもう何も言えない。
「ぐぅ…! …せ、せめて空気清浄機だけは勘弁を…! 電気代とかが心配なので…」
最後の悪あがきとして空気清浄機だけは阻止してみせる。後単純に俺の家に空気清浄機はいらん。定期的に掃除してるから埃はあんまり溜まらないし、部屋の物も少ない。必要ないだろう。
「…それもそうだね。じゃあこれは勘弁してあげよう」
そう言って先生は空気清浄機だけは買うのをやめてくれた。…それっぽい理由をちゃんと言えば納得してくれるのだから、やはり先生は有情なのかもしれない。
「でもこれはちゃんと受け取ってね。…発言、撤回したりしないでしょ?」
「んぎゅ…」
嫌だけど断れない。しかし肯定する言葉も出したくない。結果として俺の口からはそんな敗北の音しか出すことが出来なかった。
「ふふ、もっと貢がせて♡」
俺の目には爛々と輝くような目を向けている先生の姿が写っている。
多分、俺は一生先生に勝つことは出来ないだろうな…と、そう思った。
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