側から見たら女性に金を下ろさせているクズだよな、俺って…
ジロッと見られている。どうやらガンを付けられているらしい。
(あぁ??)
俺もそれに負けじとそいつらを睨みつける。
まさか睨み返されるとは思っていなかったようで、そいつらは少したじろんだ。…ここだな。
俺はそいつらの下まで歩く。たじろんだそいつらだったが、俺が向かってきたことで何かの覚悟を決めたらしく、そいつらの一人が迎え撃つようにこちらに向かってきた。
「テメェさっきからガン付けてなんだよ、あ? 喧嘩売ってんのか?」
「テメェこそいきなりきてなんだよ。あ?」
そうやって強気な態度をしているが、内心ではビビっていることはお見通しだ。俺が何人お前みたいな奴を相手したと思っている。
ふぅむ、見る限り数はいるが、個々の立ち振る舞いは雑…これなら襲われてもなんとかなるか。
「雑魚が数揃えてイキってんじゃねぇぞクソガキ共が、いちいち俺の女に気持ち悪りぃ視線向けやがってよォ…」
何故俺がいきなりこいつらに喧嘩を売ったのか、それは先程からこいつらが先生を下卑た目で見ているからだ。
深夜にはこういう半グレのクソガキが多く湧いてくる。コイツらは普段は害にも益にもならない木っ端だが、一度人数が集まると途端にイキリ散らかしてくる。
三人とか四人とかだとまだ問題ない。それが五人とか更に増えてくると途端にアホになる。
そう、例えば…深夜に一人でいる美人を見つけたら襲いたくなってしまう程度にはな。
あり得ないと思うだろうか? でも現実にそういう奴等はいる。
深夜で行われること、この近くでは監視カメラが少ないこと、なにより被害者がそのことが話題になることを避ける為泣き寝入りすること…後はそのネタでクズ共が強請ることとか、そういった諸々で表には出てこないだけだ。
なんでまぁ、取り敢えずこちらから牽制しておかないとな。黙っていたら俺のことをお構いなしに先生を襲うだろう。俺の女と言ったのはそれが理由だ。別に言いたくて言ったわけじゃない。
…そんなふうに襲われるくらいには魅力的だからな、先生。
スタイルが良くて顔も良くて…そして少し酒が入っている。うーん、襲って下さいと言ってるようなもんだな…守らねば。
それでも襲ってくるようなら…然るべき対処をするだけだ。具体的に言うと玉を潰す。金輪際馬鹿な真似を出来ないようにな。
「今度俺の女を変な目で見やがったらテメェらを…」
「な、名取クン…? …お、お金下ろし終わった…よ?」
最後に一言言ってやろうと思ったが、その前に先生がコンビニから出てくる。…なら牽制はここまででいいか。
先生の肩に腕を回し、取り敢えずその場を後にする。最後に一応の忠告をば…。
「ひゃぅ…!」
「……テメェら全員を去勢してやるから覚悟しておけよ」
先生…変な声出さんといて下さい…。
なんか締まらないなァ。
─
暫く道なりを進んだのち、俺は先生の肩から手を離そうとする。
「お、俺の女…つまりはそういうこと…! そ、そろそろいくの? ついに一線を超えてしまうの…? な、なんだか緊張するね…!」
「いや違いますんで…頬を赤らめないで下さい」
キリッとする時はちゃんとしてるのにな…。どうしてこうなってしまうのか。
「わ、私えっちするよりも先にファーストキスを済ませておきたいんだけど…ほら、順序的に…それに最初が青姦というのはちょっと…ね? お家だったら幾らでも大丈夫なんだけど、青姦は最低でも三回お家でえっちしてからの方が覚悟が決まるというか…」
「どこまで想像してるんだよぉ…そういうのはしないって言ってるだろぉ…」
さっきまでの尊敬を返してくれ。切実に。
「……え、ちゅーしないの?」
「しないっすよ」
「胸とか揉まないの? 私結構大きいわよ」
「………揉みませんよ」
「あ、今ちょっと考えたわね」
ヤメロォ! 俺の心を読むんじゃねぇ!!
それと誘惑に負けるな俺ぇ! ここで葛藤したら先生の思う壺だぞ!
「まぁ本音はそこまでにして…どうして急に腕を回してきたの? あ、嬉しいからそのままでいいわよ」
「…そこは冗談であってくれ…」
さっきから先生のペースに飲まれっぱなしだな…これが年の功というやつか。
「って、そうじゃなくて…まぁちょっとヤンチャする年頃のクソがいたんでその牽制を…あ」
…ぞろぞろと足音が聞こえますねぇ。
複数人、数は五、六人…ふーん、さっきの奴らと同じ数だな。
「ヤンチャ? そんな人いたかな…」
「あー、先生? ちょっとの間俺から離れないでくださいね。なるべく近くに寄って下さい」
「え、合法的に抱きつくチャンスっ…!」
「そういう意味じゃねぇ…! えっと、この距離をキープして…って、もう来たよせっかちだなァ!!」
タ、タ、タ…と、間隔を詰めて寄ってくる足音を聞き分ける。
そしてタイミングを見計らって…背後からバットらしきものを振りかぶってきた男に対して後ろ回し蹴りで応対する。奇襲するにしても杜撰過ぎる。足音消してどうぞ。
「は…!?」
「放けてんじゃねぇよカス共が、テメェらから仕掛けたんだからな…! こっから先は正当防衛だ!」
そこから先は蹂躙だ。
男なんて急所を狙えばイチコロだ。玉を潰せば男は簡単に沈む。
キン、キン、コン、コン、ぐちゅ…っと、五人ほど玉を潰す。一人だけちょっとやりすぎたかもしれん。
「さて、後もう一人…は、そこか」
倒れたふりして逃げる隙を窺っているらしい。逃しゃしねぇよ。
最後の男も玉を潰してようやく襲撃は終了…今更ながら今月に入って荒事が多いなぁ。もう少し平和に暮らさせてくれ。
まぁ、中学の時と比べればこんなの屁でもないけどね。あの時は四六時中喧嘩に明け暮れていたからな…。
中にはプロボクサーにぶん殴られたこともあったり…そのボクサーはなんとか首を絞めて気絶させた。体格的には俺の方が有利だったんでね。その代償として体の骨を数本折られたけど勝ちゃいいんだよ勝ちゃ。
「…っと、先生、もう平気で…何してるんすか?」
「見ないふり、ほら、教師的に今の状況はちょっとね…」
先生は両手で自分の目を隠していた。
なんでそんなことをしてるんだと思ったが…俺のことを考えてとはな、ありがたい。
先生はぱっと目元から手を離す。そして現場を少し驚いた顔をしながら見ていた。
「わ、こんなにいたんだ。よく一人で伸したね」
「まぁ慣れてるんで…って、あんま驚いてないっすね。もっとこう…然るべき反応があるんじゃないですか?」
きゃーとか、怖いーとか…そんな感情が先生から全く見えない。本当に平然としている。
まるでこの状況を見慣れていますよーとでも言うかの様だ。
「私もこれとは少し違うけど前々から荒事にはよく巻き込まれるし、そこまで驚くことでもないでしょう。…私の場合は他の子の好きな人が私のことを好きとかでね…女子柔道部とか、女子プロレス部の子達から戦いを挑まれるのよ…」
あぁ…あれか、美人特有のやっかみとかに巻き込まれるのか…相当な美人だもんなぁ。
そりゃ大変だ…どうやってそれを乗り越えたの…。
「まぁそれには全部勝ったんだけど」
「えぇ…?」
思わず口から困惑の声が漏れ出る。どうやって勝ったんだよ…。
「私、昔から合気道をやってるからね。私より格上の人じゃなければ複数人が相手でも早々負けないわ」
「…ちなみに、段はおいくつ?」
「えっと…今は五段だったかな? 当時は二段だったっけ」
……えぇ?? 強すぎ…。そりゃ勝てねぇわ、逆によく喧嘩売ろうと思ったな…。
武道の有段者とか喧嘩売りたくない奴ランキング二位を記録してるぞ…。
ちなみに一位は相撲取りね。アレは一般人にゃ絶対勝てない。体重の差というのは絶対だ。相撲取りに勝つなら銃火器を持っていくしかない。刃物だと多分歯が立たないぞ。
「ちなみに名取君は何か武道の心得があったりするの? 結構簡単にその人達を伸していたけど」
「いんや特には…俺の場合はこれまでの経験に基づいて制圧行動を最適化させているだけですから…武道をやっている人にとっては邪道しか取ってませんよ」
俗に言うストリートファイトスタイル。
目潰し金的なんでもござれ、長物を使われる喧嘩も織り込み済み。
とにかく相手よりも先にイニシアチブを取り、初手で相手をぶっ飛ばすというのが俺のやり方だ。喧嘩殺法とも言う。
「…ふーん。なら、私が合気道を教えてあげよっか? 名取君は私と同じく厄介事に巻き込まれる運命に生きてるらしいし、少しは役に立つかもよ?」
「むむ…!」
今日一番の誘惑…!
確かになぁ、武道なり護身術なりを覚えたら怪我をする確率は減るだろう…。
でもなぁ、そこまで世話になるのはなぁ…布団を弁償するお金は貰ったし、これ以上は貰い過ぎになるのではなかろうか。
「…その代わり授業料として一週間に何回かは手作りの料理を所望するわ。…この歳になるとね? 自分の料理じゃなくて人の手作りのご飯が恋しくなるの…」
あぁ…また可哀想なことになった…この人はいったいどれだけの地雷をその身に埋めているのだろう。勝手に掘り起こされるんだけど。
「えっと…じゃあよろしくお願いします」
取り敢えず…一方的な借りにならなそうなので了承することにした。自分の持ってない技術を教えてくれる人って本当に貴重なんだよ。マジでありがたい。
「わかったわ。…これから手取り足取り教えてあげるわね」
もしやそれが本当の目的だったりしない…?
え、違う? それならよかった…。
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