まみぃちゃんガチ勢

「た、大変だったぁ…。…でも見つかってよかったわ」


俺の手の中にはまみぃちゃんのストラップが付いている鍵がある。


そう、奇跡的にも俺は先生の家鍵を見つけることに成功した。

このライト様々だな、これがなかったら見つけることは不可能だっただろう。


「まさか拾った瞬間にまみぃちゃんガチ勢に襲われることになるとは…危うく奪われるところだったぜ…」


この暗闇が鍵を探す障害1だとすれば、障害2がそれ…まみぃちゃんガチ勢だ。

まみぃちゃんガチ勢…それは人気アニメ、【マジカル★スクランブル】に登場するヒロインの相棒妖精、マミーことまみぃちゃんをガチで追っかけている存在だ。


何故まみぃちゃんという相棒妖精にガチ勢がいるのか…それには深い理由があるらしい。


どうやらまみぃちゃんはその作者が描いた前作品、【マジカル☆ファラオ マミーちゃん】に登場する主人公、砂原魔美なのではないかという考察があるとのこと…。


それが真実かはわからないが、ありとあらゆる要素がまみぃちゃんを砂原魔美と証拠付けているらしい。


そしてその前作はまさかのバッドエンド。もしかしたらバッドエンドになってしまった結果、マミーはまみぃちゃんに変貌したのかもしれない…という考察もあるらしいな。


そんな経緯もあって、前作のマミーファンがまみぃちゃんガチ勢になっているらしいな。前作がバッドエンドになった関係上、今作では幸せになって欲しい…もしくは元の体を取り戻して欲しいとその情熱も凄い。もしかしたら先生もそのまみぃちゃんガチ勢なのかもしれない。


ちなみにまみぃちゃんガチ勢の中にも派閥があり、一つは元の体に戻って欲しいという回帰派、もう一つはこのまま相棒妖精でい続け、辛い戦いから遠ざかって欲しいという門祝派(門出を祝うを無理矢理略した造語)がいるらしい。奥が深いな。


「しかしなんだかんだ話を聞いてくれる奴で助かった…まみぃちゃんガチ勢に悪い奴はいないのかもしれない」


俺がこれを探していた理由をちゃんと説明して、一度このまみぃちゃんストラップを見せると…。


『こ、これは…!? …このツヤ、この輝き…! このまみぃちゃんストラップの持ち主がどれだけこのストラップを大切にしているかが手に取るようにわかる…!! …こんな、こんな輝きを見せられたら認めるしかないじゃないか…! このまみぃちゃんストラップに相応しいのはその人だけだ…! 私じゃない…!!!』


そうしてまみぃちゃんガチ勢は消えた。俺に【マジカル☆ファラオ マミーちゃん】を布教しまくって…くそ、その熱量が強過ぎて内容がちょっと気になってしまっている…。


そのことを口に漏らすと、まみぃちゃんガチ勢は俺に完全版のBlu-ray&DVDを預けてきた。

マミーちゃんは映像配信サイトでは一切放送されていないらしく、再放送ももう終わったらしい。今から見る手段はこれしかないとのこと…わざわざ家に帰って持ってきてくれた。そして再び消えた。

アイツ…俺を沼にハメるつもりだ。


消えたそいつを再び捕まえ、借りっぱなしでは申し訳ないと…ディスクを返却する為にそいつと連絡先を交換しつつ、今帰るところというわけだ。…帰ったら見てみよう。


若干わくわくしながら家の扉を開ける。…もう三時か、結構探したなぁ。

まぁその内の二時間はまみぃちゃんガチ勢の熱弁を聞いていたからなのだが…。

ああいう熱量が凄い奴は嫌いじゃないんだよなぁ。思わず耳を傾けてしまう。


「さぁて、ただい……ま?」


俺は完全に忘れていた。俺が何のために外に出ていたのかを。


あのまみぃちゃんガチ勢のせいで俺の脳の容量がマミーに吸われてしまってた。…おのれまみぃちゃんガチ勢め。


……目の前に映るのは玄関の前で正座をしている女性が一人。

電気を消して出て行った為辺りは暗い、しかし深夜の町を歩いていたおかげで夜目が鍛えられていたらしく、ぼやっとその女性がどんな顔をしているのかがわかった。


その人は、とんでもなく焦り、申し訳なさそうな顔をしている。顔からは滝のように汗を流していた。


「…………」


その女性は何も言わない。ただ黙ってじっと正座をしているだけ…。ちょっと怖い。


多分俺から何か言わないと何も始まらない。ずっとこの気まずい空気のまま永遠に固まり続けるだろう。


「………えっと、取り敢えず…お風呂どうぞ。体とか…汚れていると思うんで」


とは言わないけど…まだ臭かった。なのでそう提案してみる。


「……ほんとに、ほんとに…申し訳ありませんでした。…ご厚意に…甘えさせていただきます…っ!」


どうやら、酔いはもう覚めているようだな。





「えっと、何時ぐらいからあそこに?」


先生に適当な服を貸しつつ、事情を聞くことにする。


「……大体一時ぐらいに目を覚まして、もう一回寝て…それで二時ぐらいに起きて事態を把握して…そこから、そこで座らせていただきました…」


ほほう、大体一時間ぐらいあそこにいたと。…で?


「こーれはどういうことですかねぇ…」


俺はとある方向を指差す。

そこには汚れきってしまい、もう二度とそこで就寝したいと思えないような布団が…。

…端的に言おう、ゲロをぶち撒けられた布団があった。


「ほ、ほんとに…ほんとに、申し訳…!」


…大方一度起きた時にゲロをぶっ散らかしたんだろうなぁ…。

遠い目でその時の状況を想起する…いややっぱいい。人がゲロした状況を想像なんかしたくない。多分寝ゲロ…あぁやめろやめろやめろ!


「ん、んん! ……いやまぁ、なんとか綺麗にしようとした形跡が見えるんで責めるつもりないんですが…まさか三回ゲロを吐かれるとはね…」


咳払いで思考をリセット。俺の特技の一つだ。


…布団のゲロは一応拭かれているし、焼け石に水レベルではあるが消臭もされている。…多分めっちゃ焦ったんだろうなぁ。


それにしてもトイレで二回吐いても足りなかったかぁ…後もう一回吐かせればよかったのかな…。


「ほんとに、ごご迷惑を…! 布団とかその他のものも全部弁償させて頂きます…!」


「あーー…そうしてくれるとありがたいっすね。切実に…」


ここでそんなのいいよ! とは言えないんだなぁ。これでも学生なのよ。学生の身で布団丸ごと買い直すのはちと厳しい…ふとんではなく財布がふっとんでしまう。ふとんもある意味ではふっとんだけどな、がはは。


…はぁ。この布団、結構いいやつだったんだけどな…悲しい。


「で、でも…実は家の鍵を無くしてしまって…通帳とかカードは部屋に隠しているからすぐにはお金を引き出せなくて…財布の中身も少ししか入ってなくてあのあの……」


あわあわと身振り手振りで先生は現状の説明をしてくれる。釈明…と言ってもいいだろう。それを見てると悲しい気持ちも少しは紛れてくる。なんか…もう仕方ないなという気分になる。

うん、取り敢えず先生が死ぬほど焦っているのはわかった。


…って、そうそう。あまりのインパクトに俺の本来の目的を忘れかけていた。


「あの…必ず貴方に迷惑を掛けた慰謝料と様々な弁償はしますので…どうか、…どうか体だけは許して下さいっ…!。…私、初めては結婚する人にと決めているんです…!」


「う、うん? …いやいや、別にそういう意図で拾ったわけじゃないから、純粋な善意だから…」


なんか勘違いされてね? …俺、やっぱりそういうことする人間に見えるのかなぁ。


「すすすす、すみません…!!」


若干心に血反吐を吐く程度のダメージを貰いつつ、取り敢えずの弁明をしてみるが土下座のポーズで超謝られる。

ダメだこりゃ、テンパリ過ぎて話をしづらい。…こうなったら…。


「…これなーんだ」


かちゃん…と、とあるものを先生の目の前に差し出す。


「そ、それは…!! 先着三名限定のまみぃちゃんストラップ…! リアルイベント、原作者を探し出せ、inエジプト★で三日探し回った果てに貰ったマミーコスプレまみぃちゃん!!!」


「なんだそれ! …いや本当にスゲェな! どんだけの情熱があるんだよまみぃちゃんガチ勢」


まさかこのストラップがそこまで入手困難の代物だったとは…エジプトで三日探し回ったって何? 先着三名って…もうちょっと用意してあげろよ…。そのイベント発案者絶対頭狂ってる。


…もしや、アイツはその価値をわかっていてもなお、先生の手に渡った方がいいと思ったのか…?

それが本当なら正しく本物のまみぃちゃんガチ勢だなアイツ…。今更ながら尊敬しよう。

ありがとう、俺に布教してくれて。これからちゃんと見るよ。


「ここここ、これって…」


「大切なものならちゃんと保管しとけよな。ストラップなんて簡単に盗まれちゃうぞ」


俺はその家鍵を先生に渡す。

先生は恐る恐る…といった様子で手を皿にし、まみいちゃんストラップの付いた家鍵を受け取った。


「……わ、わざわざ探して…?」


「さてね…偶々散歩して見つけただけだ。偶然ってあるもんだナー」


誤魔化すように適当を言う。

どうせバレてるし、そこまで徹底して誤魔化すつもりはない。大変だったのは事実だしな。

けれど恩に着せるつもりない。なんたって俺がやりたくてやったことなのだから…なので一応は取り繕わせてもらうけど。


「……………」


まさに茫然自失と言ったところか、先生は自分の手元にあるまみぃちゃんストラップをじっと見つめている。

見つめて見つめて…ようやくまみぃちゃんストラップが現実に存在していることを認識したのか、その両目からは涙が溢れていく。

だけど、その顔に悲嘆は一切ない。


「あ、ありが…ありがとう。…私の…宝物を見つけてくれて……」


「…ん、その顔が見れて満足だ」


なんたって俺はその顔が見たくて頑張ったんだからな。


先生の顔に絶望は浮かんでいない。そこにあるのはただただ安堵して涙する顔だけだった。

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