まみぃちゃん

「ぉえ、お、おえぇぇぇぇ……」


「だ、大丈夫っすか?」


「おぇぇぇ……」


駄目みたいですね…。


トイレで先生の背中をさすりながら取り敢えずどうするか考える。

…取り敢えず、部屋の換気扇を回すか…トイレ中がゲロ臭い。


「ごべんねぇ…本当にごめんねぇっ…」


「いいですよ。大人はいろいろと大変ですもんね。今日ぐらいは誰かに迷惑をかけても大丈夫ですよ」


「う゛う゛…! こ゛ん゛な゛に゛や゛さ゛し゛くさ゛れ゛た゛の゛ひ゛さ゛し゛ふ゛り゛だ゛よ゛お゛!!!」


うっさい、先生声うるさい。ゲロが部屋に飛び散るからやめて。

便器の端の方に飛び立ったゲロに目を背けつつ、次の手を考える。


「あー…先生家の鍵がないんでしたっけ? これからどうするおつもりなんで?」


「……どうしよぉ…お家に帰れないよぉ…」


だめだこりゃ、本格的に使い物にならん。

……こりゃ、俺の家に泊めるしかないか…。


「そういや先生の部屋って何号室ですか? ってか同じマンションに住んでたんすね」


生活時間が被らないから気づかなかった。おそらくこの階の何処かの部屋に住んでいるのだろうが…何処だ?


「えっく…えっぐ…504号室…」


「え、隣やん…」


うそーん。まさかのお隣さんだった。


俺が知ってるお隣さんはチャラチャラした男しか…あぁ、そいつが先生の彼氏…元カレか。


「えー、俺そいつに引っ越しそばあげちゃったよ。…捨てられてないかな」


渡す時露骨に要らなそうな顔してたし…だから絶対隣の部屋に関わらねぇと決めたんだしな。

あのそば結構高かったんだけどなぁ…食べ物は無駄にしないでほしい。


「あのそばは美味しかったです。ありがとうございました…」


「あ、先生が食ってくれたんですね。ならよかった」


それならあのそばも報われるだろう。…取り敢えず吐き気は収まったようだな。


「あーあー…、取り敢えずこれで口元拭いてください」


「あぶぇ?」


もう捨ててもいいタオルを先生に渡す。口元にゲロがね? その状態でトイレの外に出ないで欲しい。切実に。


「拭き終わったら洗面台へ…取り敢えず口元をゆすいで下さい。これ以上ゲロをぶち撒けるのは許しません」


「ぅぷ…ごめんなさい…」


先生を誘導しつつ、その間に飛び立ったゲロを掃除…除菌しないと気が済まない。


除菌! 消臭! それらを駆使しなんとかゲロ臭さを半分以下にまで抑える。後は時間が解決してくれ、頼む。


「先生は…って、寝てるがな」


どうやらちゃんと口元はゆすいでくれたようだ。臭いさえなければゲロを吐いたなんてわからない。


「うぅぅ…」


「泣きながら寝てる…なんかもう、本気で可哀想になってくるな」


仕事では激務を強いられ、彼氏からは振られ、家の鍵も無くす…マジでツイてないな。


「ストラップ…ストラップ…まみぃちゃんのストラップ…限定品なのに、もう手に入らないのに…なんで落としちゃうのよぉ……」


まみぃちゃんとな。

なんかちょっと前に聞いたことがある気がする。…なんだっけ。


「まみぃちゃん…私の癒し…は、は、は、は…」


「寝言で言うほど大切なのか…動悸も激しくなってきたし、マジで心の癒しだったんだろうなぁ」


取り敢えず先生を楽な格好にさせつつ、布団に寝かせる。……この布団、後で洗濯かけないとな…一瞬でゲロ臭くなってら。


「…さて、俺は今日どうやって寝るかね…」


硬い床で寝ることは慣れているから問題ない。…寝るのは問題ないのだが、寝たことにより一つの問題が起きる。

それは先生が起きた時、俺が眠っている状態だと結構面倒になること…よくあるじゃん、なんで私知らない人の部屋にいるの…って。それでいろいろと誤解されるのが面倒だなーって…。


「うーん…徹夜でもして先生が起きるのを待つか…」


完全に生活リズムが狂う気がするが仕方なし…か。


そう決めたからには徹夜のお供、アニメやらドラマを見ることにしよう。


机に座り、タブレットを操作する。

タブレットを操作すると、先程中断させていたアニメの続きが流れ出した。どうやら咄嗟に一時停止していたみたいだ。無意識ってすげー。


『ど、どうやってあの自爆魔人を倒すつもりなんですか…? どう考えたって倒せるわけないです…』


『……あいつとは不思議と魂が共鳴する。もしかしたら倒す必要なんてないのかもしれない…それを今から確かめるのさ!』


『え、え、…クリムゾンブレイズさん? 何を言って…』


『マミー! 少しだけ俺に力を貸してくれ! アイツと分かりあうためにはお前の力が必要だぜ!』


『ワタシはヒカリちゃんの契約妖精なんだけどなぁ…でもいいよ。君の発案することはいつも突拍子もないけど、いつだって面白いからね』


『ま、まみぃちゃん? どうしたの急にそんなやる気になって…いつもは気怠げに世界を妬んでいるのに…』


「……ん?」


まみぃちゃん?

タブレットを注視する。そこには変身ヒーローらしき男と、魔法少女…そしてデフォルメされたミイラっぽいものがいた。


『で、どうやってアレと分かりあうつもりなの? アイツが喋った単語、【芸術】【は】【爆発だ】しかないんだけど』


『そんなの決まっているだろ? …俺も爆発するんだよぉ!!』


『な、何言ってるんですかー!?』


『あはは! いいね! 狂ってて最高! ワタシは何をすればいいんだい?』


『俺を空に飛ばしてくれ! そうすりゃ後は自分でなんとかする!!』


『りょうかーい、やるよ、ヒカリちゃん。彼を思いっきり外に飛ばしてあげよう』


『え、え…!?』


そして、変身ヒーローは空を飛ぶ。方法は単純だった。


『ほ、本当にやるんですか? これ人に当てる前提の魔法じゃないんですけど…』


『彼なら平気だよ。ほら、前の方でサムズアップしてるし』


『う、う…もう知りませんかね…! …弾けて、シャイニングスター☆!!』


その方法とは物理的にぶっ飛ばすこと…つまり、少女の必殺技を受けて大地から飛び立つのだ。


魔法少女がマジカル★スターボウ(魔法少女の固有武器)を振って必殺技を出す。

綺羅星の様に流れる光線がクリムゾンブレイズの背中に直撃した。


『う、うぉぉぉぉ!!!』


星々はクリムゾンブレイズを乗せて空へと昇っていく。その姿はまさに逆さまの箒星…!


その箒星の上でクリムゾンブレイズは叫ぶ、そして目の前の自爆魔人スーサイドボマーすらも上回って宙へ!


『青春はッッ…爆発だぁぁぁ!!!!』


【ば、爆発ッ…!!! げ、げ、げ…芸術ぅ!!!!】


そして、クリムゾンブレイズはその一帯全体に光輝かせる。その姿はまさにファイヤーワークス…思わずたまや〜と言いたくなってしまう。

スーサイドボマーも拳を力強く握ってその勇姿を見届けていた。わかるぞ、その気持ち…。


「……って、違う違う」


俺が気になったことはそれじゃない。…いやこの先の展開も気になるけども。


「まみぃちゃん…ってのはコイツのことか」


デフォルメされたミイラに注視する。


「こいつがおそらく先生が言っていたまみぃちゃん…もしかしたら別のまみぃちゃんかもしれないが、大方は合っていると信じたい」


さて、よくわからんが先生はそのまみぃちゃんの珍しいストラップを家の鍵につけていた。


「まみぃ……ちゃん」


寝ていてもその単語を言うほど先生はまみぃちゃんを大切にしていた。…それを酔った状態とはいえ無くしたらどうなるだろうか。


「……別に、俺が探す義理はない。…ぶっちゃけ今から探しても見つかる保証はない。外は暗いし、実際の形がどうなっているのかわからないし、レア物だって言うから誰かが拾っているかもしれない」


けど、…けどなぁ。


「ぐす…ひぐっ…まみぃちゃぁん…っ」


……そんな、悲しそうな顔をしていたら…泣いている顔を見せられたら……。


「…ったく、そんな顔されたら探さねぇわけにはいかないじゃねぇか」


大人だから我慢しろとか、耐えろとか、諦めろとか…そういう建前はいらない。

誰であっても大切なものはある。そしてそれが失われる悲しさは誰であっても同じ筈だ。それに子供も大人も関係ない。


「……確かノリで買った超高出力のライトがあったよな…」


ガサガサと自分の荷物を漁り、片手で持つにはちょっと大きいライトを取り出す。


「ここの近くの高級イタリアンと言えばあの店しかない…そっから逆算して先生の通ったであろう道を辿れば見つかる可能性はある」


闇雲に探しても見つかるわけがない。状況判断をする必要がある。

そして更に見つける可能性を探るため先生の財布を開ける。…レシートがあれば何処のコンビニで酒を買ったかわかるのだが…。


「おっ、あった。…ふむ、酒を買った場所はロックソーンか…ならあの店舗だけだ」


先生がレシートを取っておくタイプで助かった。

…これで大体の目星はついた。なら後は見つけるだけだ。


春の夜はまだまだ肌寒い。適当な上着を来て外に出る。


「……全く、何をやっているのやら…」


ほんの少しの自嘲を吐き捨てつつ、俺は玄関ドアを閉める。

そして、カチャリ…と、家の鍵を閉めるのであった。

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