てんやわんや
その日の放課後。
「…名取、ちょっと相談したいことがあるんだけど…いい?」
「えぇ…?」
ちょっと深刻そうな顔をしたいいんちょが俺の目の前に立ち塞がる。もう勘弁して。
えぇ? まだ何があるの? あれで解決にならなかったの?
もう嫌なんだが? もうキノコ頭と関わりたくないんだが?
「相談内容なんだけど…」
「ちょいちょい、勝手に話進まんなよな。まだ聞くって言ってねぇぞ俺は」
なんかふてぶてしくなったなコイツ、前はもうちょっと遠慮を覚えてなかったか?
「え、ダメなの?」
「………ダメではないけどな? もうちょっと間隔を開けろと言ってるんだよ」
昨日の今日でもう一回出動してたまるか、相談コーナーは臨時的に営業停止なんだよ。
「間隔…それじゃあ明日?」
「明日て…流石にキツい、明後日な」
体力の回復の時間を考えてそんぐらいの休暇は欲しい。俺ちゃん体力無限にあるわけじゃないんだよね。
「そっか…じゃあ明後日に話すことにする」
「自分で解決するという選択肢は…?」
いいんちょはその問いにあははと笑うだけで何も答えない。なんか言えや。
「じゃあ明後日の昼休みは空けといてね。じゃあ私はこれで」
「あ、おい…」
文句を言う前にすぐさま帰ってしまった。
…まぁ、昨日のことを引きずってないのならそれでいい…のか?
─
「うーい、ただいまぁ…」
誰もいない部屋、落ち着くマイホーム…やっと帰って来れた。
昨日は忙しくしていたし、朝はいろんな準備があるせいで碌に気が休まらない…なのでようやく家に帰ってきたという気がする。
「タブレット、タブレット…と」
俺の家にテレビはない。
風の噂によると、テレビを設置すると何処からともなくテレビ会社がやって来て受信料を払えと言ってくるらしい。例えそのテレビ会社の設定チャンネルを登録してなくてもだ。
テレビがあるだけであんた登録してるでしょ!! なら受信料払ってね! と言われるようだな。
それをいちいち断るのも面倒だし、最近はアニメとかドラマとかを配信してくれる有料サイトもある。ニュースとかは動画サイトで見られるし…正直テレビを置くメリットがない。
「これがテレビ離れってやつかねぇ…」
かくいう俺も有料配信サイトの一つと契約している。新番組とかは配信がちょっと遅いが…まぁそんぐらいのデメリットは受け入れよう。
「さて、今日は何をみようかな…選択肢がありすぎると迷っちゃうよなぁ」
ふんふんとタブレットを操作する。そして適当なアニメを流しつつ家事を片付ける。今回は魔法少女世界に転生してしまった変身ヒーローの話だ。
掃除はこまめにする。大体一週間に一回掃除機を回したりすればオーケーだ。そうすりゃ故意に汚さない限り部屋を清潔に保てる。
汚れを溜めて大掃除するのは結構だるいんだよなぁ…だったら少しの手間でチマチマやる方がいい。
そうして家事を大体終わらせ、適当に飯も作る。その間もアニメを見続けていた。
「おぉ、今回の敵は自爆魔人スーサイドボマーというのか…こいつどうやって倒すんだ…?」
倒されそうになったら自爆するとかあり? しかもそいつは幾つもの分裂体を有していて一人でも生き残っていたらそこから再生出来るとか…はっきり言って倒すの無理では?
「しかも向こうは率先して自爆しようとするとは…え! いろんな属性の爆発がある…? バラエティ豊富だなおい」
あ、また自爆した。芸術は爆発だじゃないんだよ。
でもこういうキャラ好き、見てて楽しいんだよなぁ。
(ピンポーン)
「お?」
外でインターホンが鳴る。来客の予定はこの先ずっとないはずなのだが…。
備え付けられたカメラを覗くが誰もいない。…イタズラか?
一応様子を見ようと玄関まで向かう。チェーンロックをしつつ、そっと外の様子を開けると、そこには誰もいなかった。
「……やっぱりイタズラか…治安が悪くて困る困…ん?」
そこで気付く。
確かに目線の先には誰もいなかった。だが、目線を落とすと…突っ伏している人影が。
「…なんだこいつ」
慌てて様子を確認するなんて愚の骨頂。もしかしたら倒れているふりをして、ドアを開けたら中に押し入る強盗かもしれない。
「…見なかったことにしよう」
そうして南無三と目の前の人を見捨てようと思ったが、その人物の顔に見覚えがあることに気付く。
「……先生…?」
そこに寝転がっていたのは長谷川先生だった。…何故にうちのインターホンを?
取り敢えず警戒を解きチェーンロックを外す。その後駆け寄ってみると…小声でなんかうわごとを呟いている。
「あー終わったー全部無理だーもう嫌だーーーー……」
死んだ目をしながらそんなことを呟き続けている…え何病んでるの?
「…だ、大丈夫っすか?」
もうなんかほっとけなくなり、声を掛けてみる。うわ酒くせ、どんだけ飲んでるんだよ…今…夜の九時だよ?
「あぇあぇあぇ…ぐす、聞いてヨォ!!」
「うわいきなりなんだ掴み掛かってくるなよ!」
倒れ伏した状態から這いずるように俺の足を掴んでくる。怖い怖い怖い。
「今日ね? 仕事終わってね? 凄い疲れた体を引きずって彼氏とデートする予定だったの」
「あ、もう話聞く流れなんだな…」
仕方なしに聞く。なんか可哀想になってきたし。
「例えお仕事に疲れても上司からのパワハラが辛くても彼氏に会えば一瞬で癒せた。そんぐらい好きだった!」
「え、うちの学校にもパワハラとかあんの? こわー…」
そういや性格がキツそうな老人先生が何人かいたなぁ…ぐちぐち言われるの嫌だし、近付かんとこ。
「今日は一ヶ月ぶりに彼氏と会えると思って早めに家に帰ったし、いつもはしないオシャレとお化粧したし、彼が喜ぶかなって思ってプレゼントも用意したの! 今日は付き合って三年の記念日だから」
「三年は結構長いっすね〜」
なんだか言語が幼児化してる気がするが気にしない。愚痴はとっとと吐き出した方が楽だからね。
「で! 近くのオシャレなイタリアンのお店を予約して、彼を待ってたんだけど…彼は来なくて…」
「雲行きが怪しくなってきたな…」
反応としては…知ってた。だってそうじゃないとこんなふうにはならんやろ。
「彼を待って待って待って…我慢出来なくて電話したら…別れようって、本命が釣れたからいいって…え、本命って何? 逆に私は何人目の彼女だったのって気が動転して聞いたら…お前は二十番目だって…」
「でっへー!?」
二十番目!? 二十番目って…その彼氏何股してんだよヤバすぎだろ…。別の意味で大物だわ。
「その言葉を聞いてもう何が何だかわからなくなって…気が付いたらお店から出ていて、コンビニでお酒買ってて、そこから歩いて帰って…うぇーん!! もうどうしたらいいのよー!!」
急に泣いてしまわれた。…うん、今は好きなだけ泣きなよ。もう何も言えねぇよ。
「どうしていつもこうなるのよぉ…何で私の出逢う人って…好きになる人っていつもこんな人なの…?」
それはもう…男運が悪いとしか。
俺も若干そういう感じの星の下で生きているので気持ちはわかる。…本当に辛いよな…。
「うぐ…ひぐ…前の彼氏は他の女の子を妊娠させたとかでいなくなったし、その前の彼氏は未亡人とくっついて何処かの旅館を継いだし…私の人生こんなんばっかよぉ!!」
「そ、壮絶だな…」
俺と同じレベルでこうも人間運が悪い人を初めて見た…なんだろう、とっても親近感が湧く。
「もう駄目だ…もうおしまいだ…彼がいるからこんな世の中で生きていけたのに…しかも家の鍵落として部屋に帰れないし…お気に入りのストラップがついてたのに…。……………………もう死んじゃおっかな!」
「ちょいちょいちょい待てぇ!」
ヤバい、変な方向に吹っ切れようとしている。ここで止めなきゃ本当に翌日家の前で飛び込みかねない。
「もう未練はないわ」
「覚悟決まりすぎだって…ちょっと待ってくれよ」
このままここに放置するわけにはいかない。かといって俺は自分の部屋に人を入れたくない。
「う〜〜〜ん…」
ほんの少しの逡巡…しかし相手は待ってはくれない。
「あはは〜、なんかもう楽しくなってきたわ!!」
「…わかったよわかりましたよ…先生、少し失礼しますよ」
地に伏せた先生を抱き上げる。もうこうなったら俺の家に入れるしかないだろ。
「………あ、やばい。吐く」
「は?」
ごっきゅ、ごっきゅと先生の喉の奥から変な音がする。…これ、ヤバくね?
「………………ぅぷ」
「流石に部屋にゲロぶち撒けられるのは嫌だぁぁ!!!」
速攻で先生をトイレへと運ぶ。
ギリギリ間に合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます