二つ目の激怒
俺の妹…名前は心愛と言うんだが、そいつと俺は一応同学年だ。だが双子というわけではない。
俺の誕生日が五月で、心愛の誕生日が三月…人間一人の妊娠期間が十月十日とよく聞くのでその計算に従えばあり得ない話ではない。
いちいちそう説明するのがめんどいから一つ下の妹と言っているけどな。
心愛はなんというか…俗に言う承認欲求が強いタイプの人間だ。なんなら承認欲求モンスターと言ってもいい。
誰からもチヤホヤされたいし、誰からも認められたい。そういうことでいろんな努力はするし、一応外面は中々に良かった。悪い態度を取ると印象が悪くなると知っていたからな。
さて、こんな妹だが…こいつはなんだかんだクズだ。…ちょっと言い過ぎたかもしれない。なんだかんだカスだ。
幼い時から俺に対して我儘三昧、腹減ったやら遊べやら色々と鬱陶しい奴だ。
それに随分といたずら好きで、当時の俺の髪の毛を金髪にした張本人である。どうやら寝ている間に染めたらしい。
黒髪に戻すのも面倒だったので中学時代はずっとそのままにしていたな。一回戻したけど次の日にまた金髪に戻されたんだよ。だから諦めた。別に死ぬわけでもないし、まぁいっかなって。
それに俺の中学は髪の毛を染めても大丈夫な学校だったのも理由の一つ、多様性を考えてとのことらしい。
…とまぁ、そんなふうなことが様々あったが、無論それだけでそんな評価を出すほど俺は心は狭くない。そこら辺はまだ序の口だ。
こいつが本領を発揮するのはとある物を手に入れてから…そう、スマホだ。
俺の家は割と金持ちで、子供の頃からスマホを持たせてもらっていた。最近は物騒だから云々とか、そんな理由で。
大体小学校高学年に入ったあたりか? そんぐらいには俺はもうスマホを使いこなせるようになっていた。それは妹も同じだ。
なんなら俺よりも使いこなしてた。俺は連絡用の道具としてしか認識してなかったが、あいつはさらに発展させた使い方をした。
それはSNS…全世界の人と間接的に繋がるシステム。あいつはそれを手に入れてしまった。
そこから先は地獄だ。
…いいか? 承認欲求が強過ぎる奴とSNSの相性は悪魔的に良い。…そして致命的に悪いとも言える。
最初はそこまでふざけた使い方をしてなかったらしい。日々の鬱憤や楽しかったこと、他には可愛いと思ったものや綺麗と思ったものの写真をアップするとか、そんな感じ。
まぁそこら辺なら別に問題ない。誰もがやっていることだと納得出来るし、反対する理由もない。
さて、突然だが妹の詳細な描写をする。
あいつは俗に言う清楚系な見た目をしている。見てくれは悪くないし、街を歩けば十人中九人は振り返るだろう。
顔もスタイルも悪くない。しかもファッションも心得ているので更にそれを引き立てている。
はいここで問題。そんな奴が自分の顔が映っている写真を間違ってネットにアップした時、周囲の反応はどうなるでしょう?
答えは簡単、ちょー持て囃す。
『え、美人やん』『凄い綺麗、どんな化粧品使ってるんですか?』『おー! 顔出しキター!』
若干馬鹿にされた文言もあるし、最初はそんなコメントも数が少なかった。
だが、その少しの反応が奴の承認欲求を刺激した。
少ない声を大きくさせるために、もっと自分を褒めてもらうために自分の様々な写真を投稿した。
唯一の救いはその時自分の顔をあまり晒さなかったこと、最初の画像も加工して自分の顔があまり写っていないものだった。…唯一、その一線だけは越えないでいてくれた。まぁ別の線は簡単に超えたけど。
ネットの人間は心愛を簡単に持ち上げた。
可愛いよ、綺麗だね。そんな当たり障りない言葉を投げ掛けた。ネットという離れた場所にいるからこそ簡単にそういう言葉を扱えた。
その言葉は心愛の承認欲求を満たし続けた。…そうやって調子をよくされていた時にこんなコメントが来る。
『マージでかわいいなぁ、一回会ってみたい』
本来ならスルーすべきコメント、というかするコメント、打った本人もそこまで真剣に考えたわけでもない。単なる暇つぶしの一環として打っただろうコメント。
だが、それを心愛は本気にしてしまった。
こんなコメントを打ってくれるくらい自分は可愛いんだと気をよくしたのだ。
そして調子に乗った。脂ぎったマグロみたいにぐんぐんとな。
調子に乗った心愛はもっとチヤホヤされるために自分がどれだけ凄いかということを盛った。
欺瞞虚言何でもござれ、ありとあらゆる要素を盛りに盛り自分の存在を高めようとした。
子供にはよくあることだ。出来もしないこと、実現できないことを出来ると見栄を張り、嘘を言う…それが友達相手ならまだ可愛い嘘だと許せるが、顔の見えない相手だとその嘘は時に真実へと変貌してしまう。
だって直接会ったことがないのだから、顔の見えないお友達はそこにあることでしか心愛を判断出来ない。
更に言えば心愛の使った嘘は絶妙に現実臭かった。荒唐無稽な欺瞞ではなく、数年経ったら本当にそうなりそうだなと思える嘘だった。アイツは何だかんだスペックが高かったしな。
一つの例で言うと、アイツが言った虚言の中には、自分は芸能事務所にスカウトされたこともあるというのがある。
その時はまだスカウトされていなかったらしいが、数ヶ月後には本当に芸能事務所…それも大手と呼ばれる事務所にスカウトされていた。
あいつはあいつで一応の現実は見えていた。自分に出来ることと出来ないことの区別はちゃんとつけていた。…でも、それは自分だけ。他の人間に関しては自分の想像でしか考えることが出来ない。
だから、あんなことが起きたのだろう。
心愛がスマホを使いこなして早数年、あいつが中学二年の頃だ。
その時のあいつはフォロワーが数万単位でいる程の…何というのだろうか、インフルエンサーとはちょっと違う…ネットの人気者? と言うのだろうか…。…それだと馬鹿にした感じがするな。
まぁ、SNSで人気の人間…と言っておこうか、そんな存在になっていた。
その頃のあいつには二つ許せないことがあった。その一つは最近の投稿の閲覧数が少なくなっていること、もう一つは荒らしコメントだ。
特にムカついていたのは二つ目の荒らしコメント…内容は細かく言うのは敢えて避けるが、そらもうムカつく内容だった。
大体が心愛を煽ったり貶めたり…まさに人間の悪いところが凝縮したようなコメントだったな。
そのコメントは中学生という若さ+本来の性格に火をつけ、そりゃもう激怒していた。
未熟なアイツはその荒らしコメントを無くそうとした。馬鹿なやつだ、荒らしコメントなんてものは一生湧き続ける。一つを消したとて第二第三の荒らしコメントが増えるものだ。
アイツがこれからもSNSをするのならそのコメントの付き合い方を知るべきだった。そういう手合いは通報したりBanしたりするしかないのだと…それしか何も出来ないのだと…それでもそういうコメントは増え続けるので無視するしかないのだと。
…直接相手するのは悪手なのだと知るべきだった。
妹が最初に取った方法は気持ちを表明すること。しかしこれは無駄。むしろ余計に荒らしは増えた。
擁護するコメントも確かにあった。しかしそういう状況では味方のコメントより悪意あるコメントの方が目に映りやすい。
そうして幾つもの対策の果てに…とうとう妹はこんな出まかせを言った。
俺の写真をアップして、こう言ったのだ。
私にはこんな彼氏がいるんです。私と付き合いたければこの人より魅力的になってから出直して来てください…とな。
反論にもなってないコメント、ただ気持ち悪いものを振い落としたくて俺を使ってそのコメントの主を消そうとした。
口説いている奴に彼氏がいた…それだけでアンチは離れていくと思ったのだろう。
結果から言うとその作戦は大失敗。心愛のアカウントは大炎上した。
心愛は思い違いをしていた。自分のことを好きと言ってくれる人は例え自分に彼氏がいても好きでいてくれると…自分自身に魅力を感じてもらえていると思っていた。
本当に浅はかな考えだ。正しく子供の理屈だ。妹は…人が、好きか嫌いかの二つの意識でいると本気で思っていたのだ。
ただなんとなくでフォローする人間もいる。その人の性格なんかはどうでもよく、顔や体で判断する人間もいる。…そんな細分化された人間の情動を心愛は知らなかった。
時に、この世にはガチ恋という言葉がある。意味としてはその人、キャラクターに対して真剣に恋をすること…、
アイドル、キャラクター何でも問わず、その人に対して本気で好きになる…それ自体は悪いことではないのだろうけど…度が過ぎればそれは悍ましいものになる。…そして、心愛にもいたんだ。そんなガチ恋勢と呼ばれる人間が。
愛情を重く持った時、そしてそれを裏切られた時…その大きな感情は反転して憎悪へと変わっていく。
愛憎という言葉がまさにその通り…愛は行きすぎれば恐ろしいものとなるのだ。
裏切られたから何でもしていい、過剰に攻撃してもいいと脳が錯覚し、どれだけのことをしても平気と自分を騙す…そして、自分の恋を奪った人間を特に敵視する。
最初に俺の画像が様々な所に転載された。そこで俺という存在が下劣な存在であると徹底的に貶めた。
例えば目つきが悪くガラが悪い、どう見ても不良だこんな奴は心愛ちゃんに相応しくない。そうだこれは脅されているだ。心愛ちゃんは望んでこんな奴と付き合ってるわけじゃない……。
都合のいいようにその人間のことを解釈する。自分の信じたいものを信じる為に邪魔な存在をどれだけ下げても構わないと思っている。
そしてその声が大きくなれば新しく入ってきた人間はそれが正しいと思う。そして新しく入ってきた人間は軽々しくそれをネタにする。
そして、作られたのがそのサイトに貼られた画像…。
俺はネットの人間達の玩具へとなったのだ。
元の投稿から内容は乖離した。俺は合法的に襲われても構わない存在になった。俺の存在は改変されてしまった。
例えそれが法律的におかしいことだとしても、大量の人間の総意がその法律を否定する。俺という存在は何をしてもいい存在と多くの人間が認めていた。
フォロー数数万人という大きな存在が俺を襲ったのだ。…無論、直接実行に移ったのはその中の数百人程度だがな。全員が全員そういう存在というわけではない。
…けれど、それでも数は多かった。
最初に襲われたのは本当に普通の日だった。学校から帰ってさぁ家に帰ろう…と、そう思っている時に奴等はやってきた。
いきなり大人数に囲まれた。相手は俺よりも確実に年上の人間だ。そいつは俺を人気のない場所まで連れて行って一つの写真を見せた。
『君をボコボコにするとさ、こういうことが出来るわけなんだ。だから悪いけど今から君を殴るけど許してね』
そして、当時の俺はその時ようやく事態を把握して、全てが手遅れなことを悟った
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