おやすみなさい

「……つか、疲れた……」


「…お疲れ様…って言っていいのかな、主に私のせいで迷惑を掛けてしまったんだけど」


あの後、強引にキノコ頭を投げ捨てその場を後にした。やったことはガチで強盗みたいだな、通報されないことを望む。

その後、タイミング良く…? 悪く…? 帰ってきたキノコ頭兄といいんちょ姉と一悶着あったが、それは語るべきことでもない。


単に俺が死ぬ程文句を言っただけだしな。…えっと、何を言ったっけ…? あんまよく覚えてない。


そんなに覚えていないということは多分適当な挨拶をしただけなんだろ。うん、気にしなくてもへーきへーき。


「別にかまやしねぇよ。気遣いの言葉はいつだって受け取りオーケーだ」


「そう? なら遠慮なく…。…名取愛人さん、この度は危ないところから助けてくれて本当にありがとうございました…」


深々とお辞儀される。この角度、お辞儀コンテストがあったら入賞出来る程度の形だ。やるな。


「名取には私を助ける義理はないのに…それでも来てくれて本当にありがとう。…おかげで捨ててはダメなものを捨てるところでした」


「ん、受け取っとく」


それ以上の礼はいらないと手でジェスチャーする。

昔、ひょんなことで助けた女が礼をすると言って聞かなくて数週間ヤバい女に付き纏われた経験があるからな、過剰なお礼は逆にアレルギーが出るのだ。

ちなみにそいつは美人局とかそういう奴だった。最終的に壺買わされそうになったな…。

…なんでそうなるの? 俺助けた側じゃん。それ含めてのアレだったの…?


過去の悪魔に脳が刺激され、うごごごご、と唸ってしまうが、一先ずそれは置いておく。


「…でも、まさかお姉ちゃん達に対してもあんなに言うとは思わなかった。…多分明日からギクシャクしちゃうだろうな」


「え、なんで?」


本気の疑問。なんで俺が勝手にやったことなのにコイツらがギクシャクするんだ?


「いや、だって名取言ったじゃん。…『こいつが危険な目に遭ったのはテメェらがあのクソカスドブゲロ野郎の妄執をきっちりばっちり木っ端微塵に破壊しなかったからなんだぞ! 少しは反省しろバカップル…特にテメェだよ鈍感野郎! 少しは察する努力をしろ! …ってかヤるにしてももうちょっと場所考えてられん? 考えられるよなァ! 特にお前だよいいんちょ姉ぇ!! もう少し気遣う気持ちを覚えろや!!』…って」


「ぁっ、…あーぁーぁー? そんなことも…言ったカモ…ね…」


いや言ったなぁ、うん。そんなこと言ったわ。

うわぁ…ちょっと言い過ぎたなぁ…。他人が急にこんなこと言うのは流石にヤバすぎる。…どう見ても俺変質者じゃん。


「あ、別に文句を言ってるつもりはないの。…むしろこれから楽になるなって感謝してるの」


「感謝ぁ?」


何故に?


「…うちのお姉ちゃんって何というか…伝えたがりの一面があってね…? 聞いてもないのにあの人がカッコよかったとか、…その、アレが気持ちよかったとか…伊代も早めに経験した方がいいよ…とか、色々と言ってくるもので…」


アッ…。


「スゥ……ご愁傷様です」


「いやそんなに悲観してたわけじゃないよ!? そんな悲しい目をしないでって」


いや、それ多分マウントを取っていただけだと思うのだが…。

多分アレだな、いいんちょの性格じゃなければ姉妹仲は絶対悪かったと思う。こいつ凄すぎん?


「まぁとにかく、これからはそういうのも少なくなるかなって思うからちょっと気が楽になってるんだ。…他のことも含めてね」


他のこと、それは勿論…。


「キノコ頭のことか」


「そ、いやぁ、思い返してみると我ながらよく従ったなぁ…勉強からご飯の準備、果てにはえっちな自撮りも要求されたし…」


「…ぉえ」


おっと、あまりにも気持ち悪くて少しえずいてしまった…俺を責める奴は誰もいないと信じたい。


「まぁ大事な部分は隠したし、顔も隠したからネットに上げられても致命傷で済む…かなぁ?」


インターネットというものは本当に恐ろしい。

ネットを媒介にすれば大体の情報が永久保存出来るからな、大元を消したとしても第三者がコピーをしてしまったら一生その情報は消えない。これをデジタルタトゥーと言う。これ、情報のテストで出るからちゃんと覚えておけよ。


「…後でもう一回カチコむか、取り敢えず大元のデータは消しておかねぇと…」


「いやいや、名取にそこまでしてもらう必要はないかな。…ここから先は私がなんとかする」


「……そうか、まぁそれならそれでいいさ、余計な仕事がなくなって俺としては助かる。…マジでちゃんと消しとけよ?」


「うん、任せて」


……いいんちょがそう決めたのなら大丈夫だろう。こいつはやる時はやる女だと俺の勘が言っている。


…さて、と。…もうそろそろいいだろ。


「んで、さっきからお前はどうして俺に着いてきてるんだ? 見送りとしては大分長すぎると思うが」


「え、…まぁそうかも。…なんか流れで…ね?」


流れか、流れなら仕方ないな。


「一悶着あって帰りづらいならどっか適当な場所に寄ってくか? つっても俺ここら辺の土地勘ねぇから適当にぶらつくだけだけど。


なんだかんだ引っ越してきたのって三月の中頃だしな、いつもの散歩コース以外は初見に近しい。


「うーん…今日はいろいろあったし、何処かに出かける気分じゃないかな…」


「そか、なら気まずい家の中にさっさと帰れ帰れ、布団の中で寝てりゃ少しは気分も良くなるだろ」


「言い方。…でも本当にありがと。…今日のことは一生忘れません」


かァー! ほんとにこのお馬鹿さんは…。


「ばーか、さっさと忘れろ。人間は忘れることが出来るのが長所の一つなんだぞ? 都合の悪い嫌なことなんて全部忘れちまえ…今日みたいなことは特にな」


いつまでも覚えられても迷惑だし。こういうのはさっさと忘れた方がいいんじゃないの? 知らんけど。


「流石にこんな強烈なことはね…そんな急には忘れられないと思うけど。でも悪い記憶にはしないよ。…新しく、前を向けたキッカケだから」


「…ほうけ」


じゃあ言う事なし。忘れないで糧にすることも重要だしな。


「じゃ、それならここでお別れだな」


手でしっしと追い払うようにいいんちょをここまで来た方向へと追いやる。


「なんか酷い態度されてない? 気のせい?」


「きのせーきのせー、さっさと帰れ。お大事にな」


「うわー、すごい棒読み…でもま、それも名取らしいか…それじゃあね。また学校で会いましょう」


いいんちょは若干渋顔になったが、素直に元来た道を引き返した。

その足取りは軽い。…これなら心配は要らないかもな。


「…じゃあ、俺も帰ると……」


しようとしたところで、ガクンと膝が崩れる。


「……おっと、流石に限界か?」


二徹しながら全力運動、その後にガチギレしたんだ。それに一連の騒動が終わったことで気が緩んだのも関係してるのだろう…体が悲鳴をあげていた。


「……………家まで、あとどんくらいだっけ…? あーやっべ、頭がぼーっとして何も考えられねぇ…」


えっと、ここから割と遠かったような…。あー、土地勘がねぇからここが何処かもわからねぇ。


「なんもわかんねぇ……もういいか、ここで寝よ」


近くにベンチらしきものがあるので、そこに倒れ伏すように横になる。

そこで目を閉じたらあら不思議、一瞬で俺の意識は刈り取られてしまった。





「────はっ!!」


いかんいかん、こういう場所で寝ると財布の中身とかスられる…っ!


目が覚めて取り敢えず財布の確認…アッ! 千円抜き取られてる!!


「……クソが」


いや、まだ軽傷。俺はこういう時に備えて持って行く普段の財布の中身はなるべく少なくしている。


「……ふ、経験の勝利だな」


ありがとう俺の経験、さよなら俺の千円…あの日抜き取られた一万円に比べたらまだマシさ。


世界は真っ暗、いつの間にか夜になってしまったらしい。スマホで時間を確認…スマホある?


「おっし! スマホはあった!! ぺっ! やはり一番取られたくない貴重品は内胸ポケットに入れるに限るな!」


そんな小さな勝利に喜びを感じつつ、確認した時刻は八時…ふむ、深夜というわけではないらしい。


「ん、んー……あー。…まだ寝たりねぇし、取り敢えず帰ってもう一回寝るか、メシはめんどいからパスで」


なお、ここから家に帰るまで一時間掛かった。暗くて道に迷ったんだよ。

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