ほんま コイツ いい加減にしろ

「ハロー? バッドモーニング! 見たい景色は見られたかクソ野郎」


ドアを開けて開口一番の一言。キノコ頭はベッドの近くで布団を被って蹲っていた。


「まぁ見られるわけねぇよなぁ? だって俺が最初から最後までぶっ壊したんだからよお。で? 今どんな気分だ? 憎い女の人生をメチャクチャに出来なくてどういう気分なんだ? あ? 今すぐ俺に聞かせてくれよ、なぁ?」


「…お前、なんなんだよ」


キノコ頭は俺の煽りに言葉を返さず、ただポツンと独り言のように言葉を吐き出す。


「どうしてなにも上手くいかないんだよどうして僕の想定通りに動かないだよ。…これも全部あの女のせいだ。くそ、くそ、くそ、くそ」


「あ? んなもん決まってんだろ」


布団を被っているキノコ頭を引っ張り上げる。


「ぇぐッ…!」


襟を掴んで強引に持ち上げたからかそんなぐぐもった声が聞こえた。


「そうやって何もかもを他人のせいにしてるからだよアホンダラ。何が想定通りにいかないだ、世の中逆に想定通りにいく方が難しいんだよ」


ある程度締め上げたら降ろしてやる…地面にどすっと鈍い音がしたが知ったこっちゃない。


「それともなんだ? お前は自分が神様のように全能でなんでも上手くやれる自信があるのか? 本当に? …好きな女一人を手に入れることも出来ないのに??」


「っっ!! お前ぇ!」


挨拶は済ませた。ここから先は敵対行動しか残らん。俺の文句、悉く晴らさせてもらうぞ。


キノコ頭は俺に対して掴み掛かってる。まぁ甘んじて受けてやろう。


「いきなりきて…っ! なんなんだよ! 誰かも知らない奴が僕の何を知ってるんだ!!」


俺の襟を掴んでいる手がわなわなと震えている。それ程までに今の言葉は許せなかったということだろう。が、それは俺も同じだ。


「はっ! テメェのことなんざ知らねぇよ。知ってたまるか! 俺が知ってるのはテメェがやろうとしたことがどれだけくだらなくて、どれだけ最低なことなのかってことだけだ」


自分だけ被害者意識持ちやがって、こいつの性根は一度叩き直してやらねぇと気が済まない。


「なぁ、お前はわかるか? 大勢の人間に囲まれて、逃げることも出来ずにその場に居続けることしか出来ない恐怖を…その先に待ち受ける最悪な運命を受け入れざるを得ない未来を…」


肉体的には死なない。物理的な被害は多少はあるが、それでも生きては帰れる。…体だけは。

だが心は違う。心は一生そのことを引き摺る。


「自分の過去に絶対的な淀みが生まれる辛さがお前にはわかるか? わからないよなァ? テメェはこいつの罪悪感に付け込んでそれを命令したもんな」


「…そんなのどうでもいい…僕の、僕の受けた仕打ちに比べれ…」


「テメェの受けた仕打ち? …あぁ、なんだっけ、こいつが余計なことを言ったせいで自分は振られたんだと、告白する前に別の男に奪われたんだ…だっけか? …はっ! 滑稽極まるな」


こいつの言うこと全部が癪に障る。今ここでぶっ飛ばしてやらないと気が済まない。


「それのどこがお前に振られる要因はある? こいつの姉は既にお前の兄に対して恋慕の感情を向けていたんだぜ? そこにお前の入る余地がどこにあるんだよ」


嘲笑っている。思いっきり、盛大に。心からの嘲笑をお前に送ってやる。とんだエンターテイメントってな。


「どうでもいいとはよく言ったもんだ。お前のそういう気質を悟ってこいつの姉ちゃんはお前を遠ざけたんじゃないのか?」


「…は、は?」


一端にキレてるがどうでもいい。まずはこいつに自分がどれだけ気持ち悪い存在なのかを教えてやらなければならない。


「そうやって思い通りにならなければキレて周りに当たって、不貞寝して周囲に自分不幸ですよアピールしてる奴が本当にモテると思うか? ん? 逆の立場になって考えてみろよ」


逆の立場、つまりは……。


「もし、お前のことを好きだと言っている幼女がいたとする。お前はそいつを妹の様に可愛がってはいるが、恋愛対象として見ることが出来ない」


ここで言葉や説明を間違えると俺の今までの言葉が薄っぺらくなってしまう。だから、ここは慎重に丁寧に言葉を選んでいく。


「その幼女は病的なまでにお前を愛している。だが、性格はワガママで横暴、お前のこと以外の存在は全てどうでもいいと卑下し、お前を手に入れられなければ近くの存在に対して当たり散らす…無論、そんなことをしてもその幼女の溜飲は下がらない。どんどんどんどん周りに対しての攻撃は激しくなる…なぁ、そんな奴を本当に受け入れられるのか?」


「それは…」


これ全部お前のことだよ? と告げてやる。自分がやってきたことがどれだけキモいのかってことを伝える。

そして話は終わらない。ここには続きがある。


「それにお前には好きな人がいるとする。その人は近所に住む一つ年上のお姉さんだ。その人はアホな部分はあるが基本的にみんなのことを平等に好きでいてくれる。しかし自分にだけ他の人よりもっと親密に接してくれる。…で? こっちに行かない理由は?」


これは勿論いいんちょ姉とキノコ頭兄のこと…状況整理してみると本当に前者の選択肢に魅力ないな、99%こっちに行くだろ。


「…………」


キノコ頭は黙ってしまう。ここでいや、こっちに行くでしょとか言われたら本当に終わるところだった。時間の無駄的な意味で。

だが、こうやって黙り込むということは…客観的に見て今の言葉に選択の余地がないと認めたということになる。


「なぁ、言ってみろ。反論があるならちゃんと聞くぞ?」


待つ、待つ…痛いくらいに静かな時間が流れる。

時間的にはそこまで経っていない筈なのに、まるで時間が止まっているかの様な感覚があった。


長いようで短い時…具体的に言うと十数秒後にキノコ頭の口が開かれた。


「…じゃあ、僕はどうすればよかったんだよ。僕の想いはどこにぶつければよかったんだよ!!」


「捨てろよ」


バッサリと切り捨てる。その言葉にはキノコ頭もいいんちょも目を丸くしている。

結論としてはこれ一択だ。早く別の恋を探せ。


「それが出来たら苦労は…」


「苦労してでも絶望してでもそうするんだよ。人間は前を向いて生きていく生き物だ。それが他の誰に変えようのないものだとしても、それが手に入れられなければ何処かで妥協して納得するしかない」


例えば受験。

東大に合格したくて死ぬほど勉強しました。けれど東大には受かりません。一浪、二浪、三浪四浪しても駄目でした。

しかし慶應と早稲田、なんなら京大にも合格出来ました。


親からはもう金を出さないぞと言われました。バイト浪人しても学力が上がるとは限りません。選択肢の選びようもなく、そこで志望校を妥協するしかありませんでした。


中にはその妥協の大学にすら受かることも出来ない人もいる。それでも妥協して妥協して…最後には一先ずの着地をするものなんだ。


無論、届かないものに手を伸ばし続けるのは素晴らしいことだ。それは美しいものと言えるだろう。

…でも、結局なにかを手に入れられなければ意味がない。


「それともお前はその欲しいもの…好きな女に一生執着し続けるのか? 一途に一途に思い続けるのか? 死ぬまで?」


「っ…」


どんなに欲しくても、どれだけ望んでいても。死ぬほど努力して得ようとしても…それが絶対に手に入る保証はない。むしろ手に入らない確率の方が多いだろう。


子供の頃、サッカー選手の夢を持っていたとしてもそれを叶えられるのはほんの一握りの秀才だけ。その夢を叶えられなければ別の夢を新たに設定するしかない。


好きな女と将来の夢は別物? 馬鹿め、本質は一緒だ。手に入らなければ、叶わなければ別のものに変えなくちゃいけないということはな。


「もしそれでも忘れられなくて、その人のことを想って一生生き続けると言うのなら…他の人間の人生を邪魔すんな。そのまま燻って一途に死ね! 他人を巻き込んで自分の憂さ晴らししてんじゃねぇよカスが!!」


「…………」


世の中、一途に想い続けることは美徳とされている。だが、それが行き過ぎれば一途は妄執へと成り果てる。

ぶっちゃけストーカーと同一の存在だからな、一途で許されるのは性格のいい超いい奴だけだ。こんなクソゲロドブカス野郎には到底許されない。


でもそういう一途な奴程ギャルとかチャラ男に寝取られるんだけどな、世は儚い。


「人に影響を与えていいのは人に影響を与えられてもいいと考える奴だけだ。テメェみてぇに自分の世界に閉じこもってありとあらゆる事象を他責する野郎は一生この部屋で閉じこもってろ!!」


「……だったら…だったら…僕は…僕はぁ…!」


嗚咽が聞こえる。鼻を強引に噛む音がする。

……泣いた? 今こいつ泣いたのか?


「お前マジでいい加減にしろよ」


降ろしていた体を再び持ち上げる。なるべく息をしづらい様に。


「テメェの! やろうとしたことは!! 泣いて許されることじゃねぇんだよ!!!」


俺が本気でこいつに呆れているのは、ここまで言っても自責の念が出ていないこと。

ここまでこいつは自分のことしか口に出していない。何処までいっても自分本位に考えている。


流石に血管が沸騰してきた。もう一発ぶん殴っても良くない?? 俺今相当我慢してるんだけど。


「お前自分が相当恵まれていることの自覚ある? 償いの為とはいえ、他人のために自分の体を張れる人間が近くで、やる義理もないのに相当お前のことを気にかけていたんだぞ? そんな人間を自分の都合のいい道具としてしか使えなかったのか?」


恐怖を我慢して、涙を拭って、それでもお前の為に大切なものを捨てようとした女…こんな人間俺は見たことがない。


「こいつならきっとお前が立ち直るまで支えるぞ? 言っとくがこんな都合のいい人間は地球上でも希少なんだぞ?」


「……言い方が気になるなぁ」


おっと失礼…都合のいい人間は流石に酷すぎたか。


「………こんな奴が近くにいてもなお、そう出来るのは一種の才能だよ。俺には到底出来ない行為だある種の尊敬をしてやるよ。お前は救いようのないクズだってな」


首元を掴んだ手に力を入れる。衣服が物理的に伸びる音が聞こえた。他に聞こえるのはぐぐもった男の声だけ。


「まぁ、正直俺はこれからお前がどうなろうと知ったこっちゃない。テメェみたいなゲス野郎と関わるのは俺としても御免だ」


正直この一瞬だけで相当血管を消耗させたと思う。マジで死ぬほど頭に血が上ったわぁ…暴力に移らなくてよかったぁ。マジで俺の忍耐力神。


「だが、もしこの女にもう一度怖気が走る命令をしてみろ? そん時は…」


今日はいろいろと起きすぎてもう疲れた。朝からコイツらの動向を探っていたし、死ぬほど走ったし…俺ここ二日間ぐらい寝てないんだぜ? 二徹だよクソが。


だが、最後くらいはキッチリ言っておかないと…それで俺の役割は終了だ。

でもあれだ。本当に疲れた。…マジで疲れた…なので、多少は言葉遣いが荒くなるというもの。


「───そん時は、テメェを殴り殺してやるから覚悟しておけ」


結果として、最後に吐き捨てたのはそんな言葉だった。

あれ? ちょっと物騒?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る