カチコミに駆ける

「…最初にも言ったが、お前だけが悪いわけじゃない。…それを履き違えてまた過剰に自分を責めるなよ。それじゃあ前と同じだからな」


一応忠告を、ここでまた思い詰められるのは本気で困る。俺のここまでの苦労が台無しになるからな。


「…わかってる。…でも、でもね? それを自分で言うのはちょっと…」


「あーはいはい。そこんところは別にいいや。後で適当な哲学本でも読んで自己啓発していてくれ。いいんちょの恥ずかしさや葛藤なんて俺にはクソどうでもいい」


「く、くそ!? …こ、こいつ口が悪すぎる…!」


いや、それはおたくもでは? 俺に対して散々不良だとかヤンキーだとか言ってたよな?


「…ちょっとはさぁ、もっとこう…優しい言葉を言えないの? 私泣いちゃってるんだけど、乙女の涙が流れてるんだけど」


「……はんっ!」


「は、鼻で笑われた…」


こいつは何を言っているのやら…。


「いいか? ここまでのことは半分はお前の自業自得だからな? それに対して優しい言葉を使える程俺は言葉を巧みに使えねぇんだよアホンダラ。それと泣いてるから何? 泣いていたら絶対に慰めろって法律あんの? ってか泣いてるからって慰めを要求すんなよ、んな舐め腐った態度してんじゃねぇぞバカタレ。それとさっきまで処女を捨ててもいいって思ってた奴が乙女を自称すんなスカタン」


「ぐぅぅ…キッツ! 想像の百倍のカウンターもらった…っ!」


グササササッ…と何かが突き刺さったような音がする。無論実際にはそんな音は鳴っていない。


さてさて、いいんちょに対して俺の言いたい不満は大体言った。これ以上は過剰攻撃になるだろう。


「ううう…ごめんなさい。馬鹿な女でごめんなさい…ほんとに迷惑かけてごめんなさい。…助けてくれてありがとう…」


アッ! すみっこで体育座りしちゃった。いじけちゃって可哀想だね。

しかしそんな状況でもありがとうと言えるとは…流石にちょっと感嘆、普通出来ることじゃねぇよ。


「まぁ取り敢えず移動するか、ほれ」


「え…?」


懐にしまっていたハンカチを取り出しいいんちょに渡す。


「お前にはまだまだやってもらうことがあるからな、こんな所で道草食ってる暇はないぞ。…取り敢えずそれで涙ふけや」


「…あ、ありがと」


…マ、取り敢えずこれで格好はついたかね。


体育座りをしているいいんちょに手を差し出す。そして、いいんちょをその状態から引き起こした。


「…ん? やってもらうこと?」


その途中、いいんちょはふと何かに気付いた様な声を出す。おっと、気付かれましたか。


「そ、まずは…お前の家の近くまで案内しろ」


「………え、それってどういう…」


何を惚けてらっしゃるのか…。


「いいか? 俺の不満の十分の一はお前にある。クソだるいことさせられたし、めんどい性格してるしでやることがめっちゃ増えた。…だが、それ以前に…」


許せないものがある。無論、その対象は奴だ。


「一人の女に振られた腹いせに、その妹を徹底的に陵辱しようとする。人生を壊そうとするだぁ? …あ? ンなもん許せるわけねぇだろうが」


キノコ頭は悪くはないと言ったな、それは殆ど嘘だ。

確かにアイツにはそういう面はある。だが、それ以上にあいつは人格が捻じ曲がっている。


「あのクソ野郎にはいっぺんぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ…オイ、さっさと案内しろ」


「…あ、あの──」


「さっさと、案内、しろ」


いいんちょの性格的に止めるだろうとは思った。こいつはどんな目にあっても人に優しくしてしまう奴だからな。

けどそれじゃあ俺の気が収まらない。あの男に必要なのは許しではなく、自分のしたことがどんなに悍ましいものだったかということをわからせることだ。


「…いや、でもさ? 彼も事情があったし、私も無事だったし……」


「三度目ない。さっさと案内しろ」

「あ、はい…」


お前が許すとかどうでもいいんだよ。

俺が、そうしたいだけなんだからな。





「もしもーし! もしもーし!! テメェが家の中にいることは知ってんだよはよ開けろ」


「あ、あの…名取? …その、近所迷惑だからもう少し声のボリュームを…」


ガンガンガンとドアを叩きインターホンを鳴らし続ける。けれど返答はなかった。こいつ居留守を使うつもりか?


「ん」


「ん…て、え、何? 私は今何を求められているの?」


「は? 決まってんだろ? お隣さんなら合鍵を持ってて然るべきだろ。さっさと渡せ」


お隣さんの幼馴染は合鍵を持ってる、もしくは合鍵を隠している場所を知っている場合が多い。ソースは俺。


「……持ってるけどさー、今の名取の雰囲気を見てると渡す気が…」


「ん」(二度はないぞという目)


「うぅ…わかりましたよぉ…」


若干涙目のいいんちょから鍵を強奪してドアを開く。

え、不法侵入?? だいじょぶだいじょぶ、お隣さんであるいいんちょから鍵を受け取ったんだもの、不法じゃナイナイ。


「キノコ頭ぁ! …そういやあいつの名前知らねぇな。まぁキノコ頭でいいだろ」


「いやいや…彼の名前言ってなかったっけ…? 幸太郎…木野幸太郎が彼の名前だよ」


きの こうたろう…きのこうたろう。…きのこ、うたろう……やっぱりキノコじゃん。


「覚えんのがめんどくせぇ、あんな奴キノコ頭で充分だ。…で、アイツの部屋どこ」


「…二階に上がって突き当たりを右です」


もう俺が何をするのを諦めたのか、いいんちょは素直に情報を吐いた。ええやん。


「よしよし、んじゃ直行」


「どうしよ…嫌な予感がする…っ!」


多分その通りに行くと思う。


二階に上がって突き当たりを右に、そこにある引き戸を開けようとするが開かない。鍵か。


「もしもーし!! きこえてますかー? 今すぐ鍵を開けろやゴラァ!!」


「豹変するのが早すぎる…っ」


どんどんどんと扉を叩きまくるが反応はなし、ははーん? さては居眠りを使うつもりだな?


「……よし! 蹴破るか」


「待って待って待って待って!」


慌てて腕をいいんちょに掴まれる。


「なんだ」


「なんだ…じゃないわよ! 流石にそれはダメ! 器物損壊になっちゃう!」


「へーきへーき、ちょーっと足が滑ってそうなったっていい訳すればいいし」


「全然平気じゃない!!」


ふむぅ…いいんちょがそう言うのなら致し方ない。やり方を変えるか。なんか若干涙目になってるし…可哀想だね。


取り敢えず状況観察、この扉に立て付けられた鍵を注意深く見てみると…。


「……お、この鍵の形状…」


キノコ頭の部屋の鍵…その場所に四角い赤色が見えた。


「なぁいいんちょ、知ってるか?」


「……なにを?」


いいんちょは苦い顔をしながら問い返してくる。


「俺調べでは、こういう部屋の鍵って玄関の鍵とは違って簡潔な作りをしてるんだよ。物としての鍵とか使わないのがその証…んで、鍵の掛け方として出っ張りを下に下げたり上げたりするもの…後はボタンを押してロックするもの…」


今回の場合だと多分出っ張りのやつだと思う。…それだと…。


「そういう簡潔に作られた鍵ってのはな…? …頑張れば外側から開けられるんだよ」


少々伸びた人差し指の爪を四角い赤色の上部に差し込む。そして、それを力ずくで下げると…?


カチャン…と、軽い音が鳴った。


「はーいこれで不法侵入かんりょー! 良い子は真似しちゃだめだぜ?」


「…は、犯罪現場を見ちゃった…っ!」


俺もあまり使いたくない手ではあるけどな、やり過ぎたら鍵が壊れるし。


まぁこれをするケースなんて滅多にない。強盗なら素直にドアをぶっ壊せばいいし、窃盗ならこんなわざわざ鍵をかけた状態の部屋に入る必要はない。窃盗の殆どは空き巣だし。


だけど悪用すればマジで悪いことが出来ちゃうので本当に悪用しないでください。本気で、マジでお願いします。


ま、まぁ? 今回はこのケースだったってだけだし? この鍵の掛かった部屋で人が倒れてたらこの方法で助けられるし? この家が特別簡単だったという可能性もあるのでね…うん。本当に悪用しないでください。


内心でそんな誰に向けたわけでもない言い訳とお願いをしつつ、俺は開いた引き戸に手を掛ける。


さーて、改めてキノコ頭とのご対面だ。覚悟しろよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る