ここで本音を言ってもらえないとマジでヤバイから、本当に言ってくれ頼む

その日がやってきた。


「着いてきて欲しい」


そう彼から言われた時は、漠然とした感情しか湧かなかった。


私はその言葉にうん…ときっと頷いたのだろう。確信が持てないのは…その時の記憶が曖昧だからだ。


自分でもどうして彼の言葉を受け入れたのか、今でもわかっていない。


やりたくない、気持ち悪い。今の私の内面を占めるのはその系列の言葉…有り体に言えば私は目の前の現実から逃げ出したくて仕方がなかった。


それなのに何故私は今も彼の後ろに着いていっているのだろう。…時々、自分のやっていることがわからなくなってくる。


けれど、そういう時…私はあの光景を思い出すのだ。


あの日、死んだ目をしながら打ち明けられた言葉を。…私の胸ぐらを掴み、泣きながら絶叫をあげる慟哭を…。そこから放たれる呪いの言葉を…。

……私の行為が彼をそうさせてしまったのなら…その償いはすべきことなのだ。


私がしてしまったことなのだから、その責任は取る…それが、渡伊代の筈なんだ。


そう、気丈に振る舞い、とうとうその場所へと辿り着いた。


案内された場所は小綺麗な広々とした部屋だった。

人が十人いても全然余白があるような大広間…中央には座り心地の良さそうな椅子があった。


「そこに座って」


私はその言葉に曖昧に頷き、躊躇しながら座る。


「……じゃあ、これを付けて待ってて…あと二十分程で他の人達が来るはずだから」


「う、うん…貴方は…?」


目隠しの様なものを付けられながら、そんな質問をする。


肝心のこの人がどうするのかだけが気になったのだ。…私が他の男に抱かれている時にどんなことをするのか…。


「僕は家に帰るよ。…そこに設置してあるカメラで君の姿を見るんだ。その方が臨場感が出るからね」


そう言い捨てるかの様に言って、ドアが開くような音がした後…バタンと、それが閉じる音がする。


「………臨場感…って、使い方間違ってるんじゃないの?」


だって貴方はこの場にいないじゃない。それを言うならよりリアリティとか、もっと性的に……。


と、そこでようやく気付かないようにしていた事実に気付く。


「……やっぱり、私はそういう目でしか見られていない…のね」


わかっていた。そんなことはわかっていた。むしろ最初からそうなのだと知っていた。

彼がこの提案をするよりも前からずっとそんな目で見られていたことは知っている。


何かをむしゃくしゃにしたい様な、都合の良い捌け口を探していたのなんて知っている。

…でも、それでも彼の心が癒せればと、昔のように笑って欲しいと思ったから…。


「…いや、それは今も変わらない」


…それで、私のしたことが許されるのなら…それで彼の気が済むのならそれでいい、それでいい筈なんだ。


絶望した心を持ち直せ、最初からやるべきことは変わらない。そうだ、他の人の話を聞く限り性行為なんて最初は痛いだけ、それさえ我慢すればいいんだ。


聞き齧った知識で自分の心を補強する。それが、何の意味がないのだとしても。



空白の時間が進む。目隠しをされているから余計に状況がわからない。

というか、これが寝取らせ…というものなの?


彼から話を聞いて、自分なりに寝取らせというものを調べてみた。

調べてみてもあんまり理解がいかなかったけれど、それでもこの状況はなんだか違う気がする。


(…そういえば、他の人達と彼は言っていた。……?)


それはつまり…つまり。

私は、今から複数人に犯されるということ?


「…お、ここか?」


とある考えに至った瞬間、外から声が響いてくる。


きぃぃー…っと、ドアがゆっくりと開く音がする。靴音を鳴らしながら人が入ってくる。


目を隠されているからか聴覚が敏感になっている。だから、私はわかった。


カツン、カツン…と鳴る音が一つじゃないことに、それが一人や二人なんかではない程に。


「へー、目元隠れているけど可愛い感じじゃん。あんな書き込み釣りかと思って半信半疑だったけど来てよかったわー」


(え、え?)


音が鳴り終わらない。どんどんと数を増やし続けている。


「ふ、ふふふふふ、こ、これでようやく、僕も童貞を…金も払わなくていいとか最高スギル!!」


「うわー、こんな人いるとか聞いてねぇー…ま、一回ヤレればいいし、取り敢えず参加だけはしておくかー」


……どういう、ことなの?


「お、その顔…状況がよくわかってないな。君の彼氏は言ってなかったのかい?」


「……な、なにを…ですか?」


投げられた言葉の意味を恐る恐る聞いてみる。


「君の彼氏はね。とある掲示板に君の情報を書き込んだんだよ。まぁ流石に個人情報を書き込むとかはないけどね。確か書かれていた内容は…この日、この場所なら僕の彼女がいます。その彼女を寝取って下さい…だったかな?」


「そんな…ことが」


呆然とその事実を受け止める。


「しかし君も災難だね。あんな男が彼氏だなんて、まぁ俺的にはイイ思いをさせて貰えるんだから別にいいけど」


「……それが、彼の望んだことですから…私はそれに従うだけです」


…気丈に、現状に目を瞑って…そうすれば、まだ耐えられ……。


「あ、というかその目隠し邪魔じゃない? 取ってあげるよ」


「え?」


誰かが私の後ろに回る。そして、掛けられていた目隠しを外した。

そこに映るのは……。


「……ひっ…!」


十人ほどの、息遣いを荒くしている男達がいた。


数人の中には服を脱ぎ始めている人もいた。私の体を値踏みするように見ている人もいた。

……こんな視線に晒されるのは、初めてだった。


「書かれていた情報によると君って処女なんだっけ? 今どんな気持ちかな? 自分の初めてがこんな大人数に犯されることなんて…もしかしてそういう趣味の持ち主かな?」


目隠しが外されたことで私に声を掛けている男の姿が視認出来る。

その人は他の人とは違い、何故だか覆面をしていた。お陰でどういう人相をしているのかが全くわからない。


「…別に、どうも…彼が私にそうして欲しいと思ったのなら、私はそれを叶えてあげるだけです」


そう思えばいい、そう思い続ければいい…彼は言っていた。この一回だけでいいって…これを我慢するだけで…。


「へー、強情だねぇ。…いつまでそうやって言えるかな?」


「それってどういう…」


そんな言葉を口にした時、いきなり再び目隠しを付けられた。


「…なにを…っ」


そう口にする前に、パシャリ…と、カメラの音が鳴った。


「へ?」


「ここにいる人間は全員がクズでね。一度でも君の弱みを掴めば死ぬまでそれをしゃぶり続ける奴等さ、さっき君を撮影した男も君の顔写真を撮ることにより、それをネタにして強請るつもりだろうね。…この写真をネットに上げられたくなければ言うことを聞けって…とかね」


…つまり、つまり…例え、この一回を凌いでも、無駄…ということ?


漠然とした不安が一気に現実味を浴びる。

段々と足が震える。まるで、ビルの屋上にいる気分だった。


高いところから地面を見下ろす感じ…足の裏から汗が滲み、首筋には冷や汗が流れる。


「っっっ…!」


怖い…怖いよ。

どうしてこうなってしまったのか、どうして私は今この場所にいるのか改めて考えてしまう。


………でも、それでも…私は彼に対して償いを…。


「無論、俺もそのクズの中の一人だがね」


ぽん、と肩に手を置かれる。


「最近の若い女はガードが硬くてね。金で釣っても顔で釣っても全然引っかからないんだ」


そこから徐々に動かし、次第にその手は私の鎖骨へと伸びる。


「っ…!」


気持ち悪い。嫌だ…そう口に出そうとして、必死に塞ぐ。…ここで変に声を出したら彼の望みは叶わなくなる。…それは、それだけは…。


「でも、君は違うよな? 君は彼氏の為にならなんだって出来る。さっきそう言ったもんな…だから、こういうことをされても文句は言えないよね?」


そして、服の襟から直接手を入れられ、胸を触られた。


「ッッッッ…!」


強引に触られ、優しさなど一切感じず弄られる。目隠しをされているから余計に神経が鋭くになり、この男の手の感触に敏感になってしまう。

まるで私のことを性欲を満たす為の道具としてしか見てないようだった。むしろそうとしか見ていないのだろう。


彼等にとって、私という存在は何をしてもいいモノ…まさしく性処理の道具だった。


「君はこれからこれ以上の思いをするんだ。全身を愛撫されるだけじゃない。下も、上も、徹底的なまでに犯される。でも、それで君は満足なんだよな。よかったじゃないか、彼の望みを叶えられて…彼も、部屋で君の痴態を見て喜んでいると思うぜ? …僕の快楽を満たしてくれてありがとう…ってな? それが、君の幸福なんだろう?」


その果ての想像をした時、この人の言う結末を脳裏に浮かべた時…私の心は決壊してしまった。


「…………ゃ、です」


「うん、なんだい?」


「…………ぃゃ、です。…や、やだぁ…もう、家に帰りたいよぉ…」


これまでの我慢が決壊するように涙がぽろぽろと流れてくる。

嗚咽を止めることが出来ない。後悔が止まらない。


もう心に蓋をすることは出来なかった。自分の償いを優先することが出来なかった。

もう、自分の気持ちを偽ることは出来なかった。


「怖い…怖いよぉ…いやだよぉ…誰か助けてよぉ…ッ!」


泣きじゃくる子供のように自分の気持ちを吐き出した。そんなこと言っても無駄だと言うのに。

だって、この人数差だ。例え今から逃げ出したとしても絶対に捕まるし、そもそも足が震えて歩くことも出来なかった。


全てが無駄なんだ。私は今からこの人達に弄ばれるんだ。…そんな未来を幻視してしまって涙が止まらなかった。


だから、私が何を言っても無駄なのに…もうどうにもならないのに…。


「───ヘっ! やっと自分の本音を出したなこの強情娘、全く…本当に仕方のねぇ奴だよな…


「ぅぐ…ひぐっ……ぇ?」


聞こえたのは先程まで私に声を掛けていた男の人の声、私の胸を弄んでいた人。


ひらりと再び目隠しが外された。そこに映るのはやはり覆面をしたさっきの人。


さっきまでとは違い優しげで怖い声ではない。そんな雰囲気ではないけれど、だけど、不思議と刺々しいその声には優しさを感じた。


妙に陽気で、太々しくて…そして、なんだかんだと頼れそうな声…。

その声は、私の知ってる人のものだった。

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