例え被害者であっても、加害者になっていい理屈はない
…無論それだけでは話は終わらない。小学校六年生の男の初恋が終わった…だけで終わらなかったから今のいいんちょがいる。
ターニングポイントは最初に言ったように中学一年の頃…その時いいんちょ姉とキノコ頭兄は付き合って一年の歳月を送っている。
その間も両者は絆を深め、互いを知り…更に想いを寄せ合った。
詰まるところ…その二人はやるべくことをやったんだ。
性交渉、セックス、交尾…言い方は様々あるが、取り敢えずそういう特別な行為をするようになったんだな。
俺の知ってる奴等は出会って三秒でセックス!! みたいなノリで生きてる奴が多かったので、一年も愛を育んだのは素直に驚嘆。幸せになれよと他人事のように思う。
だが、この中に一人だけ幸せになれない男がある…そうだね、キノコ頭だね。
そいつは見てしまったんだ。
どうやってかは知らない。何故そうなったかも知らない…だが、結果的に奴はその行為を見てしまった。
自分が誰よりも好きで好きで好きで好きで仕方なかった人が自分の兄に寝取られた(当人視点でそうなっておりますが客観的に見れば別ににNTRでもなんでもないので正確に例えればBSSになると思われる)なんて地獄でしかないだろう。
当然、奴にとってもそれは地球が滅亡するよりも悲惨な出来事だったらしく、キノコ頭はその時期は不登校となったらしい。それも一年間ほど。
悲しい、辛い、現実を見たくない。そうやって奴は引き篭もったのだ。
しかし、それでも奴の地獄は止まらない…何せ自分の最愛の人(片思い)を寝取ったのは自分の兄…つまりは家族。
家族の情報というものは家にいる限り嫌でも耳に入る。耳を塞いでも聞こえてくるのだ。
自分が最初にやる筈だった彼女との思い出がすべて兄によって汚されていく。聞きたくもない嬌声が壁の向こう側で聞こえる。
その情けなさ、辛さ…そして壁の向こう側で聞こえる自分の最愛の人の嬌声がキノコ頭の精神を転じさせ、それを性的欲求の捌け口使ったのだろう。
「……確かにキノコ頭、お前は被害者と呼べなくもない。誰かの幸せの側で零れ落ちた不幸なのかもしれない…」
それは認める。お前はどうしようのない奴なのだとしても、その一点だけは変わらない。
…けど、そうだとしても…許せないことが一つある。
それはいいんちょのことだ。
いいんちょは仲のいい幼馴染が塞ぎ込んだことを相当心配したそうだ。
やる義理もないのに毎日部屋の前までやってきて体調の心配をする。学校のプリントを持ってくる。キノコ頭の分のノートも書いて持ってくる…。
それはいいんちょなりの気遣いであり、心遣いであった筈だ。善意の行動の筈だ。
…それを、奴は踏み躙ったのだ。
とある日、開かずのキノコ頭の部屋が開かれたらしい。
いいんちょはその事実が嬉しくて、嬉々としてその部屋の中に入りキノコ頭のことを心配した旨の言葉を伝えたそうだ。
…そんな、自分のことを本気で気に掛けてくれている奴に、キノコ頭はこう言ったらしい。
「…お前のせいだ…ねぇ?」
無責任という言葉というのが今になって帰ってくる。
いいんちょが自分の姉に対して言った応援の言葉…それがキッカケでいいんちょの姉とキノコ頭の兄は付き合うこととなった。それは事実だ。
それをおそらくいいんちょ姉がキノコ頭兄の部屋で言ったのだろう。経緯は知らないが取り敢えずそんなことがあったのだ。
それを耳聡くキノコ頭は聞いてしまった…聞いてしまったんだ。
そうして、彼女は呪いの様な言葉を滝なように浴びせられる。そこにどんな罵詈雑言があったのかは俺には知り得ない…だが、結果としてその言葉でいいんちょは昔の自分から変わることになったのだから内容は言うに及ばずだろう。
そうして彼女は自分の善意で起こした行動が誰かの苦しめるものだったと曲解してしまった。自分のしたことがとんでもない悪なのではないかと思ってしまった。
その償いがしたくて、…いいんちょはとある言葉を奴に言ってしまった。
「……ごめんなさい、償いならなんでもします…はっ…!」
その代償行為に何の意味がある?
悪くもないことで悪いと錯覚し、その償いを求める…わかってはいたが、あの女は頭が硬過ぎる。
「それであのキノコ頭は調子に乗ってしまった。…目の前の女が自分の言うことをなんでも聞く存在であると誤認してしまった」
だから、いいんちょはキノコ頭の
髪の毛を伸ばしたのは少しでもいいんちょ姉と形を合わせる為、服の趣味も何もかも全て自分の姉と同じにした。
俺が許せないことはそこだ。…アイツは…キノコ頭はいいんちょの事など一切見ていない。
彼女の苦しみも葛藤も…全て自分が被害者であるという意識から排除し、いいんちょを通じていいんちょ姉を見ることしかしない。
その代替行為には反吐が出る。…その状態でもあるのに寝取らせる? どれだけいいんちょの尊厳を辱めればいいんだ。
状況把握は完了。あの日、体育館裏で語られたのはここまでだ。
そして、ここからは過去ではなく未来の話となる。
パソコンを操作してとあるページを開く。
「…うし、実行日はこの日で…人数はこんぐらい…場所はそこか、…ケッ、寝取らせでネットの人間を使ってんじゃねぇよクズが」
俺が見ているページは匿名掲示板だ。
事前調査によりキノコ頭がどういった手段でいいんちょを犯させるかを特定した。…どうやら奴は自分の友人とか、身辺の人間ではなく、外の人間を使うことにしたらしい。
というかそもそもあの男に友人は一人もいなかった。学校で関係があるのはいいんちょだけらしい。…ここ数日奴を尾行して得た情報だ。
とまぁ、そういう事情もあると思うが、こういった犯罪行為は身近な人間に任せるよりも赤の他人にやらせた方がリスクが少ない。それに国家機関である警察も一々個人の掲示板をチェックしているわけがないからな。一人の少女の強姦を起きる前から止めるなんて警察には出来ない。警察は起きたことにしか行動を取れないんだからな。
それに表向きにはキノコ頭の彼女…いいんちょは寝取らせに賛同していることになる。…それはより警察沙汰になるリスクが減るということでもあるわけだ。
キノコ頭の情報を特定するのはちと骨が折れたが、俺はこのサイトに昔世話になったことがあるからな…似たようなサイトなら中々に扱える。…今回は俺が使わされていた時と同じだったから余計に助かったな。
世話になった…というのにはちょっと語弊があるが、そこら辺の事情はまた追い追いしよう。
「Xデーは今から一週間後…このページの写真を撮って、後は念入りに当日とその周辺はいいんちょを尾行するか…ドンピシャで当てられる程自信ないし」
大体の予測はつけた。しかしこれはあくまで予測…実際にどうなるのかは今の俺ではわからない。
だからこそ保険がいる。俺は小心者だからな、なんでも上手くいくとは思えないんだよ。
「俺も参加する書き込みをして…後は必須の持ち物…は特にねぇが、顔は隠しておきてぇな…つまり覆面か、…んなもん待ってねぇよだりぃな…はぁ、ドンキで買ってくるか」
パタンとパソコンを閉じて、少しだけ眉間を抑える。
「ふぅー…外したら終わり。当てなきゃいいんちょの心は一生死ぬ…へっ、当てるしかねぇじゃねぇか」
柄にもなく弱音を少し吐き、適当な上着を羽織って街へと駆り出す。
バタン…と、ドアが閉まる音が夜の廊下に響き渡った。
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