仕方のない奴
「彼は今と違って昔は明るい性格でね。笑った顔が印象的な人だった」
…はぁ。
ぶっちゃけ俺は今のキノコ頭も昔のキノコ頭を知らん。なのでそういうことを言われてもちょっと困る。
そのことはいいんちょもわかっていた様で…。
「って、名取にそれを言っても仕方ないよね…。…私が何が言いたかったかと言うと、彼は昔と変わった。…そして、その原因は私にあるの」
原因…と。
前にいいんちょはあのキノコ頭に弱みを握られているのかな? と考察したことがあったな。
あの時は勘違いとその可能性を否定したが…もしかして合っていたか…?
「…名取って口が固い方…?」
「どうした急に」
いきなりそんなことを言われても警戒してしまう。ちゃんと理由を言え理由を。
「いやさ…その原因を言うと彼のプライベートな事情も話すことになるから…ペラペラと口が軽い最低な人に話せないなって」
なるほど。まぁ、それは確かに。
俺は俺のことが誠実な人間だとわかっているが、いいんちょ視点ではそうはいかないのか…。
なんたってまだ知り合ってから日が浅い、そんな人間に何らかの事情を話すとなると少々構えてしまう…か。…ふむ。
「…話すか話さないかなんてお前が決めることだろ? その判断を他人に委ねるんじゃねぇよ」
どれだけ俺が自分のことを誠実な奴と名乗ろうとも向こうがその言葉を信頼しなければ意味がない。つまり、ここで俺が何を言おうとも意味がない。
「話したいなら話せばいいし、話せないならそのまま抱え込めばいい。俺は相談相手であってお前の理解者でも友人でもなんでもないからな。お前の好きにすればいいんじゃねぇの?」
だから俺が言えるのはいいんちょの意思を確認することだけだ。
ここでやっぱ言えないとなるのなら、それはそれでいい。その時は当たり障りのないことを言って相談を終わらせる。だって俺はお前を肯定する為だけの存在じゃないし、そういうのは友人とか、関係が深い奴とやってくれ。俺の役割じゃない。
だが、悩みに悩んで、それでも答えが出なかったから俺に相談したんだろう? 現状に死ぬほど困っているんだろう? だったら他人のプライベートとなんて無視して自分のことを優先すればいい。
人に優しく、人に誠実ないいんちょらしい考え方ではあるが、それは自分の首を絞める行為なのだと教えてやりたいね。
本気で困っているのなら俺も応える。中途半端にポーズだけで相談しているのなら俺も相応の態度を取る。これはそういう話だ。
「…確かに、それもそうか」
俺の言葉の意図に気付いたのかどうかは知らないが、いいんちょは呟くようにそう言う。
「ごめんなさい。今、私は名取の善意に不誠実な態度を取った。…名取は純粋に私のことを考えて提案してくれたのに、それを信じなかった…」
いいんちょは妙に申し訳なさそうな顔をしている。
きっと自分の言葉で俺を傷つけたとか、そんなことを考えているのだろう。…律儀な奴だ。別にそんなこと思う必要はないのだというのに。
しかし、それにしてもそこまでの表情をするか?
一度失言(別に俺はそう思っていない)をしただけなのに、何故そこまで後悔したような顔をしているのだろう。
「……で? 結局どうするんだ? まだ名取愛人の相談コーナーは閉店してないが」
この場の空気を変えるべくちょっとした軽口を混ぜながら話の続きを促す。重い空気って苦手なのよね、俺。
「……ごめんなさい。聞いてもらえる?」
「あいよ」
短く答える。返事を長ったらしくする必要なんてないからな。
いいんちょは俺の返事を聞いて少し微笑むと…重そうな口を開く。
そうして、俺はいいんちょとキノコ頭の事情に頭を突っ込む。
そうして、いいんちょの口から事情が紡がれる。その事情が語り終わる頃には昼休み終了の鐘が鳴ってしまっていた。
「……とまぁ、こんな感じなの」
……それを聞いた感想として、取り敢えず一つだけ。
「…お前、本当に仕方のない性格をしているんだな」
いいんちょを表すのに一番適切な言葉を選べばきっとそうなるだろう。
こいつは必要以上に自分を追い詰める。それでいてその状況を仕方ないと受け入れ、全てのことを自分のせいだと思い込む。でも、それは善良が故にそうなるのだ。
だからきっと、それ自体は悪くはないのだろう。
「かもね。…本当は、相談するつもりはなかったの」
これはもはや相談ではない。
そちらの方で心が決まっているのだから言うことは何もない。いいんちょはもう自分の意思を傾けてしまっている。
「でも流石に…ね。自分の初めてをそういう用途で使うのが嫌で、苦しくて…誰にでもいいから、弱音を吐き出したかっただけなのかも」
それを聞いた者は堪ったもんじゃない。…と、言いたいが、俺にその言い訳は言えない。だって、俺は最初にこう言ってしまったからだ。
「…いや、誰にでも…じゃダメだね。…私のことを全く気にかけない。他人事であると言った名取だから言えたのかも」
いいんちょは優しい。優しくて、気遣い屋だ。
この事実を告げれば大抵の人間は気が重くなる。…そんな事実を彼女は良しとはしないだろう。
こいつはそうなるのなら自分の弱音を一生胸に隠し続ける女だ。それ程までに筋金入りだ。
だが、俺は最初にこう言った。”赤の他人にならめんどいことだって話せるだろ”…と。
それがいいんちょの鉄の意志にヒビを入れた。他人である俺になら自分の弱みを言っても大丈夫なのだろうと。
「…こんな自分勝手なことに付き合わせてごめんね。…今度何かしらの形でお詫びするから…」
「なぁいいんちょ、一つだけ聞いてもいいか?」
「うん? なに」
あくまで他人事、その範疇での言葉。
他人事であるが故に俺はいいんちょに親密になる必要はない。気遣う必要はない。建前を使う必要はない。
だからこそ、俺はいいんちょが一番迷っているだろう事実…一番痛い所を突ける。
「…お前はそれでいいのか? お前の人生はそれで満足出来るのか? お前の幸福はそれでいいのか?」
「………これは、償いだから。私がやってしまったことの責任を取る…。ただ、それだけのことよ」
それじゃあ、遅刻しちゃうから私は教室に戻るね…と、いいんちょは言う。ついでに俺に遅れないようにとも付け足して。
そうして、いいんちょはこの場から去る。残っているのは俺一人だけだ。
「ハっ! テメェで納得してねぇ癖に何をカッコつけてるんだか。…本気で仕方のねぇ奴だな」
誰にも届くことのない声を出す。
最後の俺の言葉にいいんちょは首肯しなかった。曖昧に苦笑いを浮かべるだけだった。
答えにすらなっていない。曖昧に誤魔化すだけがあいつに出来ることだったんだ。
「……俺は納得してねぇぞ?」
なんたって答えをはぐらかされたのだから。俺の中ではあいつはまだ俺の質問に答えていない状態になっている。その本音を聞くまで相談コーナーを閉めるわけにはいかないな。
「……やるべきことは二つ。キノコ頭がどういった経路で寝取らせ野郎を用意するのか…それと、何処でそれを実行するかの特定…へっ、それなら昔取らされたなんやらが役に立つ」
まさか自分の黒歴史が役に立とうとは…やはり経験というものは人を裏切らない、
「テメェの本音を晒してやるよ。いいんちょ」
我ながら、相当に悪い顔をしながらそう言った
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