一度ならず二度までも

「あー…今日は休み…っすか」


「そうよ。なんでも昨日相当ショックなことがあったそうで…で? 君は及川ちゃんとどんな関係なの? 無関係ならこれからはご遠慮して欲しいんだけど、彼女、男性が苦手なんだよね」


その日の昼休み、弁当を持参しつつ保健室に推参してみたが、そこには先輩の姿はなかった。


考えてみれば先輩は昨日の今日で怖い目に遭っていたんだ。その次の日に学校に行っているわけがない。


「知ってます。…えっと、取り敢えず今日のところは帰りますわ」


「今日どころか明日も明後日も勘弁して欲しいんだけど」


割と辛辣な言葉を目の前の女性に言われる。

いい先生だ。あくまで先輩の身のことを考えている。この人は間違いなく先輩の味方だろう。ちょっと安心。


「あーえっと、…名取愛人が尋ねて来たと先輩が来たら伝えて下さい。多分それで伝わる筈です」


「…ふーん。まぁ一応伝えておいてあげるよ」


これ以上この教師を刺激しても良いことにはならないだろう。伝言をするという言質は取った。ならもうここには用はない。


「じゃあ失礼します」


礼儀としてそんな言葉を言った後、俺は保健室を後にする。



手持ち無沙汰になりながら廊下を歩く。


昼の予定が丸潰れだ。何かいい暇潰しはないのだろうか…。

今更教室に戻るのはなー、クラスの奴らをビックリさせちゃうかもだしなー、何処かにいい暇潰し場所はないかしら?


「…ここは…そうだな。前回のリベンジをやってみるか…」


前回のリベンジ、それは屋上の出来事。

あの時はヤベェ奴等が陣取っていたせいで行けなかったが、流石に昼休みで盛ることはしないだろう。


ふんふんと弁当を持っていきつつ屋上への階段を登っていく。


いざ鎌倉! さてさて、屋上にはどんな景色が広がっているのやら…。


ガチャリと屋上への扉を開くとそこには…。


「…今、なんていった?」


「お願いだよ伊代! 一生のお願いだ!」


……そこには、不機嫌そうな顔をしたいいんちょと、マッシュの髪型をしている目が半分隠れている男がいた。雰囲気的に多分修羅場。


「じーざすぅ……」


なんだろう。本気で自分の人生が嫌になってきた。

もう二度と屋上に行くのをやめてやろうか…そんなふうに思えてしまう程だ。


「……本気で言ってるの? 初めてやるのがそれでいいの? 本当に?」


「お願いだ…僕は…どうしても君にそれをやって欲しいんだ!」


物陰に隠れつつ、なんとなく成り行きを見届けてみる。多分俺の存在はバレてない。


「……意味、わかんないんだけど」


いいんちょは心底理解不能と言った顔でその男を見ている。しかしながら嫌っているという雰囲気ではないようだ。

多分…困惑しているというのが今のいいんちょを表すのに一番適切だと思う。


「僕わかったんだ。僕が一番望んでいるのはなんなのかって、僕が一番興奮出来るのはなんなのかって…それがコレなんだ」


「…………」


興奮? 望んでいるもの? いったい何の話なのだろうか…ちょっと気になる。

それに男が口を開く度に沈んだ表情になっているいいんちょのことも気掛かりだ。取り敢えず静観を続行しよう。


「…それがこれ…なの? ねぇ、私って貴方の彼女でしょ? その彼女を一度も抱いてないのに…それなのに他の男に抱かせるの? 正気…?」


ファーっっ!!


「あぁ…本気さ」


ぶほぉっ…げほ、げほ…。


危ねぇ、あまりに意味わからん展開過ぎて思わず吹き出しそうになってしまった。バレてないよな?


「自分でも狂ってると思っている。…でも自分の本音に嘘はつけないんだ」


おっと、そのまま話を続けたことから察して俺の存在はまだバレていないらしい。…ふぅ、まだ野次馬れるな。


「多分幼い時の経験が原因だと思うんだ。それのせいで僕は寝取らせ以外では興奮出来ないんだ…! だからお願いだ…僕のことを想ってくれるのなら…一回、一回だけでいいんだ!」


へー。


あのキノコ頭の過去に何があったのかは知らんが、取り敢えず精神病院に行けばいいと思う。


ああいうことを言える奴は脳味噌の機能が少し壊れていると思うんだよな。なんだろ、人への思いやりというか、他人の気持ちを考えるとか、そういうことが出来てねぇんじゃねぇかな?


普通自分の彼女に対して他の男に抱かれてくれって言えるわけないだろ。もしそれを言うのが当たり前の世界なら俺はさっさと自殺するぞ。


そういうのは二次元とかフィクションの世界だけで楽しめばいいと思う。フィクションは自由、二次元も自由をモットーとした存在。


現実にはあり得ないかな? でもそんなことがあるかもしれない。それなら夢があるよね、興奮出来るよね。…と、そう思うのは自由だ。それは個人の自由、創作活動の自由という奴なので誰にも止める権利はない。


だが現実は違う。現実は確かに存在する。

それに干渉して事を為すのならそれに付随するものもちゃんと考えなければならない。それをしたことで何が起きるのかとかな。


現実で起きたことの問題は自分で解決しなければならない。ゲームや漫画のキャラみたいに時を戻すなんてことは出来ないんだ。自分のやらかしによる波及を解決するのは自分なんだぜ? クソめんどいだろ。


さてさて、いいんちょもお気の毒に…自分の彼氏がまさかそんな奴だったとは思いもしなかっただろう。

次の恋を探した方がいいと思うぞ、俺は。


さてぇ? いいんちょの返答はこれ如何に。


「……少し、考えさせて…」


「え!?」


やべ! 思わず声が出ちまった。


いいんちょとキノコ頭が俺の声に気付いたのか此方の方を振り返る。…が、しかし俺は既に場所を移動している。もうそこに俺はいないぜ?


さて覗き見の続き…っと。


いいんちょは自分の体に腕を回しながら顔を斜め下に落としている。…どうやら本音的には賛同しかねるようだな。


しかし、あくまで回答を保留にした。いいんちょの性格なら無理なもんは無理とバッサリ切り捨てる筈だ。それなのに何故…。


「……ありがとう。前向きな答えを待っているよ」


「……うん」


キノコ頭はそう言うと屋上から足早に去っていく。この場に残っているのは隠れている俺といいんちょだけだ。


「…はぁ」


いいんちょは深い溜息を吐く。そこに乗る感情は悲壮感しかなかった。


「…どうして、こうなったのかしらね」


そう、一言呟くと、いいんちょは少し遅れながらではあるが、重い足取りで屋上から出ていく。


「……うわぁ、なんか大変そうだな。…メシ食う気分じゃねぇー…」


所詮は他人事なのでそんな感想しか出なかったが、最後に見たいいんちょの横顔がやけに記憶に残る。


悲しそうで、辛そうで…それでも何かを嫌いになれないやるせなさ…そんな感じに見えた。


「……でもま、そんな気分じゃなくても腹はヘる…取り敢えずメシ食うかー」


一先ずそのことは記憶の隅にでも放っておくとする。だって、所詮は他人事だからな。今の俺に出来ることはなんにもない。

他人事じゃなくなってから考えればいいんだ。それまでは特に触れる必要はないさ。

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