よくある展開、しかしテンプレ通りに事は進まないのである

時に諸君、人生において必要な要素とはなんだと思う?

食欲 性欲 睡眠欲? それも大事だな。


けれど俺が一番大事だと思うもの…それは娯楽だ。

娯楽こそ人間の第四の欲求! 娯楽がなければ人間は生きていけない。生きていけるとしてもその人生は空虚であり、ミイラのような渇いた生き方となるだろう。


性欲とか性欲とか性欲とかに翻弄される運命の人間はもうちょっと他のことにも目を向けてもいいと思う。


さて、そんなふうに言ってる俺に関しては? 俺には何か人生を充実させる娯楽はあるのか?

それは勿論……。



「あーーー、暇だーーー」


ない、俺に娯楽…趣味と呼べるものは存在しなかった。


ゲームとかはするけど…ちょっとやるだけで疲れちゃうんだよなぁ。歳かな?


昔はばあちゃんの世話をすることが生きがいだってけど、そのばあちゃんも一年前に天国に行ってしまっている。なのでポッカリと胸に穴が空いている気分だ。


何か趣味とかを見つけようと思っても特に何も見つけられなかった。強いて言えば運動は結構好きかもしれない。

毎日筋トレするしランニングもする…けどそれは趣味というより日課だからちょっと違う気もする。


家の家事全般を片付け、暇だ暇だと空気中に嘆きを分散させる。気分的になんだか空気が重くなるような気がした。


「…気分転換に外出るかー」


夜の街に駆り出せば何か面白いものが見つかるかもしれない。…えっちなのは勘弁な? そういうの苦手なんだよぁ。




俺の住んでいる付近はあまり治安がよろしくない。なるべく安い物件を探したらそんな場所になってしまった。

俺の場合は人相が悪いなのガタイがしっかりしているのであまり声を掛けられることはないが、学生があまり夜に出歩いていい場所ではないなと思う。


現に俺も数回酔っ払いに話しかけられたことあるし…。なんで酔っ払いってあんなに人に絡むのだろう。不思議だ。


「ふんふふーん」


お気に入りのスカジャンを羽織りつつ、鼻歌混じりに歩いてみる。無論周囲に人がいないのは確認済みだ。


夜の喧騒、酔っ払いの怒号…うーん、中々に終わってるなぁ。


そんな街中を掻き分けていると、ちょっとしたものが目に入った。


そこは路地裏、普段は人が皆無な筈の場所に数人の人間の姿が見える。

野次馬根性でその方向を見てみると…。


「───っ!」


「……ぃ! ……ください…っ!」


とても見過ごせないものが目に入った。


ズカズカとその路地裏まで進んでいく。


何故、世界はかくも辛いもので溢れているのだろう。

普通街中で強姦なんてしないだろう。それになんで路地裏なんて場所で致そうとするかなぁ…そこら辺ってオッサンのゲロとかがぶち撒けられ、ゴキブリがたくさん湧いているんだぜ?


それにその行為が警察にバレたらどうするのだか…最近の警察って優秀なんだぜ? こんなことしてたら簡単にバレる。

もしかして写真を撮って脅迫するつもりなのだろうか。そうだとしたら…そうだなぁ。


…反吐が出る。


ズカズカと足音を大きく響かせているから俺の存在は簡単にバレる。

何人かが振り向き朧げながらそいつらの姿形が目に入る。


そのどれもが何らかの制服を着ている。チャラチャラした見た目ではあるが、ヤクザとかの裏側の人間というわけではないだろう。つまり学生。

しかしまぁ不用心なことだ。制服を着てこんなことをしているなんて、通報受けたら即アウトで即特定だぜ? やはり性欲で動く人間は脳味噌が足りないのだろうか。


「…誰だてめ───」

「うるせぇ」


振り向く男の顔面を蹴りぬく。これで傷害罪が適応されてしまった。やっべ、俺も人のこと言えねぇじゃん。神経直結で動いてんじゃん。

まぁいいや、なら仕方ない。この後警察に捕まるとしても鬱憤だけは晴らさせてもらおう。


「いきなりなに──」

「喧しい」


突然の奇襲ということもあり男共は俺の暴力に抵抗出来ていない。それにどうやら喧嘩慣れしてるというわけでもなさそうだ。


悲しいかな、俺は少し前にグレていた時期があり喧嘩は結構得意なのである。こんな都会のボンボンに負ける道理はない。

結果、ものの数分で片付けることに成功した。


「ふぅ、こんなもんか」


手を払いつつ、一つため息を吐いてみる。

楽な相手だったとはいえこの人数を相手するのはちょいとめんどいし疲れる。


「……んで? お前はレイプされそうになってた…でいいのか?」


そこで蹲っている少女に対して声を掛けてみる。


「ひぐっ…えぐっ…」


少女は泣いてばかりいて話にならない。それも仕方ない。先程まで自分より力の強く、体格のいい男に囲まれていたのだから、怖いに決まってる。


「あー…よし、こうしよう」


男達の荷物なのであろう鞄を手に取り、その中身をばら撒く。

そして、その鞄を被る。くせぇ。


「やぁ! 怪我はないかい!」(甲高い声)


「ふぇ…?」


こういう状況には慣れている。なので対処の仕方も慣れている。…少なくとも脳トレではね。実際にやるのは初めてだ。


「君はあれかな! そこのゴミどもに襲われていたのかな?」(なるべく甲高い声)


「え、あ、あの、…えと、その……そ、そう……で、す」


「じゃあプレイの一貫というわけじゃないんだね!!」(甲高い裏声)


「は、はい」


姿勢は低く、なるべく威圧しないように。少女からはある程度の距離を取り低い声は出さない。


男というものは存在的に女性を怖がらせる。

大きい姿は威圧感を与え、低い声は必要以上に怖がらせる。…俺は少し他の人より声が低い方だから尚更だろう。

なので俺から男という要素を極力まで減らすことで恐怖を和らげられるかもしれないと思ったのだ。顔を隠したのもそれが理由だ。


「取り敢えずそこにいる奴はぶっ飛ばしといたから安心してね! おれ…私もすぐこの場から立ち去るよ!」(ちょっと喉が痛くなってきた)


「え…」


長々と俺がいても怖いだろうとそんなことを言ったのだが、絶望したような声が返される。多分顔も絶望したような顔をしている…どうしたどうした。


何故そんな声がしたのかちょっと気になったが、少し考えてみるとわかった。


「あー…もしかして腰抜かしちゃった? 立てなかったりする?」(ちょっと掠れた裏声)


こくん…と、少女は躊躇いながらも頷く。薄くチラッと、そんなのが見える気がする。


参ったな…流石に自分を犯そうとした奴の近くに放置するわけにはいかんし…。


「…よかったらだけど、おぶって家まで送ろうとか?」(頑張って甲高い声を維持してみる)


「え、……い、い、…いいん…で、すか…? ごめい、わくで…は?」


少女は声を振るわせながらそう言ってくる。声質からしてまだ涙は止まっていないようだ。


「勿論だとも! いたいけな少女を危険にさせたくごほっ! ごはっ!」(とうとう喉がイカれて咳き込んでしまう」

「ひぇ…!」


ま、不味い…! なんとかリカバリーを…!


「あ あ あ…あー、こほん。…ごめんね! 持病の喘息がちょっとね!」(喉を慣らしつつ甲高い声に戻す)


……よくよく考えてみれば鞄の中に頭を突っ込んでいるので状況がよく見えない。

先程までは気配でなんとなく状況を察していたが、この状況ではなんとも…。


「………」


「………」


沈黙が辺りを支配する。気まずい、とっても気まずい。

しかしながら会話のドッヂボール的に次の発言は少女の方にある。なのでなるべく早く言葉を出して欲しいのだが…。


「……ふ、ふふふっ…!」


その沈黙を破ったのは少女の可愛らしい笑いだった。


「ご、ごめんなさい…! 折角私のために…ために? そんな面倒なことをして下さっているのに…」


「い、いや! 君の恐怖が和らいだのならそれでいいよ!」(すっかり元の甲高い声)


どうやら恐怖のピークを過ぎ去ったらしい。よかったぁ。


「すみません…その声、維持するのは辛いですよね…? もう大丈夫………です、から。…元に戻してもだい、…だい、じょうぶ…です」


え、声聞く感じ全然大丈夫そうじゃないんだが? めっちゃ辛そうなんだが?

しかし俺の方もこの声を維持するのはちょっと辛い、というかだいぶ辛い。


「……ほんとに平気…?」


なので小声で元の声に戻しながら聞いてみる。


「は、はい…。…お顔の方も、大丈夫…です」


うーん。確かにこの状況は目が見えないし臭いし息苦しいの三つの辛さがあるが…ほんとにいいのだろうか。

しかしまぁ、少女がなけなしの勇気を振り絞ってそのことを言ったのかもしれない。…その意思を汲み取るのも優しさなのだろう。


そっと、頭に被っていた鞄を取る。


「……へ、へろぅ? プリンセス…お手をどうぞ?」


そして、俺は少女にゆっくり近づき、出来るだけ痛々しい台詞を言いながらその少女に手を差し伸べる。


「ふ、ふふ…ありがとう、ございます」


その姿は少女にはとても滑稽に見えただろう。今の俺の言動は全人類がなるべくやりたくない動作だと思う。この時の記憶を思い返したら死ぬほど悶えるんだろうなぁと簡単に想像出来る。…けど。


けど、それが時に役立つのだから馬鹿にしちゃいかん。

これで、少女の恐怖が少しでも無くなるといいのだが。

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