3-6
ファビュラスは、なんと自力で研究所を見つけ出していた。ルーナが指名手配された日からずっと境界の森を探し回っていたのだ。魔物に何度も襲われ、危険な目に何度も遭った。だが、それでも諦めなかった。おそらくこれが彼女の研究所だ、見つけた時に確信を持った。中に入って彼女に会いに行こうと思っていたのだが、先客がいた。駆除隊のメテオ隊長と、その隊員三人に、あの時張り紙をしていた青年だ。研究所に押し入ろうとしているのだろうが、今いる茂みの影にいては会話の内容を聞き取れなかった。そこに、後ろから声が聞こえた。
「ファビュラス? 貴方なんでここに」
そこにはルーナがいた。彼女に会えた瞬間喜びが湧いてきたのだが、すぐに冷静になって声の大きさを落とした。
「君、何をやらかしたんだい」
ファビュラスは王都中に貼られている手配書を見せた。
「これは、なるほど、ここまでやるなんてね。お父様も意地が悪すぎるわ」
「ごめん、説明してくれないかな」
彼女はため息をついて、心の落ち着きを取り戻してから話し始めた。自分の父親は何者なのか、父親が自分に対してどう思われているのか。「なんてこった、娘が疎ましい父親なんて最低だ」ファビュラスは彼女の心に寄り添った。「ありがとう」ルーナは安心したような顔を見せた。
「ああ、それで今の状況なんだけど」
ファビュラスは思い出したように彼女の研究所の方に目線を向けた。「彼ら、どうやら君の家まで行き着いてしまったようだね」「ああ、あれは家じゃなくで研究所なの」彼女はすぐに訂正した。自分の研究所のほうに目を凝らしていると、見覚えのある顔があった。
「ウィード、なんでここに! まさかここまであの人たちを招いたってことなの」
「いやそれはないよ」彼女の考えを遮るように言った。
「あの青年は君のことを信じている。君が追いかけ回される筋合いはない、って」
ファビュラスは彼の「俺もそう思います」の一言を思い出していた。「きっと、僕と同じだよ。君に警告しに来ていたんだ」
二人は、研究所に入っていって中を物色されているのを見ているしかなかった。たとえ家の中を荒らされようと、壊されようと、燃やされようと。しかし意外にもどれも起こらず、全員が出てきた。あそこにはルーナにとって大切なものがたくさんあった。それらを自分の家に移動させておきたかったので、立ち去るのを待っていた。じっと様子を伺っていたのだが、なかなか彼らは移動しようとしなかった。メテオ隊長が何か指示している様に見えた。すると一人がこちらに近づいてきた。ここに潜んでいたのが悟られたのかもしれない。今ここで逃げ出すか、いやそんなことをすれば余計に気付かれる。ならば道は一つだった。
「どうも」
ファビュラスは茂みから出て行った。
「もしかしてみなさんも、この人探してるんですか」
ファビュラスは手配書を広げた。
「命を受けたのは駆除隊だ。警備軍には関係ないだろう」
駆除隊員達は威圧的な物言いをした。
「いやぁ、直接捕まえるのは駆除隊の役目かもしれません。しかし情報収集は誰がやってもいいのでは?」
彼らは言い返せなかった。しかし彼らはどうやらろくでもない奴らだったらしく、悪態をついてきた。「前から腹立たしかったんだ、お前のことは。大して危険な目にも遭わず、賞賛ばかり浴びやがって」三人は剣を抜いた。「ここなら別に、魔物にやられたって思われるだけかもな」もはや、八つ当たりに近い攻撃だった。ファビュラスは剣を抜かずに迫る刃を、ただ躱した。ウィードはその様子を見て、最早ファビュラスという男にこの三人が傷一つつけるのは不可能であると悟った。しかし彼らは気にも止めず剣を振り回していた。
「どうした、反撃する勇気もないか」
一人がそんなことを言った。仕方がないのでファビュラスは腰に携えた剣を抜いてそいつの剣を受け止めると、そのまま力を込めて突き飛ばした。残りの二人も切り掛かってきたので先ほどと同じく、いとも簡単に躱したのちに腕を浅く切った。
「その程度の傷なら、きちんと治療を受ければ簡単に治る。だが今無理をすると二度と剣を振れなくなるぞ」
その言葉に二人は引き下がった。突き飛ばされた一人も、攻撃してこなかった。
「あまりウチの若いのを、虐めないでもらえるかな」
戦いに加わっていなかったメテオ隊長が口を挟んだ。「そっちが先に虐めてきたんだろう」ファビュラスは反論した。メテオ隊長も剣を抜いたが、構えはしなかった。しかし空気は明らかに張り詰めていた。
「私は君をよく知っているよ。王のお気に入りの様だしね」
「僕は王を気に入っていないがね」
「なるほど傲慢な男だ」
「どこがだ。僕はそんな人間じゃない」ファビュラスの声に少しだけ怒気が込もった。
「いやいや傲慢だよ。その容姿や実力、性格にかまけて様々な問題に直面した経験を持たない。理不尽な挫折も味わっていないだろう」
「僕だって失敗の一つや二つあるさ」ファビュラスは切先をメテオ隊長に向けた。
「それは挫折じゃない、ただの失敗だ。君は、あの女を助けたいのだろう、それぐらい察しがつく。だが君は助けられない、それでもそこに挫折はないだろうな」
「ぬかせ!」
ファビュラスは一直線に駆けて、腰の下から腹を切ろうとした。しかしメテオ隊長は足の裏で剣を受け止めた。押し返すのではなく、膝を緩衝材のように使って受け止めた衝撃を和らげた。そのまま後ろに飛んで距離をとると、そこでやっと剣を構えた。ファビュラスは直情的に剣を突き立てようとした。メテオ隊長は体を回すように避けると、その勢いのまま耳の横から水平に剣を通そうとした。ファビュラスは屈んで、それを回避したのだが、今度は彼の胸元に爪先が向かってきた。その一撃は反応できず、まともに受けてしまった。鈍い音がなった。ファビュラスはむせ返えっていた。メテオ隊長は、相手が目を切ったその隙を見逃さず、首の上から剣を突き立てようとしたのだが、直前でこれに気付かれ、後ろに逃げられた。もう一度ファビュラスは直線的に向かって行った。ウィードには、彼がなぜそんな簡単な攻撃を繰り返すのか疑問だったが、もっと別の仕掛けを用意していた。腰の鞘を左手で投げてメテオ隊長の隙を作り、剣で一太刀入れようとしたのだ。しかしメテオ隊長はそれを気にも止めなかった。回転しながら飛んできた鞘を掌で受け止め、それを使ってファビュラスの剣による追撃を止めた。メテオ隊長は剣を上げて、左肩から腰にかけて切りつけた。決定的な一撃だった。ファビュラスは倒れた。それを見ていたルーナは声をあげそうになったが、必死で堪えた。
「君は今、敗北した。しかしそれでも挫折には至らないだろうな。私は君のような男が嫌いだ。だから、ここで始末しよう」
メテオ隊長はファビュラスを見下ろし、剣を逆さに構え、胸に剣を突き立てようとした。「君のような男がいなくなるのが残念に思う者はたくさんいるだろうな」そう言いながら、ほくそ笑んだ。
「お待ちください、隊長」
ウィードは、殺す必要は無く最早非道であると思っていた。その心の内の小さな反逆を悟られないよう、あえて声を張った。
「この者は、国内の犯罪を取り締まる重要な役割を持っています。惜しい人材である以上に、失うと治安において大きな打撃を受けてしまうでしょう。それに国王はこの者を気に入っていると聞いたことがあります。隊長が殺したとなると、貴方は国王からの評価を著しく落としてしまいます。であれば」
言葉に詰まってしまった。自分がこれから、完全な反対意見を述べるのであるから、躊躇いがあったのだ。「であれば?」催促する様な言い方だった。
「であれば、殺さないでおくべきかと」
「この者が、私に襲われたと言いふらしたらどうする」
「その時は誤解があったと答えるまでです。こちらは証言出来る人間が四人もいます、充分でしょう。それに、彼が狂ったように言いふらすならば、きっと彼自身が評判を落とし、その信頼を失います。他人を貶める噂を流す者は自分自身も一緒に堕ちるのが常ですので」
「その通りだな」少し沈黙があってからそう呟いた。メテオ隊長は、ファビュラスの胸元から剣を引いた。「お前たち」連れていた3人を立ち上がらせた。
「自分の家にも居ないならば、やはり王都に滞在しているのかもしれんな。ここには二人見張を配置する。それからウィード、お前はこの捜索から外れろ。重要な情報を報告しなかったのは、本来ならばクビにしてもおかしくない背反行為だ。しかしお前は有能だ、手放すには惜しい。お前はいつもの仕事に戻れ」
「申し訳ございません」
メテオ隊長達は、去っていった。
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