3-1

 ウィードは、ここ数日仕事に身が入らなかった。駆除数が減ったり、ケガを負ったりはしていないが、いつもの成果を維持するのに苦労していた。ルーナと会って以来、仕事中も時々彼女について考えてしまっていたのだ。しかし周りからすると、いつもと変わらぬ様子にしか見えなかったので、誰もウィードが仕事中に仕事以外について思いを馳せているとは、想像もしなかった。とはいえ当人は自分の身に何が起きているのか理解しているため、自分自身にうんざりしていた。仕事を終えて自室に帰ると、荷物を置いてベッドに突っ伏した。

「なあ、俺は最低な人間なんだろうか。私生活での出来事を引きずって仕事に支障をきたすなんて」

 ウィードは自分の部屋に住まう3体の魔物に問いかけた。ベッドの下からテリーがベッドの下から這って出てきた。「ああ、最低だ」と悪態をつきながらベッドに上ってきてウィードの背中に乗った。

「お前の私生活なんて、周りの人間からすれば知ったこっちゃない。個人的な理由で仕事仲間が迷惑してるんだぜ。たまったもんじゃない」

 テリーの体は埃まみれだった。ベッドの下をしばらく掃除出来ていなかったからだ。

「で、でもホセやリンドはお父さんお母さんが亡くなった時、仕事を休んでいたよ。他にも自分が怪我したり病気したり、い、家を引っ越したりする時も仕事を休んでいた。だったらいいんじゃないかな」

 シードはおどおどしながら喋っていたが、しかしおかしな意見ではなくまっとうな内容だった。ウィードはその通りだと思った。自分の生活でつらい出来事があれば仕事を休むのは普通なのに、何故俺は皆と同じようになれないんだ、と。だが、その理由をモックは知っていた。

「程度が違うだろう、程度が。家族を亡くしたら、そりゃあ心に傷を負うさ。でもお気に入りのコップが割れた程度で仕事を休むのか、そうじゃないだろう。それがどんなにお気に入りでも、立ち直れないほどの傷は負わない。例え本人が負っていても、周りの人間にはそれを理解できない。それだけの話だ。なあウィード、お前は何故仕事に身が入らないんだ。正直に理由を言ってみろ」

 彼はなかなか答えらえれなかった。分からなかったからではない、悩んでいたからでもない、単に認めるのが恥ずかしかったからだ。3体とも、答えを待っていた。

「答えろ」

「こ、答えないの」

「答えるんだ」

もう、言うしかなかった。

「彼女にもう会えないんじゃないかって不安で仕方がない」

 いつもの自分からは想像できないような弱弱しい声だった。

「そもそも俺はこれほど女性に興味を持った事がないんだ。溌剌として、聡明で、何より楽しそうにお喋りする。これほどもう一度会いたいと思わせてくれる人はいない。けれど、彼女は俺に会いたいと思ってくれているのか。あの日の別れ際、あんなふうに言ってくれたけれども、ただの社交辞令かもしれない。俺は彼女の名前も家も知っている。きっと会おうと思えば会いに行ける。けれども理由もなく会いに行ったら、気味悪がられてしまうんじゃないか。だったらもう会えないも同然じゃないか。だからものすごく不安だ」

 3体とも、黙り込んでしまった。ウィードの内に秘めた感情が予想以上に情けないものだったからだ。しかし彼らはそれを笑ったりはしなかった。

「お前は優しい人間だからな。他人には他人の人生があって、それを邪魔しちゃいけないといつも思っている。そして邪魔をしたら、嫌われるとも思っている。分かるぞお前の辛さ。言い訳でもいいから、なにか、会う理由が見つかるといいな」

 モックは、優しくゆったりとウィードを諭した。

「も、もう寝ようよ。明日は王宮に呼び出されているんでしょ。朝早く出かけるんでしょ」

「そうだ、さっさと寝ろ」

 ウィードは考えるのを止めて、シードとテリーの言う通りにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る