2-4


 ファビュラス将軍は、やっと皆の相手をし終えたところだった。握手やハグをしすぎたせいで、手や体がなんとなくベタベタしている気がした。

「よくあんなに全員の相手をできますね」

 ジャックは感心していた。

「そりゃ、当たり前だろう。ファンを持つ人間としては当然の振る舞いさ」

 当然というその言葉に、もっと感心した。

今度こそ家に帰ろうとした時、先ほど王宮に入っていった女性が城門から出てきて、王都の人混みを抜けていこうとしていた。次に、何人もの兵士が出てきた。「追え」「捕らえろ、あいつだ」彼らはそんな事を言っていた。それを見てファビュラス将軍は突然、両手を掲げた。

「皆さん、先ほどのお時間で握手し損ねた方はいますか。今日はこの町の皆さんと交流できたら僕は大変うれしいです」

 多くの人たちが彼の方を見て、押し寄せてきた。するとその女性と兵士の間に大きな人だかりが作られた。そのせいで、兵士は女性を見失った。そしてファビュラス将軍自身は、押し寄せる人たちに、適当にハイタッチなんてしながら切り抜けた。その先にさっきの女性の姿が見えたので、追いかけた。ジャックはその場に残された。


 その女性は路地裏に入った。建物の間をするすると抜けて行って、広いスペースが現れた。そこにたどり着くと、彼女は座り込んだ。

「この町にこんな場所があったとはね。秘密基地みたいだ」

 ファビュラス将軍は彼女に声をかけた。

「誰?」

「あれ、僕の事を知らないかな」

「あんたなんてしらない」

 彼女は短剣を構えたままだった。ファビュラス将軍は腰に携えていた剣を床に置いて、手のひらを見せた。「少なくとも、敵ではないと思って欲しい」猛獣の機嫌をうかがうような様子だった。彼はここで初めて、彼女の顔を見た。綺麗な目をしている女性だと思った。

「僕はファビュラス。この国で警備軍をやってる」

「国側の人間なのね」

 彼女は短剣を強く握り直し、切先をファビュラスの胸に向けた。彼は剣を床に置いてしまった事を少し悔いていた。

「追いかける兵士に人だかりをぶつけたのは、僕なんだよ」

「アレあなたの仕業だったのね」

 もう数秒だけ切先を向けた後、短剣を下ろした。「分かってくれたみたいだね」ファビュラスは敵ではないと認識してもらえただけで嬉しかった。

「私はルーナ。研究者よ」

「ありがとう、やっと名前を教えてくれた」

「それは、あなたが驚かせるから」

「そっちが僕を驚かせたじゃないか、こんな綺麗な女性に刃物を向けられるなんて初めての体験だよ」

 彼はそう言いながら地面に座った。君も座ったらどうだ、と促そうとしたのだが、その前に自分の羽織っているローブを畳んでルーナに渡した。「下に敷きなよ。服も汚れるだろうし」彼女はそれを受け取って、その通りにした。

「追手はいないの」

「いない。ここに君がいるのを知ってるのは僕だけだ」

「よかった、じゃあ、ほとぼりが冷めたら私は帰るから」

 ルーナは黙った。ファビュラスと会話を続けるつもりはなかったのだ。彼女は、今日あった事について一人で考えたかったので、あなたは帰らないのか、と言いたかった。しかし助けてくれた人を邪険に扱うのも気が引けていた。

「ほとぼりが冷めるまで僕も付き合うよ」

 彼のこの発言は、彼女の気分にモロに反していた。「君は何の研究をしているの?」「なんだっていいでしょ。説明してもどうせ分からないわ」と、話しかけてきても会話を切り上げようとしていた。しかし彼はそう簡単ではなかった。

「教えてくれよ。どうせしばらくここにいるんだ、退屈凌ぎの会話ぐらい楽しもうよ」

 仕方がないので、彼女は鞄から書類の束を取り出した。そして立ち上がってファビュラスに渡した。彼はパラパラと紙をめくっていった。

「あなたに内容が分かるの?」

「いや、必死になって理解しようとしている。僕は君に興味を持っているんだ、これぐらい当然だよ」

 彼女は彼を鼻で笑った。しばらく読み続けて、「なるほど」と呟いた。

「とりあえず国境の生き物は人間をあんまり襲わないというのは分かった」

 彼は彼女の研究内容をなんとなく理解した。「どうやって検証したのか、どうやって調べたのか、方法はさっぱりだったけど」と付け加えた。そして立ち上がって、書類を返した。

「なんでこんな研究を?」

「境界の生き物を無暗に狩らせている人がいてね。その人に、そんなの間違ってると突きつけるためよ」

 ルーナは一人で考え込むのをやめた、いや正確には諦めた。なので、退屈しのぎの会話に付き合おうと思った。ファビュラスは色々な質問をしてきた。研究について、普段はどこに住んでいるのか、研究以外は何をしているのか。ルーナも時々、ファビュラスに質問

した。警備軍がどんな仕事なのか、何故警備軍になったのか、危険な事に巻き込まれた経験はあるか。彼は自分の物語をふんだんに話した。

 あたりは少し暗くなっていた。二人がそれに気が付くと、ファビュラスは提案した。

「ねぇ、君を追っていた兵士たち、今日は夜中まで街中を探し回っているんじゃないかな。もしよかったら僕の家でやり過ごしてもいいんだよ」

 ルーナにとってありがたい提案だった。兵士から匿ってもらえるし、家に帰るのも時間がかかるし、ちょうど腹がすき始めていたし。彼女に断る理由は無かった。

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