2-1
王都の中の王宮の中の王妃の間。国の治安を守る素晴らしい仕事をしているファビュラス将軍は、ここで王妃から賛辞の言葉を受けていた。
「此度も素晴らしい働きであった」
「ありがとうございます」
彼女はファビュラス将軍に敬意を示すため、彼女自身は玉座から降り、彼にはあえて跪かせないようにさせた。彼はこの王妃の間に何度も出入りしていた。門番も守衛も、彼の顔を憶えているほどであった。彼がここに訪れるという事は、彼が何か素晴らしい事を成し遂げた、それを皆も理解していた。
「この国は今飢えに苦しむ者が増え始めている。貧しい者に必要な物が行き届いていない。更には食べ物を手にするために罪を犯すようになってしまった。それが当たり前にならないようにと、其方は尽力してくれている」
「私は私にできる事を成したまでです」
「私もこれを根本から防ぐ法を考えねばならん、しかし其方に引き換え私は何も成していない」
「そんなことはございません」ファビュラス将軍は王妃の話をさえぎらない程度に短く言った。「事実そうなのだ」王妃は玉座に座った。
「富める者はその富の力をもって独占し続け、貧しい者たちからその富の力をもって奪い続けている。手にした富を税として国に納めるのであればここまでは困らないが、それどころか貧しい者たちから奪った物を国外に売り捌いている。今はまだ誰も気が付いていないが、少しずつこの国は苦しくなっている」
王妃は目を伏せて、息が止まったかのように話を止めた。ファビュラス将軍は彼女がなぜそうしたのを察した。「王の事ですか」彼女は短くため息をついて話をつづけた。
「国の内部が問題を抱えているというのに、あの男は他の国に攻め入る事ばかりを考えている。他の国から奪い返すのではなく、流出を止めようと考えないのか。影の国の境界の仕事もそうだ。確かに国境警備に人を回す必要があるのは理解できるが、あれはいくら何でも人数をかけすぎではないか」
「その通りでございます」彼は以前も同じ内容を聞かされていたので、癖が出る時のように反射的に同意した。王妃は自分の話ばかりして、ファビュラス将軍が立ったままになっていると気が付いた。「すまないな、引き留めてしまって」そういわれると、「いえいえ。貴方のご要望を叶えるのが、私の仕事です」彼は振り返って、扉のほうへ向かった。もう一度王妃の方を見た。
「私はいつでも力になりますよ」
「素晴らしい男だ」
ファビュラス将軍は、部屋を出た。「報告だけなのに、随分長かったですね」外で部下のジャックが待っていてくれた。「まあな」「何を話していたんですか」「秘密だ」「教えてくださいよ」「ベラベラ喋ったら、王妃に悪いだろう」ジャックはその内容が気になっていたが、訊ねるのはやめた。廊下を歩き始めた時、別の者が後ろから話しかけてきた。
「ファビュラス将軍、王がお呼びです」
聞こえない振りをして無視しようかとも考えたが、さすがにやめておいた。長い廊下を歩いて、王の居る間に向かった。扉の左右にいる守衛たちを気にも留めず中に入ろうとすると、彼を静止した。
「待て、何者だ」
「警備軍のファビュラスだ。王に呼ばれた」
「確認する」
ジャックは「確認しなくても、分かってるくせに」と小声で悪態をついた。ファビュラス将軍は「やめろ」と注意した。二人を呼び止めた者が守衛たちに目配せすると、扉を開けた。「確認がとれた」二人が王の間に入ろうとすると、ジャックはそれを止められた。
「お前は呼ばれてないだろう」
「なんだと」つっかかりそうになったが、それもまたファビュラス将軍が止めた。「すぐ終わる。待っていろ」彼は入っていった。
王は、玉座に座していた。
「待っていたぞ」
ファビュラス将軍は、跪ついた。「いかがされましたでしょうか」
「少し前に話したあの事は、考えてくれたか」
「あの事とは」
「退屈な警備軍なぞ辞めて、我々侵略軍に入らぬか」
「申し訳ございません、他国に攻め入るのは性に合わないと思いますので」
「お前ほどの男が、惜しいな」
「いえ、買い被りすぎです。それでは失礼します」
「気が変わったらいつでも来い」
「ありがとうございます」
振り返って、扉を開けて、すぐに出て行った。部屋の外で待っていたジャックに声をかけた。「行くぞ」「早かったですね」「まあな」「何の話をしていたんですか」「また引き抜きだ。俺は侵略軍になんて入るつもりはない」ファビュラス将軍の歩みは、速足だった。
「さっさと詰所に帰ろう」
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