1-4
「おい、さっさと起きろ。もう日が昇りきってしまうぞ」
「も、もうちょっと寝かせてあげようよ。昨日だって遅くまで起きていたし明日でもいいんじゃないかな」
「そんなふうに考えてはだめだ。今日も遅くまで起きていたら、明日も同じ事を考えてしまうぞ」
ウィードの頭の奥ではどんどん眠りが浅くなってきているのが分かっていた。水の中から引き上げられているような感覚と共に、ベッドのぬくもりは思い出したかのように再び体に入ってきた。すごく、気持ちがよかった。しかしそれを全身に行き渡らせようと体を少しひねると、布団とほんの少し隙間ができたのでそこに冷気が入り込んだ。人生で何度経験しても決して慣れはしない不愉快な冷気だった。しかしそのおかげで、水中に潜っていた意識がはっきり浮かび上がった。昨日の疲れと眠気を持ち越したまま、再入水ぎりぎりのところで彼は目を覚ました。この後の鍛錬のつらさは分かり切っていたので「特別に今日は中止にしてしまおうか」と毎朝堕落するかしないか自分と戦っていた。今日もなんとか勝利できた。
自主的な訓練ではあるが、通常使用する剣や防具、いつも持ち運ぶ食料等を抱えていつもの場所へ向かう。単独で動いているので境界の近くには寄り過ぎると危険ではあるが、人気がない休日の拠点近くが彼にとって良い訓練場所だった。体を温めるためにそこまで走っていった。到着してからは、ただひたすらに魔物の動きを想像し剣をふるう。単体の上級や数で攻めてくる下等、さまざまな状況を頭の中に浮かべた。基本的に駆除に成功しているが、時折想像の中でも負傷した。体躯の大きい人型の魔物を複数相手した時に腕を切り落とされ、それと引き換えに首を切り落とした。「まだまだ鍛錬が足りないな」一人で呟くと、休みをとる事にした。木陰に腰を下ろし、紙の袋に入れていたパンに干し肉を挟んだものを取り出して、口に運んだ。きちんと一口ずつ食べるつもりだったが、肉が固く前歯では噛み切れなかった。結局それだけはずりずりと間から出てきてしまったので、肉だけ全部を一気に食べてしまった。紙袋の他の中身も食べきると、すぐに立ち上がった。食後からはひたすらに剣を振り、足を動かす。相手の動きに合わせるのではく、自分の動きを極めるためのものだった。一撃で深手を負わせるために、正面を縦に横に斬り続けた。複数の魔物の包囲を切り抜けるために、左右を切り払った。背後からの不意打ちをカウンターするために、体の向きを素早く切り替えて剣を振った。
その時だった。振り返った方向の茂みに、人影のようなものが見えた。その動きは、まるで逃げるようだった。ウィードは思考を巡らせた。この境界に自分以外の人間がいるのはおかしい。王都とは迷い込めるような距離ではない。もし自分と同じように訓練のために来ているのなら、あんなふうに逃げるのも不可解。だとすれば、魔物の可能性もある。上級の場合は体が大きい種族も多いが、人間と同程度の大きさのものもいる。逆に下等で二足歩行はかなり少ないし、中等のほとんどの姿形は人間とはかけ離れている。あれが本当に上級の魔物であった場合、放置するのは非常に危険だ。俺ならば一人で駆除できるはず。ここで俺がとるべき行動は、あの魔物を追いかけ、今ここで対処する事。そう結論づけて、ウィードは人影に気付かれないように追い始めた。
その人影は、生い茂る木々をものともせず風のようにするすると進んでいった。足元は土や葉っぱで不安定だったのだが、それにも走り慣れている様子だった。途中、何度も見失いそうになったので距離を縮めるために速度を上げると、僅かばかり足音が大きくなってしまった。それを察知した人影にはこちらの追跡に気付かれてしまい、そして走る速度を上げた。逃がすまいとしばらく追いかけたが、ウィードの足は疲れがたまってきて、重くなってきた。走りやすくするために目の前の木を切ったりもしていた。流石に息が切れてきて、走りながら深く呼吸するためにほんの一瞬下を向いた。人影から目線を切ったのだ。もう一度前を見た時には、人影が消えていた。木の陰に隠れている訳ではないし、見えなくなるまで引き離されたとも思えない。しかし、完全に見失った。突然姿を消したのだ。業務時間外であったのでここで引き返す事も出来たのだが、手を付けた仕事はどうしてもやり遂げたかった。なので彼は、せめて諦めをつけるために、消えた場所を入念に探し回った。木や地面に隠れられる穴が掘られていないか、茂みの中に身を潜めていないか、或いは一瞬で木の上まで登ったか。色々な可能性を探ったが何も見つからなかった。上級の魔物を取り逃がしてしまったかもしれないと思い、自分の未熟さを恨んだ。
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