第10話 再会

 目の前の銀髪の少女はラプタ・コンセプシオンと名乗った。スペイン語のようだが、意味が酷い。


「ラプタ?空の城か?あれはいいアニメだな」


「ですよね。何度も見れちゃう面白さ」


 二人はどうやらラプタの意味がわかっていないようだ。とりあえず二人はスルーしよう。


「コンセプシオン。お前はいったい何者だ?粒子加速器から出てきたみたいだが」


「わたくしは万有子から構成された存在です。世界再誕の儀を主宰するためにこの世界の次元に合わせて再構築されたのです」


「わかった。何を言っているのかわからないことだけがわかった。世界再誕ってなんだ?何をするつもりだ?」


「世界を再誕させます。具体的な方法は……。すみません。再構成が不十分のため情報が不足しております。ですが行くべき場所は理解しております。ウブシュウキンナ。そこへわたくしが行くことで世界が再誕されることになります」


 何の情報にもならない。だがこの研究所であれだけの実験を繰り返して生み出された存在だ。絶対にキーパーソンなのは間違いない。


「とりあえずここを出よう。先輩。市村。この子に服着させて。あとこいつのことはラプタと呼ぶなコンセプシオンとよべ」


「ええ。わかりましたけど、ラプタちゃんって名前、可愛くないですか?」


「あとで意味を辞書で調べておけ」


 俺は英語の他にスペイン語も出来る。こいつに名付けた奴はロクな考えを持ってないに決まっている。とりあえず予備の服を着させて俺たちは部屋を出る。


「あいつらがまだサーバールームにいるといいんだが…」









 ぎゃーてーぎゃーてーあーめんあーめんなむなむなむなむ








 背筋がぶるっと震えた。俺だけではなく先輩も市村も同じように感じたらしい。遠くからペタペタと足音が響いてくる。俺と先輩はすぐにMP5を構える。そして曲がり角の向こう側を覗き込んだ。


「ゾンビが一匹」


「ああ。一匹だな。だがなんだこの冷汗は。底冷えするプレッシャー一体なんだ?」


 いやな予感がした。俺たちはそのゾンビと遭遇しないように回り道をすることを選んだ。サーバールームの近くを通ることになるが、それでもかまわないと思った。俺たちは出来るだけ静かに駆ける。後ろから迫ってくる冷たい感覚に掴まらないように必死に。だが悪いことは重なる。


「ん?なんだおまえたちは!止まれ!すぐに武器を下ろして投降しろ!」


 侵入者たちと曲がり角で鉢合わせた。相手は三人。どうやら隊を割ったらしい。


「ち!うるさい!お前の相手なんてしてられない!」


 俺はすぐに侵入者たちに向かってスタングレネードとスモークを同時に投げる。そしてみんなでその横を走り抜ける。


「ち!撃て撃て!」


 相手が撃ってきたが、俺たちはすぐに曲がり角に逃げ込む。そしてこちら側も俺と先輩がMP5を撃って応戦する。


「ち!銃撃戦だ!至急応援を頼む!」


 相手方は増援を呼び出した。すぐに二人の兵士がサーバールーム側から到着して弾幕がさらに厚くなる。


「くそ5.56mmあいてじゃ9mmは分が悪すぎる!」


 こっちの弾は相手のボディアーマーを貫けない。逆は可能だ。今俺たちがいる曲がり角は研究コーナーであり進んでも行き止まりでしかない。脱出するにはエレベーターホールか階段に出るしかない。どうすればいいどうすれば。制圧されるのは時間の問題だ。手榴弾を投げ込まれたらもうそれで終わりだ。手の打ちようがない。どうすればいいんだ。







なむなむじーざすあーめんぎゃーてーぎゃーてー






 底冷えするプレッシャーが近づいてきた。それは侵入者の部隊へと近づいていく。


「なんだゾンビか?」


「ち!じゃまだな!鉛玉をくらえ!」


 侵入者はそのゾンビを撃った。だがゾンビの頭の前で淡い赤い光が散った。ゾンビは無事だった。


「はぁ?なんだ?!外したのか?!馬鹿な!」


「だったらフルオートでうちゃいいんだよ!」


 侵入者たちはゾンビに向かってフルオートで弾をばら撒く。だがそのいずれの弾もゾンビに当たる前に淡い赤い光のせいで当たらなかった。


「魔術シールドだ!!」


 御手洗先輩が酷く驚いている。


「あり得ない!あれは魔術のシールドだ!ゾンビも魔術を使えるというのか!?」


 ゾンビはフラフラとした足取りで侵入者たちに近づく。そして立ち止まったと同時に足元に魔方陣が現れた。それは床の上を移動していって侵入者の一人の足元で止まる。そしてそれは爆発的な火柱を吹き上げたのだ。


「ぎゃあああああああああヴぁおおおおおおおおおおおおおお!!」


 火に飲み込まれた侵入者は一瞬で真っ黒こげの墨になってしまった。それは地面に倒れて割れて粉々になる。


「あちらこちらにあった炭の正体はあれだったのか!」


 そしてゾンビはそのまま再び魔方陣を生み出す。それは侵入者すべてを飲み込むほどのサイズとなり、大きな火柱を上げる。劫火に焼かれながら侵入者たちは一瞬で燃え尽きて墨となり粉々になってしまった。






ぎゃーてーぎゃーてーあーめんあーめんあーめんあーめん。






 ゾンビはフラフラとした足取りで俺たちの方へと向かってくる。俺たちは一目散に逃げだした。そして階段の踊り場に逃げ込み防火シャッターを閉じてそこで息を整える。


「先輩あれは何の魔術だ?!てか魔術ってあんなに威力あるのかよ」


「限定条件付きの特化型の火属性魔術だろう。シールドもおそらくは火属性の熱の応用だ。銃弾が届く前に溶かしているんだ」


「出鱈目すぎる」


「だが気づいたか?床は一切燃えていなかった。対象を人間とその装備だけに縛って威力を底上げしているんだ。だからこそあの威力を出しているんだ。じゃなきゃこの研究所自体がすでに燃え落ちている」


 ご高説はけっこうだが、どちらにしろ出鱈目が過ぎる。


「あれ?じゃあこの防火シャッターってもしかして防御として有効ってことですか?」


「ああそういうことになるな。魔術は普段の思い込みや精神状態に左右される。ゾンビになってロクに思考判断できない状態ではおそらくここのシャッターは焼けないよ」


「そりゃいいこと聞いた。だけどいつまでも安全とは言い切れないと思う」


 能力が成長しないなんて言いきれない。このシャッターごと俺たちを焼いてこないとも限らない。


「なあ先輩。対抗策はあるか?」


「…魔術だけなら何とか出来る。ただしあの出力相手だと大量の水が必要だ。その用意がない」


「御手洗先輩!水ならありますよ!」


 市村は近くにあった緊急用の消火栓の蓋を開ける。


「ナイスだ!市村!さっきパンツ見たのは不問にしてやる!」


 先輩はホースを引っ張り出して、元栓を開ける。そして何か呪文を唱えてホースに魔力を通し始めた。


「魔術はこれで何とかなる。だがゾンビ本体には魔術でのダメージは与えられない」


「わかってます。そこは俺がやる。先輩作戦を教えてください」


 先輩は俺の耳元に作戦を囁く。俺はそのあまりにも出鱈目な内容にため息をつく。


「異能の戦いって出鱈目だなぁ」


「そういうものだ。だがお前だけが頼りだ」


「まあ任せてください」


 そして俺たちは作戦を開始する。











 俺は防火シャッターを少し開けてその隙間から外に出る。ゾンビは遠くにいてまだ俺の存在に気づいていないようだった。


「おーい!放火ゾンビ!こっち来やがれ!!」


 俺はゾンビに向かって大声で叫ぶ。そして走り出す。ゾンビはフラフラしながらも小走りで俺のことを追いかけ始めた。ここのフロワーはサーバールームを中心に環状の通路になっている。俺はその通路をゾンビを引きつけながら走る。途中魔方陣が床を這って俺を追いかけてきたけど、前転したりバク転したりして火柱を躱した。牽制の射撃をしてゾンビの意識を十分に引きつける。そして死の追いかけっこはスタート地点に戻ってきた。そこにはホースの先を持った先輩がいた。俺は先輩の姿を確認すると彼女に向かってヘッドスライディングして先輩のスカートの下をくぐった。


「良く持ちこたえてくれた!くらえ!御手洗流水龍十字斬!」


 先輩はホースから水を吐き出させてそれを巨大な剣の形にした。それを超高速でゾンビに向かって十字に振るう。あたりの壁と床が魔術で強化された水流で綺麗に真っ二つになる。そしてゾンビのシールドを見事に切り裂いたのだ。


「火属性ならば水属性を当てればいい。アアリストテレス以来の伝統だ。いまだ五百旗頭!」


「おうよ!」


 俺は先輩の後ろからゾンビに向かってダッシュする。その時MP5をフルオートで撃ちまくった。その銃弾のすべてがゾンビにヒットした。弾が切れたらすぐにホルスターからグロックを抜いてゾンビの頭に鉛玉をぶち込んでいく。


「おらおらおらおらおら」


 だがいくら叩き込んでもまだ足元に魔方陣が現れる兆候があった。俺はゾンビの前でジャンプしてその頭の上を側宙で越えてから後ろに着地して、首を思い切り鉈で切り落とした。


『ぎゃーてーぎゃーてーなむなむあーめん…』


 ゾンビはその場で倒れた。そしてそのまま頭も体も燃え始める。


「これで倒したってことだよね?」


「ああ。燃えたのは待機させていた魔術が行き先を失って暴発したのだろう」


「しかし魔術は恐ろしいな。敵に回したくない」


 だが今後もこういうゾンビは出てくるような気がする。


「なあ五百旗頭。このゾンビはもしかすると」


「多分実験体にされていた人だろうね。可哀そうに」


「ああ。せめて魂だけは安らかであることを祈るよ」


 先輩は両手を合わせて念仏を唱えている。それが効くかはわからないが、せめてもの慰みになると良いと思った。


「ユイト先輩!サーバールームにここから入れますよ!」


 市村が壁に空いた大きな穴を指さしている。てかさっき先輩が水の剣でぶった切ったところだ。さっき死んだ侵入者は五人。向こうはもう一人しか残っていないはずだ。ならば向こうのデータも奪えるか?


「先輩!すぐに突入する!」


「ああ!」


 俺と先輩はMP5を構えて内部に突入する。そこには車と同じくらい大きいサーバーが何台も置いてあった。その隙間を縫うように俺と先輩は警戒しながら先を進む。そして真ん中の広場に出た。そこにはコンソールがおいてあり、その目の前にポンチョとカウボーイハットを着た女が俺たちに背中を向けながら立っていた。ジュラルミンケースに入っている記憶端末にケーブル越しにデータを転送しているようだった。


「動くな!両手を上げて跪け」


 俺は女に声をかける。だが女は無視をして作業を続けている。


「聞こえないのか!いいから跪け!」


 俺は繰り返し警告したがしたがう気配がなかった。仕方がないから俺はグロックを抜いて女の入れ墨だらけの足に狙いを定めて撃った。だが銃弾は女の足の手前で停止していた。そしてしばらくするとポロリと床に銃弾が落ちた。


「魔力は感じなかった?!まさか超能力者か?!」


「応える義務はないわね」


 女は振り向きもせずに俺たちの方へと手を向ける。すると俺たちの身体は突然吹っ飛ばされてサーバーに体を強く打ち付けてしまった。女はそんな俺らのことを意にも介さずにケーブルを抜いてジュラルミンケースを閉じる。そして部屋を出ていった。


「くそ!先輩大丈夫か?!」


「ああ。なんとかな。すぐに追いかけよう」


 俺たちは入れ墨の女を追いかける。女は悠々とエレベーターに乗ってしまい最上階に向かっていった。


「市村たちを回収して最上階に向かおう。おそらく上のヘリポートから脱出するつもりだ!」


 俺たちは市村たちと合流して階段を必死に上る。そして頂上についてヘリポートに出る。今まさにヘリが地上に降りてくる瞬間だった。


「先輩!銃を魔術で強化!」


「了解!」


 俺のMP5が光って強化が施される。単発モードで俺は女の足を狙う。だが撃てなかった。女がこちらを振り向いたからだった。


「…ホセーファ…?」


「ええ。ひさしぶりねユイト」


 女の顔には見覚えがあった。俺が昔まだ闇の中にいたころに唯一光をくれた女の子。


「なんで。なんで。どうしてここに…?」


「それをあなたに言う必要はないわね。だってもうあなたはあたしの敵でしょう?忘れたの?」


 彼女はトーラスのライジングブルを俺に向けてくる。その視線は鋭い。かつてあったあたたかなやさしさは一切なかった。


「この騒動だからあなたが死んだかもしれないって思って悲しかった。だけど嬉しいわ。生きててくれて。おかげであたしの手で殺すチャンスがやってきたんだもの」


 そう言って彼女は引き金を引いた。俺はその銃弾を最小限の動きだけで避ける。


「相変わらず出鱈目な動きね。異能の力もなしでその能力。最強の超能力者ハンターと言われただけはあるわね」


 ヘリが爆音を立てながら降りてくる。そしてホセーファはヘリに乗り込む。


「次に会ったときはあんたが殺してあげる。それまではこのアポカリプスの中で死ぬんじゃないわよ」


 そしてヘリは飛び去って行った。俺はただそれをぼーっと見ていることしかできなかった。







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