第8話 暴かれる罪
トンネルの先に大きな隔壁があった。その端っこにある非常用の扉が開いていて、先に入って行ったと思われる連中の足跡が残されていた。
「電源は生きてるみたいだな。市村。見解を聞きたいんだけど、これって民間の施設だと思うか?」
「絶対に違います。市役所の地図と食い違いがある時点で、これは国家機関の関わる、それも暗部と言えるレベルの組織の関わっている場所のはずです」
「きな臭いな。アポカリプスってる世界でわざわざ貴重な銃火器を使用してまで侵入をしようとしている連中がいるってことはよほど重要な何かがあるってことだな」
さて何がでてくるやら。俺と先輩はMP5A4を構えてドアの両脇に立つ。先輩がドアを開けて、俺が中に突入する。ドアの傍には警官らしき制服を着たゾンビが二人頭を撃たれて斃れていた。
「警備員じゃなくて警官が守ってたってことはいよいよ政府の機関ってことになるね」
「だがここに何があるというんだ?五百旗頭。私の家はこの街に古から住んでいるがこんな場所はきいたことがまったくないんだ」
地元の有力者も知らないというのがなかなか闇を感じさせる。
「ここが科学研究行政特区に指定されたのも関係あるのかもしれません。私もこの街の科学コミュニティとは関係がありましたけど、ここは聞いたことがありません」
天才科学者と言われる市村も知らない。ますます闇は深まる。山の中をくりぬいて作った施設。おそらくは研究機関か何かだろうが、いったい何を研究していたのやら。俺たちは先に進む。トンネルの終わるところにコンクリートの壁があった。エントランスらしき門は爆破されていてあたりにガラスが散らばっている。
「入口のようだね。じゃあ突入するよ。先輩カバーをお願いします。市村は俺の傍を離れないようにね」
「「了解!」」
俺たちは謎の施設に突入した。
内部は大学の研究棟の様に整然としていた。だけど壁には血が散っていたり、ゾンビが倒れていたりとしている。倒れているゾンビの胸元にはIDカードがつけられていた。
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国立素粒子空間応用工学研究機構
素粒子計数加工学部 教授
長谷部 昭雄
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ここはやはり何かの研究所らしい。だけど何を研究しているのかぴんとこなかった。IDカードは回収して、市村に見せる。
「ここは何をしているんだろうね?」
「名前からする物理学の素粒子理論部門のようですが…あれはまだ純理論だけで応用するなんて領域はまだまだのはずなんですが」
市村は首を傾げている。
「それに秘密に研究することの意味がわかりません。科学はつねにオープンです。論文はいまや全世界にプレプリントで即時にネットで配信されるような時代なんです。悪の秘密結社が改造人間でも作るならわかりますけどねぇ」
謎が深まった。ここで秘密の生物兵器を開発していた。それを奪いに来た。とかなら映画やゲームのよくある筋書きになりそうだが、市村の反応を見る限りそれはないようだ。
「とりあえず先に進もう。IDカードがあれば扉を開けるはずだ」
俺たちは先を進むことにする。案内表示板を見ながら、侵入者が向かったであろう方向を検討する。
「何処に向かったと思う」
いろいろな研究セクターの表示がされているのだが、俺には判断できない。先輩もわからない。だが市村が表示を見て目を見開いていた。
「…うそでしょ?!」
「なにかあったの?」
「粒子加速器があります!そんな?!ありえない!」
「粒子加速器?」
「ありえないですよ!あれは秘密施設が持てるような実験設備じゃありません!この研究所明らかにおかしいです!」
市村が驚くということは相当おかしなことをやっているようだ。
「先輩!とりあえずこのIDカードの研究者の研究室に行きたいです!何をやってるのか突き止めないと!」
「わかった。じゃあそうしよう」
俺たちは素粒子計数加工部の研究エリアに向かった。
IDカードの持ち主の研究室はすぐに見つかった。そこには俺にはよくわからない実験設備がいっぱいある部屋だった。
「おぉおおお!」「ああぁあ!」
ゾンビが二体いた。白衣を着ているのでおそらくはここの研究者だろう。きっといい大学に行って立派な学位とキャリアを積んだのにその末路がゾンビなのも哀れだ。
「先輩。銃は侵入者の連中にバレるので」
「わかった。日本刀のキレを見せてやろう」
先輩さっきから話に置いていかれて機嫌悪かったからかすごくウキウキ笑顔で刀を抜いた。そしてゾンビたちに一瞬で距離を詰めて、その首を鮮やかに切り落とした。
「ふっ!他愛ない」
刀についた血糊を振って落して、近くのペーパータオルで拭いてから刀を納める。ドヤァって顔がなんか可愛い。
「流石っすね。これからも頼りにしてます」
「ふ!任せておけ」
「あーこうやって男に転がされて貢いじゃうんだなぁ。こわこわ」
市村は先輩のことを生暖かい目で見ていた。そしてデスクに置かれていたデスクトップPCを市村が弄りだす。
「ここのネットワークはインターネットと繋がってないですね。今どきこんなことするなんて、よほどクローズな研究してるんですね。あ、レポートがあった」
レポート
記述者 長谷部 昭雄 博士
グラビトンの制御は順調だ。これならばプロジェクトの遅れを取り戻せるだろう。問題は新発見素粒子とナノマシンの親和性があまりにも高すぎることだ。上からは問題の解決を迫られているが、そもそも魔術だと超能力だの気功だのと言ったオカルトなどが実在しているなど知らなかったのだ。それらを扱うには新たなる物理の公理系が必要となるだろう。今は実験的には扱えているが、理論面では不十分すぎるのだ。再三現段階では魔術や超能力をナノマシンで制御することは難しいと上には報告したがそれでもせっついてくるのが現状だ。
これ以上の制御技術の開発を行うには被験者たちに多大な負担を強いることになるだろう。上は本当にそれがわかっているのだろうか?国防上の観点から彼らが研究を急いでいることは承知しているが、科学者としての倫理とそれがぶつかったとき私は一体どうすればいいのだろうか?上には理性的な判断を望む。
レポート2
記述者 長谷部 昭雄 博士
上が強硬な姿勢を崩さない。我々としては成果は十分に上げているつもりだ。ここでの研究は外に出せばそれだけでノーベル賞が何度も取れるようなものばかりなのだ。なのに彼らは狂ったように成果成果と繰り返してくる。所長も頭を悩ませているらしい。被験者たちにも我々の不安が伝わっているのか、最近は実験中に怖がるものも出てきた。我々は誇りある仕事をしているはずだ。なのにどうしてこうなるのだ。我々科学者は真理の探究者だが、同時に文明を先へと進める先駆者でもある。かつて多くの科学者たちが過ちを繰り返してきた。我々もまたその轍を踏むのであろうか?そうあってはならない。われわれは人だ。獣ではないのだから。
レポート3
記述者 長谷部 昭雄 博士
上はとうとう決断してしまった。ここの職を辞する覚悟で有志たちと抗議に東京まで言ったが、官僚と政治家たちは取り合ってくれなかった。そして同時に我々も察してしまったのだ。彼らは彼らで悲壮な決断をしているということに。上から聞かされた状況は我々の予想を上回るほど悲惨だった。かつて原爆の父と言われたオッペンハイマーは「科学者は罪を知った」と言ったそうだ。そして「我は死神なり。世界の破壊者なり」とも言葉を遺した。我々もまたこれから罪を知ることになる。許されることはないだろう。これから我々は多くの罪を背負う。その先に確かに人類を救いうる希望があっても我々は罪を知るのだ。だれか私たちを罰して欲しい。我々は人類を救うという大義名分を得て、これから罪深き実験を繰り広げることになる。だがそこに科学者としての好奇心が疼くのを感じるのだ。誰かお願いだ。我々を止めてくれ。私を罰してくれないか。
レポートの内容は抽象的だが、恐ろし気なものを感じさせた。ここでは何かが行われている。それは罪に値する何かだ。
「いくつか気になることがあります」
市村が腕を組みながら目を細めて言う。
「グラビトンはまだ未発見なんです。なのにここでは発見されているようです。ここでは外よりも数段先を行く研究を行っているようです。ですがその一切を公表できない事情がある。それが何かはわかりませんが。そして第二に、ナノマシンと異能の力の存在の認知です。わたしも御手洗先輩の魔術を見るまでそんなの信じていませんでした。でもこの世界には異能の力が存在しています。ここではそれを科学の範疇で扱うための研究が行われている。ねぇユイト先輩。被験者って誰なんでしょうね?」
「…それは口に出さなくてもいいよ。もうわかってる」
被験者はおそらく魔術師や超能力者だろう。そしてレポートの内容を見ればわかる。ここでは異能者たちへの人体実験を行っていた。それもおそらくは目を伏せたくなるレベルのことを。あまりにもおぞましい真実に俺たちは途方にくれたのだった。
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