第6話 生徒脱出作戦

 銃を警察署から奪いまずやったことは先輩と市村への訓練である。


「思ってたよりも重たいな」


 MP5を構えながら先輩はゾンビに狙いをつける。先輩は筋が良かった。MP5の単発モードで一体一体頭にぶち込んでゾンビを処理したあと腰のホルスターからグロックを抜いてさらにゾンビの頭にクリーンヒットさせていく。


「重たすぎですよこれ?!」


 市村にはMP5でもきついらしい。支えられなくて狙いが上手く定まらず外れる外れる。グロックを持たせてもまあ当たらない。結論。戦力外通告。一応装備はさせておくけどしばらくは無理だろう。


「まあこれで準備は整いましたね」


 市内から観光バスを二台パクってきて校舎に入れた。あとは輸送だけだ。決行は午前中とすることにした。夜の運転は生徒から選んだ運転手には厳しいだろう。俺と先輩はそれぞれ先頭車両、後方車両の屋根の上に乗って銃でゾンビを追っ払う係となる。農業施設へのルート上の障害物はすでに撤去しておいた。


「ユイト先輩、御手洗先輩!円陣組みましょう!」


 言われた通りに三人で肩を組んで円を描く。


「必ず生きて帰る」


「「「ふぁいおー!!」」」


 そしてそれぞれハイタッチして俺たちはバスに乗り込んだ。






 バスが校舎から出てルートに入る。残り20キロメートル。まだゾンビは現れていない。一応事前に周辺のゾンビは狩っておいたのが功を奏しているようだ。


「市村。ドローンでの偵察は?」


『まだ周辺には影はありません』


 警察からパチってきた無線機で通信する。上空を飛ぶドローンのカメラはまだゾンビの姿を捉えていないようだ。


「このままうまくいけばいいのだがな」


 MP5A4を構えた先輩が厳しい表情でそう呟く。楽観的にはどうしてもなれない。いつかゾンビ共が群がってくるのは間違いないのだ。のこり15kmのところでその危惧は現実化した。


『捉えました!進行方向2時と10時の方向にゾンビの群れを確認!会敵までやく1分!』


 やっとお出ましのようだ。俺は2時の方向、先輩は10時の方向にそれぞれ銃を向ける。そしてゾンビたちがバスに向かって走ってきた。


「きゃぁああああ!」「いやぁああああ!」「ひぃいいいい!」


 バスの中の生徒たちの悲鳴が響き渡る。うるせい。黙っていろと怒鳴り散らしたくなる。だけど仕事がある。俺は黙って迫ってくるゾンビの頭に照準をつけて引き金を引く。


「うぉおぼお!」「があぉあ!」


 それで死んだゾンビは後続のゾンビを巻き込んで倒れた。やっぱり足止めなら銃器はとても有効だった。そのまま群れの先頭を走るゾンビたちをつぎつぎ射殺していき後ろの連中をこけさせる。こっちの群れの足止めは何とかなったので、先輩が討っている方向に銃口を向ける。先輩はまだ足止めが完了していなかった。


「がああ!」「おおぉお!」「あああああぁあ!」


「ちぃ!数が多い!」


 どうやら先輩の担当分の方が数が多かったようだ。バスに肉薄しつつあるものがいた。


「先輩はバスに取りついた連中をお願いします!俺は足止めをやりますから!」


「わかった!」


 先輩は言われた通りにバスに取りついた奴を次々と射殺して剥がしていった。俺はその間に迫ってくるゾンビ共を足止めする援護射撃を担当する。そしてバスは高架の高速道路に登った。ゾンビ共を振り払うことに成功した。ここからはゾンビがいないことを確認している。


「ふぅ。何とか撒けましたね」


「いやお前がいなければどうにもならなかったよ」


 俺と先輩はバスの屋根の上で座り込む。ペットボトルの水をリュックから取り出して飲み干した。


「暫くは高速道路でゾンビはいないから大丈夫なはずです」


「そうだな。まあ高速道路を歩くゾンビなんているはずが…え?」


 先輩が驚きで眉を歪めている。俺はその視線の先に顔を向けた。それは馬に乗った鎧の騎士だった。中世ヨーロッパみたいなゴテゴテのやつ。左手には盾、右手にはランスを持っている。


「なんだよあれ?!」


 意味不明過ぎて思わず怒鳴ってしまった。


「よくみろ!中身はゾンビだ!馬もどうやらゾンビ化しているみたいだ!」


 ゾンビ騎士はすぐにバスと並行に走りだす。馬の出せるスピードじゃない。


「なめんな中世!9mmパラベラムをくらえこら!」


 俺はMP5A4をフルオートモードにして引き金を引く。鎧は確かに脅威だが、銃弾の前じゃ大した障害にはならない。はずだった。


「ごぉおぉぉおおおおおお!!」


 ゾンビの鎧はなんと9mm弾をすべて弾いたのだ。


「はあ?!なんだよあれ?!」


 あんなのが通用するなら現代の兵士だって鎧を着ているはずなのだ。


「魔術による強化だ!」


「え?まじですか?」


「間違いない。あの鎧と盾から魔力の流れを感じる!」


 なんかとんでもないバグキャラが出てきた。冗談じゃない。ゾンビ騎士はバスに肉薄してくる。そしてランスで側面を突き始める。


「ぎゃあああああああ!!」


 生徒の一人が刺されたようで大きな悲鳴が聞こえる。ランスの先からは大量の血が滴っている。


「ざけんなくそ!先輩!魔術で強化された鎧はどうやったら突破できる!?」


「同じく魔術で強化したものを当てればいい!」


「なら銃弾を魔力で強化できるか?!」


「出来るが効果は薄いぞ!現代兵器へのエンチャントは魔術と凄まじく相性が悪いんだ!」


「それでもいい!俺のMP5を強化してくれ!」


「わかった!!」


 先輩が何か呪文を唱えると俺のMP5が一瞬光った。これで魔術による強化が出来たのだろう。俺はバスの上を走ってゾンビ騎士の方へ向かう。そして騎士に向かってジャンプした。


「五百旗頭?!」


「おらぁ!!」


 俺はMP5をフルオートで騎士を撃ちながら、馬の首に着地する。


「がああああ!ぁあああ!!!!」


 騎士はランスを俺に向かって振り回してくる。それをジャンプして躱してゾンビ騎士の肩の上に着地する。そのまま兜に向かってフルオートでMP5を撃ちまくる。そしてワイヤーをバスの屋上に投げてランプに引っかけてそれを手繰り寄せてバスの屋上に戻ってきた。


「なんて無茶を!!」


「でも見てよ!鎧はボロボロにしてやった!先輩!止めを!」


 鎧はエンチャントした銃でないと破壊できないが、中身は普通の銃でないと倒せない。


「わかった!生徒の仇!」


 先輩は無強化のMP5をフルオートでマガジンが空になるまで打ち尽くした。ゾンビは馬の上で斃れてそのまま道路に落ちてしまう。馬もまた少しの間走っていたが、途中で力尽きて倒れた。


「よっし!」


 俺はガッツポーズを取る。残りはもう3kmもない。そしてバスは特にゾンビに会敵することなく、農業研修施設に入ったのであった。







 農業施設について生徒たちは最初は喜んでいた。だけどゾンビにランスで刺された男子生徒が死んだことを知ってだんだんと動揺し始めた。


「お前のせいだ!」


 誰かが俺に向かって石を投げた。それは頭にぶつかって少し額から血が流れる。


「お前みたいなやつが調子に乗るから死人が出たんだ!どうしてくれるんだよ!」


 そうだそうだという声が上がり始める。みんなが俺を責めていた。


「何を言っているんだお前らは!五百旗頭がいなかったら安全なところまで逃げることは出来なかったんだぞ!前まで食べていた食料だって五百旗頭が提供したものだったんだぞ!」


 先輩が俺の前に立って庇ってくれた。だけど集団のボルテージは上がっていく。


「あのままあそこでもよかったじゃないか!」「そうだ!じゃなきゃ死んでなかった!」「返してよ!彼の命を返して!」


 俺はため息をつく。いつだってこうだ。成功よりも失敗に人はクローズする。そしてその責任を誰かに押しつけたくて必死なのだ。


「腐ってる。だからいやだったのに」


 市村は集団をひどく侮蔑的な目で見ている。


「追放だ!お前なんて出ていけ!」


 そして俺への罵声が続く。彼らの中で俺の追放は決定したらしい。俺は肩を竦める。そして市村の手を取って二人で農業施設を後にする。


「待ってくれ!五百旗頭!」


 先輩がリュックを背負って俺を追いかけてきた。


「先輩は責められてないんだし残ってもいいんですよ」


「馬鹿言うな!あんな奴らだとは思わなかった。義理は果たした。もうあそこにはいたくない。契約通りお前に。いや自分の意思でお前についていきたい」


「そうですか。まあ好きにしてください」


 俺は少しだけ嬉しかった。先輩はあいつらよりも俺を選んでくれたことを。


「これからどうします?」


 市村が俺に問いかける。先輩も俺の様子を伺っている。


「悲劇の黒幕に会いに行こう。俺は知りたいよ。世界を壊したかったわけってやつがね」


 退屈な日々だった。でもそれなりに満ち足りていた日々。誰しもにとって世界とはそんなものだろう。なのにわざわざ壊したがる奴がいる。その動機を知ってみたい。そんな好奇心が俺にはあった。それにもう後戻りはできない。かつての日々と同じく闘争の世界に身を置いてしまった。もう俺の世界も壊れてしまったんだ。この落とし前は必ずつけさせてやる。だから俺たちは旅に出る。





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