第4話 保護

 くっちゃい御手洗先輩をお風呂に入れている間に制服を洗濯しておく。パンツとブラは大学帰りに駅前のショッピングモールから大量に奪ってきたものを置いておく。サイズわからないしね。


「ユイト先輩。頼み事って絶対に…」


「言わんでもわかるよ。すさまじくめんどくさいはずだ。なにせ生徒の安全保障だ。生活基盤も作ってやるみたいな難易度のバカ高いやつ」


「わたしたちにメリットなくないですか?」


「ないよ。君も俺も学校にはあまり馴染めてない。義理も人情も持ち合わせるだけの素敵な思い出なんてない」


 だけど御手洗先輩は違う。俺と市村になにかと気配りをしてくれていた。その人の頼みを断れるほど、冷たい人間ではないつもりだ。


「すまない。風呂なんて貸してもらえて本当に助かったよ」


 御手洗先輩が風呂から出てきた。俺たちは地下室に戻る。


「先輩。単刀直入にいいます。生徒の保護をやる義理が俺たちにはないんです。自分たちの安全保障で手一杯なんです」


「ああ。もちろんわかっている。それでも。それでも私にはもう君にしか縋れる人がいないんだ」


 先輩は再び土下座し始める。


「先輩。あなたに全部押しつけてる連中のためにあなたが頭を下げる理由ってあります?」


「ある。私はこの土地を治めていた大名の子孫だ。この地の人々を保護する義務があるんだ」


「お家の名誉ですか。そんなのこのアポカリプスワールドで何の意味があるんです?」


「私が私でいるために必要なことだ。私は祖先から受け継いだものの恩恵を受けて育ったんだ。その御恩に報いねばならない」


 世界観が違うな。孤児の俺や機能不全家庭で育った市村には理解できない感情だ。


「でもそれで俺たちを危険にさらすことになるってわかってますよね?」


「…ああ…。わかっている。わかっているんだ。私一人では彼ら彼女らを守り切れない。結局誰かの力がなければ私には何もできないんだ」


 御手洗先輩も悔しそうに顔を歪めている。俺たちを巻き込むことへの罪悪感を恐れている。根は善人なんだ。俺は腕を組んで悩む。だけどどれだけ考えてもメリットが出てこない。そんな時だ。


「御手洗先輩。なんでもするっていいましたよね?」


 市村が冷たい顔で御手洗先輩に尋ねた。なにか考えているように見える。


「ああ。私にできることならなんだってする。ゾンビのおとりになって死ぬことになってもかまわない!」


「なるほど。ならば条件を提示します。ユイト先輩の奴隷になってください」


「な、なに?!奴隷?」


 とんでもないことを言いだしたぞ。正直に言って奴隷という言葉には抵抗感がある。俺は新大陸側での生活が長かった。あの地における奴隷制度の爪痕の深さは社会の分断の原因の一つとして今も残っているのだ。


「生徒たちを私たちが安全な場所まで運び、生活基盤を整えて自立したコミュニティに仕立てます。その代わり先輩は今後ユイト先輩のために命を捧げる奴隷です。それが条件です」


「おいおいちょっと待て。話を勝手に決めるな」


 おれも流石に口を挟んだ。


「ユイト先輩。このままここに引きこもるのは私たちにとってもジリ貧です。それにこの世界を壊した奴がいるんです。そいつが生き残った人々へ今後何かをしてこないと言い切れますか?」


「それはそうだな。何かを世界規模でやろうとしているのは間違いない」


「だから私は黒幕を探し出して陰謀を止めたいんです。私たちが生き延びるために。御手洗先輩は戦力になります。ここでリスクを犯しても手に入れる価値のある人材です」


 市村の言っている事には筋があった。ゾンビが世界を闊歩してます。だけで事態は終わりだとは思えない。だとすれば俺たちはこのままどこか安全な場所を手に入れても無駄になる可能性が高い。


「俺たちは生き延びるために世界を救わなきゃいけないってことなのか」


 口にするのは簡単だけど、想像を絶する困難が待っているはずだ。ならば仲間は多い方が良いに決まってる。


「わかった。市村。お前の考えを支持する。御手洗先輩」


 俺が先輩に話しかけると、どこか上気したような顔で先輩が俺を見上げる。


「生徒たちが安全に暮らせるように俺たちが手配する。だけどそれが成ったあかつきには先輩は俺のものだから」


 先輩は顔を真っ赤にしている。そしてこくりと頷いた。


「雌顔してるなぁ」


 市村はそう呟いた。こうしておれたちによる生徒救出作戦が始まったのである。







 まずは学校に食料を運ぶことから始めた。パチッたトラックでショッピングセンターから缶詰やペットボトル飲料を大量に奪ってきて学校に運んだ。この時、俺と市村は生徒たちの前に姿を現さないようにした。


「お前の成果を奪うような真似はしたくないのだが」


 生徒たちの前に顔を晒さないことに御手洗先輩はていこうした。


「別にヒーローになりたいわけじゃないんで。あと俺が動いているのがバレると生徒の中から反発する奴が出てくるかもしれない。そっちの方がまずいので」


「ふぅ。すまないな」


「いいえ」


 学校のゾンビは先輩が全て片付けていたので、安全地帯にはなっている。だけど生徒たちはまだ体育館に引きこもっている。とりあえず食料を渡しておけば大人しくはしているだろう。時間稼ぎはこれでできた。次は安全なコミュニティづくりだ。






 国道や県道は警察が封鎖しているので通れない。この街は標高の高い山に囲まれている盆地地帯なので、一見すると逃げ場がない。だがポイントは山にあるのだ。


「市立大学の農業研究施設が山の麓にありますね。周辺には人家も少ないのでバリケード張って生活は出来そうです。ソーラーパネルもあるので電力には困らないし、井戸も川あるのでこの先ライフラインが止まっても何とかなります」


 市村がネットを駆使してよさげな施設を見つけてくれた。今後のことを考えても農業用地があるので、食料生産もできる。うってつけの施設だ。


「本来なら俺たちが住み着いてスローライフするような場所だよなぁ」


「まあご縁がなかったということで…」


 俺も市村もなにか惜しい気持ちは覚えている。だがそれは未練だ。ばっさり切って先に進むしかない。俺と先輩は農業施設に行き、そこらへんに巣くっていたゾンビ共を皆殺しにして安全を確保した。







 そして最大の問題にぶち当たる。


「生徒たちの輸送が最大の障害です」


 市村はあからさまに嫌そうな顔でそう言った。


「ひとりづつ連れていくのはどうだろうか?」


 先輩はどこか楽観的に見える。たしかに一人ずつ運べれば問題はないのだ。


「絶対に無理ですよ。一人ずつ運ぶなんて始めたら集団は間違いなくパニックを起こします。後回しにされた連中が自棄を起こしかねません。一斉に運ばないと集団の規律が維持できません」


 市村の予想は的確だと思う。生き延びた生徒は男女半々で60人ほどらしい。それを一人ずつ運ぶのは容易いが集団がパニックを起こしたら流石に俺や先輩でも鎮圧できない。


「大型のバスが二台必要だな。それはまあなんとかなるだろう。だけど問題はそのバスの護衛だ」


 運転手は生徒の中からマシなやつを選んで訓練させるにしても、護衛に割けるのが俺と先輩の二人だけなのだ。学校から農業施設まで20km近くある。ムリゲーすぎる。


「バットと木刀だけで何とかなるわけがない。生徒たちを訓練してもたかが知れてる。…銃火器が絶対に必要だ」


「いや日本にそんなものがあるわけないだろう」


「先輩。ありますよ。ただちょっと難しいかもしれませんけどね。警察署です。ここの警察署にはSATの分隊が所属してたはずです。サブマシンガンくらいならおそらくあるはずです」


「警察署…?いや!あそこはまずい!あの一帯はゾンビの密度が高いんだ。おそらくすでに警察署は陥落しているから、中もゾンビだらけ、武器庫にも鍵はかかっているだろう。そこを探索するなんて正気じゃないぞ!」


「でもやるしかない。バスで移動中は銃でゾンビ共に対抗するほかないんです。先輩覚悟決めてください。警察署に侵入します」


「…わかった。もうお前に預けた命だ。好きにしてくれていい」


 御手洗先輩は納得してくれた。こうして警察署から武器を奪ってくるというミッションがはじまることになったのだ。


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ゾンビだらけのアポカリプスな世界になったけど、頑張って生き延びようと思います! 園業公起 @muteki_succubus

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