第3話 誰かの悪意
地下室に籠って3日。早くもやることがなくて飽きてきた。ネットは世界の終末を騒ぐのに忙しくて面白くもなんともないし、本も漫画もすでに読んだものばかりだ。
「ユイト先輩」
「なに?」
「ちょっと提案があるんです」
市村は真剣な目で俺を見詰めている。このお願いは断りづらそうだ。
「ゾンビを調べたいんです」
「調べる?どうして」
「今後のことを考えてですね。ゾンビたちがこのまま私たちを放って暴れたままと安心できるほど油断はしてないつもりです。あとぶっちゃけ暇です」
「まあ暇は深刻な問題だな。でもどうやって調べるのさ」
「市立大学に生化学の研究センターがあります。そこの施設を使えればなんとかなると思うんです。ネットだと病原菌説ウィルス説が多数を占めてるのですが、わたしには納得できません。あれが病気とは思えないのです」
「ふむ。なるほど…そうだなぁ。水や食料はここで何とかなるから、暇つぶしに調査でもするか」
俺たちが住んでいる
「じゃあ大学に行ってみるか」
「はい!行きましょう!」
俺たちは学生服の上から防刃防弾ベストを纏ってホルスターに各種装備を入れて出発した。相変わらず武器はバットだけなのはちょっとカッコ悪いけど。市村を後ろに乗せて俺たちは葡牙市立大学を目指した。
大学のキャンパスは例によってゾンビだらけだった。
「どうもあいつら視覚がちゃんと機能してるっぽいんだよな」
チャリで移動中に俺たちの姿を目で追っているのを確認した。この分だと聴覚なんかもあるだろう。だけど知能はなさそう。
「ちょっと陽動かけてくるからそこに隠れてて」
俺は門の傍に市村を置いて塀の上に登る。そして市村が持っていた防犯ベルを建物から遠く離れたところに投げる。地面に落ちたベルは衝撃を受けてじりじりと大きな音を鳴らし始める。
「ぉうおおぉう」「ああぁあ」「ぐぁあわあああぁ」
ゾンビたちはフラフラとベルの方へと群がっていった。これで門から建物への道はひらかれた。市村の手を引っ張って俺たちは出来るだけ音を立てないように素早く移動する。そして研究センターの中へと侵入することに成功した。
建物の中にもゾンビはいた。俺はそれをバットのフルスイングで次々と殴り殺して先を進んでいった。
「先輩。こういう時普通は苦戦したり、ひそひそと先を進むものじゃないですか?」
「んなの映画の中だけでしょ。こんな狭い通路で群がられたって実質一対一だし大したことないよ」
「先輩喧嘩慣れしてます?」
「嗜む程度に」
市村は怪訝そうに俺を見ていたけど、安定のスルー。
「ここですね。L4の実験施設です。ぶっ殺したゾンビを引っ張ってきてください。試料にしますので」
「りょ!」
俺はゾンビを引っ張ってくる。そして二人で実験室に入る。
「本来ならコンタミ防ぐために防護服を着るべきなんでしょうけどね」
市村は実験デスクからメスを取り出して、ゾンビのはみ出た脳を少し切り取る。そしてそれを試験管に入れて何やら試薬を混ぜたり遠心分離器にかけたりして実験を行う。
「何を具体的に調べるの?」
「病原菌やウィルスを分離します。未知のRNAやDNAが見つかればウィルスや病原菌で確定です。でもそんな気がしないんです」
その後二時間ほどかけて資料を分析したが、病原菌やウィルスの類は検出されなかった。
「じゃあ原因はオカルトな何かなのかな?呪術師のお呪い?魔法使いの魔法?それとも東洋の気功かな?」
「わたし、朝のニュースの占い以外は信じないことにしてるんです。あり得るとしたら狂牛病みたいなプリオン?でもそれならさっきの実験で検出できるはず。RNAやDNAを持たず、たんぱく質のような有機物ではないなにか?噛みついただけで感染するなら寄生虫も違う。…あれ?たしか最近ナノモーターに進展が会ったって論文が…まさか?!」
市村は何かを閃いたようで試料を再び実験し始める。そして何かの薬品で処理した後に、電子顕微鏡にセットして撮影を開始し始めた。
「うそ…?!そんな?!ありえない!!」
「なにかわかったの?」
「…ナノマシンです」
「はぁ?え?ナノマシン?あのSFとかの?」
「はい!ナノマシンです!この画像を見てください!タンパク質よりも少し大きいくらいの半導体結晶を持ったナノマシンです!」
どうがではなにかの角ばったクリスタルのような小さい物体が細胞を取り囲んで何かをしているように見えた。
「そんな!在り得ない!こんなのを作れる存在がいるはずないのに!でも間違いなく存在してる。おかしいよこんなのぉ…」
市村は激しく動揺していた。俺だってそこそこ勉強は出来る方だ。ナノマシンは現在ではまだ机上の空論どまりの話のはずだ。だがこのアポカリプスってる世界にならそんなものがいても大して驚きもしない自分もいる。
「なあ。仮にだけど治療法とかって考えられる?」
「わかりません…。ナノマシンそのものがどうやって作られているのかさえわからないのに除去方法なんて思いつけもしないです。でも一つだけ言えることがあります」
涙を浮かべながら市村は嘆いた。
「この世界は壊れたんじゃないんです。誰かが悪意で壊したんです!ナノマシンをばら撒いて終末を呼び込んだんです!!」
誰かの悪意が世界を壊した。その事実に市村は打ちのめされていた。逆に俺は自分が冷静になっていくのを感じる。だってそうさ。いつだって世界を駄目にしようとするのは誰かの悪意なんだから。そういう悪意に久方ぶりに触れて、世界なんてこんなものだという安心を俺は覚えたのだ。
俺たちは大学から家に戻ってきた。すると玄関先によく知っている姿を見つけた。
「五百旗頭。久しぶりだな」
「御手洗先輩…どうしてここに?」
俺が手を伸ばすと先輩はその場で膝をついて、俺に土下座してきた。
「頼む!恥を忍んでお前にお願いしたいことがる。私のことはどう扱ってもかまわない!生き残った生徒たちをお前の力で助けてくれ!!」
先輩はボロボロ涙を溢していた。同時に鼻をつく臭いも感じた。
「とりあえず風呂入ってきます?」
くちゃいままだと話したくもなくなるので、とりあえず先輩にお風呂を御馳走することにしたのだった。
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