第2話 覚醒

 校舎裏に逃れたはいいが、このまま消火器だけというのは心許ない。何か武器が欲しい。


「ついてきて。絶対に手を放すな!」


「あっ…はい!」


 市村の手を握って俺は体育館に向かう。あそこには確か木刀があるし、近くには部室棟もあるのでバットなんかもあるはずだ。


「ぅおおぅおお!」


「ああぁぼぉおお!」


 途中ゾンビに遭遇したが、消火器を振り回して殺した。というかこれだと疲れる。やっぱりちゃんとした武器が欲しい。


「五百旗頭か?!」


 体育館と校舎を結ぶ通路のところで御手洗先輩が木刀でゾンビをひたすら殴り殺していた。その横をまだ無事な生徒たちが走って体育館に駆けていく。


「お前たちも早く体育館に入れ!」


 御手洗先輩はかなり疲れているようだ。息も荒く顔は汗だらけだ。


「ユイト先輩、どうしますか?!」


「いや。入らない。御手洗先輩!俺たちと逃げましょう!」


 俺は先輩に手を伸ばす。


「何を言ってる五百旗頭!ここに残った生徒たちを見捨てておけない!」


「あなた一人しか戦ってないじゃないか!責任をあなたに押しつけてる奴らを守る必要なんてないよ!」


 ここで体育館を守っているのは御手洗先輩だけだった。他の奴らは体育館に逃げ込んで震えているだけだ。そんな集団早晩に崩壊するに決まってる。


「先輩は俺が守る!だからついてこい!」


 俺は先輩に必死に手を伸ばす。だけど先輩は俺の手を掴まなかった。せんぱいは近くのゾンビたちを一蹴した後に、自身も体育館に逃げ込む。


「すまない…。嬉しいよ。その気持ち。だけどわたしは彼らを守る義務があるんだ」


 そして体育館のドアは固く閉められた。


「ユイト先輩ぃ。御手洗先輩が絶対ヤバいですよ」


「…でも仕方ない。ここに残ったら誰も守れないよ。俺たちはもう行こう」


 市村の手を取って走る。途中部活棟でバットを数本回収して消火器を捨てた。


「ユイト先輩、車はどうですか?!」


「こういう時は経験上車は役に立たない!バイクも駄目だ!音が目立つ!」


 駐輪場から一番早そうなチャリをパクって後ろに市村を乗せて俺は漕ぎ出す。そして学校の校門をくぐり街へ出たのだ。









 街は阿鼻叫喚の地獄だった。あちらこちらでゾンビが徘徊して人々を襲っていた。いたるところで交通事故や火災が発生していてもうめちゃくちゃ。


「何処へ向かうんですか?!」


「一旦郊外に出る!街の中で襲われたらひとたまりもない!」


 俺たちは国道に出て山の方に向かって走り続ける。


「ああ?!子供が!いやぁ!」


 市村が悲劇を目の当たりにして悲鳴を上げている。だけど今の俺たちにできることなんて何もない。ただ走り続けるだけだ。だけど。


「そこの自転車止まれ!」


 国道の途中を警察が検問を張っていた。がっしりとしたバリケードが街の外へ出る道を完全に封鎖していた。


「俺たちはゾンビじゃない!通してくれ!」


「だめだ!緊急事態につき!住民は自宅待機だ!」


「なに杓子定規なこと言ってんだ!」


「したがわなければ発砲する!」


 警察官は俺たちにピストルを向けてくる。俺だけなら何とかなるけど、市村を連れてここを突破するのは無理だ。迂回路を探さないといけない。だけどこの街は行政特区で陸の孤島だ。この調子だと全部封鎖されてる可能性が高い。


「市村。いったん俺の家に向かう。安心しろ絶対に守るから」


 市村は返事をしなかった。だけど俺のことをぎゅうっと抱きしめてくる。自転車を走らせて俺たちは市内に戻る。そして時たま襲ってくるゾンビをバットで殴り殺しながらやっとのことで俺の家に辿り着いた。


「安全確認をする。離れるな」


 俺は家の隅々までゾンビがいないことを確認する。そして全ての窓のシャッターと鍵を何重にもかけた。


「これで大丈夫ですよね…?」


「わからん。ゾンビ共の能力がまだわからなさすぎる。家に押し入って俺たちを襲ってこないとも限らない」


 俺は廊下は一階の廊下の隅のくぼみに指をかける。そして廊下の板を剥がす。するとそこに階段が現れた。


「地下室ですか?!」


「ああ。多少は時間稼ぎになるはずだ」


 俺たちは地下室に入り、廊下の板を元に戻して、さらに地下室のドアにカギをかけた。


「ふぅ。心配性が高じて作った地下室がまさか役に立つなんてな…」


 電気をつける。中には非常食と水のペットボトル。それと簡易のトイレも設置されている。水で体を拭くための水回りも一応ある。


「これもしかして核シェルターかなにかですか?」


「そうそう。DIYした。器用でしょ」


「器用すぎますよ。てかこんな準備…何に備えてたんですか?」


 俺はその質問には答えない。備えていたのは別の状況だけど結果的に役に立ってしまったのは遺憾だ。


「先輩…これからどうします…?」


「君の家族を保護するつもりだけど」


「…いいですよ。あんな人たち…先輩が命張る理由にはならないですから…」


 茶色い髪を弄って、市村はどこか自嘲的に呟く。家族仲が良くないのは聞いている。なんでも市村は男性不妊で精子提供を受けて生まれた子供で、父親とは血が繋がっていないらしい。普通の家族なら特に問題はないのだろうが、彼女の場合父親にも母親にも似ずにすさまじく知能優秀でおまけに美人に育ったものだから、父親は複雑な心境を抱いたらしい。それで家族仲はぎくしゃくしてしまい、市村も歪んでしまった。だからかもしれない。俺がこの子が懐いてきても振り払ったりしなかったのは。


「じゃあしばらくはここに籠城かな?」


「助けとかきますよね?」


「期待はしてない。見てよこれ」


 スマホでニュースを検索したら世界中がゾンビ騒ぎになっているようだ。この街だけではないのだ。


「世界が壊れちゃったんですね…」


「そうだね。壊れちゃったんだよ。全部全部全部ね」


 市村は俺の胸に寄り掛かってくる。


「でもまだ先輩は傍にいるんですね」


 そして市村は笑みを浮かべる。


「それならわたしはいいですよ」


 俺はこの子を守り切れるのだろうか?ゾンビよりもなによりもそれだけが怖かったんだ。






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