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三鹿ショート

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 鼻血を流しながらも、彼女は笑みを浮かべながら私を見つめている。

 私が彼女の髪の毛を掴み、頬を何度も拳で殴ろうとも、彼女が相好を崩すことに変化は無かった。

 今日もまた、彼女が意識を失うまで、私は彼女に暴力を振るい続ける。

 私が暴力を振るう理由は、彼女が私の神経を逆なでするような行為に及んだからだということではない。

 自身よりも劣っている人間を虐げることに対して、私が喜びを抱くためである。

 この部屋から外へ出れば、私もまた、彼女のように虐げられるような存在と化す。

 外界で時間を過ごしたことによる鬱憤を晴らすために、私は彼女を殴り、蹴り、首を絞めるのだった。

 それでも彼女が私から逃げようとしないのは、これ以上は無いというほどの無能である自分を相手にしてくれる人間が存在していないことを、彼女自身が理解しているからなのだろう。

 実際、彼女を知る人間に話を聞いたところ、擁護するような言葉は一切無く、罵詈雑言ばかりを耳にし、同時に、関わることを嫌っていた。

 ゆえに、どのような形であろうとも、自分を必要とする人間がどれほど貴重なものであるのかを理解しているために、彼女が私から離れるような行為に及ぶことはないのだろう。

 私の暴力に対して常に笑みを浮かべているのは、それが起因であるに違いない。

 つまり、我々は、互いに得をしているのだった。


***


 電車の中で目覚めたとき、ちょうど降車する駅だったために、慌てて飛び出した。

 額の冷や汗を拭おうとしたところで、見慣れない腕輪が、右手首に装着されていることに気が付いた。

 何者かが装着させたのだろうかと思いながら外そうとするが、まるで耳や鼻のように密着していたために、外すことは叶わなかった。

 それほど大きなものではないために、日常生活に支障を来すことは無さそうだが、不気味であることには変わりない。

 どうすれば良いだろうかと考えながら、私は自宅へと戻った。

 自宅に戻った私を迎えた彼女は、相変わらずの笑みを浮かべている。

 彼女は私から鞄を受け取りながら夕食が用意されている居間へと促すが、私はその献立を見て、腹を立てた。

 何故なら、今日は魚料理の気分では無かったからだ。

 私は躊躇することなく、彼女の頬に拳を打ち込んだ。

 彼女が倒れるような音が聞こえてくるが、相手がどのような倒れ方をしたのかまでは、分からなかった。

 頬に激痛を感じたために、彼女を意識している場合ではなかったのである。

 不意に襲われる頭痛のようなものだろうかと思いながらも、倒れた彼女の腹部を踏みつけるが、それと同時に、今度は腹部に激痛を感じた。

 まさかと思いながら、私は右手首の腕輪に目をやる。

 そして、彼女の脛を人差し指で突いたところ、私の脛もまた、同じような感触を覚えた。

 私は、其処で理解した。

 どのような仕組みで彼女と感覚を共有しているのかは不明だが、彼女に暴力を振るえば、それを自分でも感じてしまうことになるのだ。

 つまり、彼女に暴力を振るうということは、自分を傷つけることと同義なのである。

 私は、その場で叫んだ。

 だが、そのような行為に及んだところで、何の意味も無い。


***


 どうやら彼女だけではなく、私が他者に与える痛みそのものが、私にも襲いかかるらしい。

 それは、彼女を虐げることが出来なくなってしまった腹いせに、路上生活者に向かって投げた小石が相手の頭部に命中すると同時に、私もまた頭部に痛みを覚えたことで判明したのである。

 舌打ちをしながら、右手首の腕輪を見つめる。

 右手首を切り落とせば、この事態から解放されるのだろうが、右手を失うという代償はあまりにも大きなものだった。

 つまり、私は今後の人生において、他者を虐げるという行為とは無縁と化すということになるのだ。

 考えただけで、叫び出したくなる。

 一体、何者が、私にこのような腕輪を装着させたというのだろうか。


***


 ある夜、ふと目覚めた私は、自身の身体が拘束されていることに気が付いた。

 周囲に目を向けると、笑みを浮かべながら鋸を持っている彼女の姿を確認した。

 私と目が合った彼女は表情を変えることなく、私に顔を近づける。

 そして、私に囁いた。

「事情は理解しています。その腕輪が存在している限り、あなたはこれまでのように生きることができないのでしょう。その苦しみから、私が解放しましょう」

 その言葉と、彼女が手にした鋸から、これからどのような行為に及ぶのかなど、深く考えずとも分かることである。

 私は血の気が引くことを感じながら、

「そのような行為に及ぶことで、私の生命が危うくなることは分かるだろう」

「安心してください。既に然るべき機関に通報はしていますから」

 彼女が窓の方に目を向けたために耳を澄ませたところ、救急車の号笛が聞こえてきた。

 準備は良いということなのだろう、彼女は鋸の刃を、私の手首に当てた。

 これから感ずるであろう激痛に怯えた私は身を震わせながら、

「私の暴力から解放されたのだろう。この状況が続くことを望んでいないのか」

 私の言葉に対して彼女は表情を変えることなく、

「あなたが暴力を振るうことに対して喜びを抱いているように、私もまた、あなたからの暴力に喜びを抱いているのです。それを取り戻すためには、労を惜しみません」

 そのような言葉を吐いた後、彼女は鋸を持つ手に力を込めた。

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