第12話 物語の始まりに向かって③

 学園は共学で、当然令嬢方との出会いもあるわけだ。

 そしてレーヌとの出会いも待ち構えている。


 そう思って話題を振ったのだけど、なぜか地雷を踏んだみたいで、ジュストの機嫌が悪くなった。


「ギャレットは、その年齢で女性に関心があるのか?」


 まさかのこっちに話が振られた。なんだか知らないが早熟のエロ餓鬼だと思われたのかも。


「え、ちが、別にそんな…」


 前世女の記憶が薄れてきていたとは言え、まだまだ女の心はうっすらと残っている。キレイなお姉さんは憧れだけど、恋愛対象にはならない。


「兄上こそ、女の人とか、興味ないですか? かわいいと思ったりとか…」

「カレンは可愛いが、それは愛玩動物に近いな。でも今のところ俺の一番可愛くて大事な人はギャレットだ」

「そ、そう…」


 そう言って熱い視線を向けられる。

 カレンが可愛いのはわかる。僕もそう思う。

 これまでジュストを立てて来た成果が現れたのはいいことだが、それもこれからどうなるかわからない。


 まあ、そこまで思ってもらえたなら、死亡フラグは完全に折れたと思っていいのだろう。


 心の中で密かに「よっしゃ~っ」とガッツポーズを取り、ニヤけそうになるのを必死で抑えた。


「ギャレットは違うのか?」


 ケモノ耳があったら絶対垂れ下がっているだろう。こちらの反応を期待と不安が混じった目で窺っている。

 数年かけてお兄ちゃん、兄上サイコーと持ち上げてきたが、まだ足りなかったらしい。


「も、もちろん、兄上が一番好きです。父上や母上より、ギャレットの一番は兄上です」


 親指を立ててそう告げると、ジュストの顔から緊張が抜けたのがわかる。


「でも、これからたくさんの人と関わっていくのですから、兄上の一番も変わってくるのでは?」

「お前は、時々大人みたいなことを言う」


 指摘されてドキリとする。


「あ、兄上に近づこうと頑張っているだけです。そう見えるなら、手本になる兄上のお陰です」

「……そうか?」


 鋭い視線を向けられて、ドキドキとする。


「もちろん、ステファン以外の友人だって出来るでしょ? いずれモヒナート家を継ぐなら…」

「俺はモヒナート家を継ぐつもりはない」

「え!でも…」


 決意を込めた言葉に何も言えなくなる。


「ギャレットがモヒナート家の正式な跡取りなんだから、ギャレットが継ぐべきだ」

「そ、それは…でも、父上たちは…」

「学園を卒業するまでは言わないつもりでいるが、俺はそう思っている」

「そんな、だって、じゃあ、兄上はどうするのですか?」


 物語はギャレットを殺してジュストも死ぬ。その後のモヒナート家がどうなったかまでは書かれていなかった。

 ただ息子二人を亡くし、打ちひしがれたモヒナート侯爵夫妻の描写があるのみ。

 死亡フラグを回収して、生き延びることばかり考えていたから、その後のことは考えていなかった。


 でも、死なないなら当然その後の人生もある。

 ジュストは唯一人愛する女性を見つけ、それを義弟に穢されそうになり、怒りに任せて殺す。そして自分も死ぬ。という筋書きを知らないのだから、当然と言えば当然と言える。


「それは学園にいる間に考えようと思う。モヒナート家の養子になったが、俺は出自の知れない孤児だ。ここまで育ててくれて、貴族の通う学園にも通わせてもらえることになり、勉強も剣術も習わせてもらっている。恩返しはするつもりだけど、モヒナート家を継ぐことは別の話だ」

「兄上…」


 物語でも彼の素性は書かれていない。不憫系当て馬にそこまでの設定を用意するより、主人公二人の幸せが大事だったのはわかる。だからジュストの生い立ちについてはフォローできない。


「でも、どこに行っても何になったとしても、ギャレットは俺の一番大事な存在だ」

「兄上…」


 嘘偽りない言葉だが、なぜか心が締め付けられる思いがした。


 ギャレットが正当な跡継ぎなのは間違いない。でも能力から考えればジュストが相応しいのがわかる。

 前世の大学まで行った知識と、社畜時代に培った社会人としてのノウハウと根性はある。

 でもギャレットの頭はバカとまではいかなくても、ジュストに到底及ばないことは勉強していて気づいていた。


「ま、レーヌと出会ったらジュストの考えも変わるか」

「え、何か言った?」


 ボソリと呟いた言葉は、ジュストには聞こえなかった。

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