第11話 物語の始まりに向かって②
「その気持ちわかる。俺も妹と離れるのは寂しい。しかもギャレットと違ってまだ幼いから、俺がいないことを理解できないと思う」
「確かに…」
「週末に帰ってきたら『誰?』なんて言われかねない。父上が領地に一ヶ月行って帰ってきたら、まさにそんな状態で、父上の顔を見るなり泣き出したんだ」
ステファンは自分が同じ状況になったらと想像し、ブルリと震える。
まあ、子供って大人の男性を怖がることあるよね。
「ギャ、ギャレットはそんなこと、ないよな?」
ジュストも想像したのか、泣きそうな顔で此方を見る。
「だからそんな子供じゃありません。何なら手紙でも書きますか?」
「手紙、そうか、それはいいな! ギャレットから手紙を貰えるなんて」
これまでわざわざ手紙など書かなくても直接言葉で伝えれば良かった。だから手紙のやり取りはしたことがない。
「手紙ならずっと保管しておける。五年でも十年でも、死ぬまで大切にするよ」
「いや、兄上…そこまで保管されるほど立派なことは書けません。せいぜい日記程度にその日したことを書くくらいです」
「その日何を食べたか書いてきてくれるだけでも、ギャレットからの手紙なら俺の一生の宝物だ」
「そんな大袈裟な…」
「ブラコン過ぎるだろ」
ジュストの発言にステファンと二人で引き気味になるが、心の底では満更でもない気持ちになる。
ここまで溺愛してくれるなら、殺されたりしないだろう。
「おにーちゃまぁ」
「あ、起きたのか」
カレンが身動ぎし、目を擦りながら頭を持ち上げた。
「そろそろ帰るか」
溺愛ぶりをカレンに向けるステファン。お兄ちゃんというより、父親みたいだ。どこにも嫁にやらんと今から言っている。
それをこっちに向けて言ってくるので、ジュストがうちのギャレットはやりません、と逆に言い返す。
そんなやり取りを時々繰り返している。
小さな妹を抱きかかえて、じゃあまた、入学式で、と言ってステファンは帰って行った。
「手紙、本当に書いてくれる?」
期待を込めた目でこちらを見てくる。
「うん、兄上も返事書いてきてね」
そう言うと、もちろんだと、満面の笑みで返してきた。
「一緒に通えなくて残念だね」
学園での生活は三年。年の差六歳の二人は同じ時期には通えない。
「学園のこと色々教えてくださいね。サボりにうってつけの場所とか」
「通う前からサボることを考えているのか」
「だって、大事でしょ」
「仕方ないなぁ」
真面目なジュストなら、自分からそう言う場所に行くとは思えない。
人目のつかない場所で、主人公レーヌ=オハイエとジュストは何度も出会う。図書室の奥、中庭の生け垣に囲まれた場所。校舎の屋上など。
ギャレットが知りたがったからと言えば、ジュストも積極的にそう言う場所を訪れるだろう。
物語より頻繁に逢わせて、ステファンより優位に立たせてあげないと。
ジュストたちが学園に入る前にレーヌについて、物語どおりなのか、それとも彼女にも変化はあるのか確かめたかったが、九歳の子供に簡単に出来ることではない。
貴族の子供が一人で出歩くことも無理だし、周りに訊いたところで、なぜそんな人のことを知っているのか、どうして知りたがるのか問われても説明出来ない。
彼女は母親を亡くし、父親が迎えた後妻とその異母妹に虐げられて育った。
それを知ったジュストが彼女の一番の理解者となり仲良くなるが、彼女が心惹かれたのはステファンだった。
というのが物語の流れ。
今は弟のギャレットに保護者のような優しい顔を見せるジュストも、レーヌと出会い恋を知り、男になっていく。
ステファンとレーヌ、そしてジュスト。
物語ではステファンがレーヌの心を射止め、ジュストは当て馬として不憫な最後を遂げた。
でも、少なくともステファンとジュストの境遇は物語とは変わってきている。
そのため三人の恋の行方がどうなるのかは、予測がつかない。
「学園で出会った人のことや、あった出来事を詳しく教えてくださいね。たとえばご令嬢たちのこととか」
「令嬢?」
怪訝そうにジュストが問い返す。
「令嬢とは?」
「え? だって、学園って社交を学ぶ場所だけど、恋も芽生える場所でしょ? 兄上にはまだ婚約者もいないし、いずれ結婚する…」
「お前が気にすることじゃない」
いつもより声を荒げてジュストが話を遮った。
え?何か気に障ること…言った?
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