第9話 男主人公登場③
「ぼ、僕…ヒック」
小説では、辛い日々を過ごしてきたジュストと異なり、侯爵家の嫡男で容姿にも才能にも恵まれ、自信たっぷりで向かうところ敵なしだったステファンの涙。
トラウマ植え付けちゃったかな。
「ごめんなさい、うちのギャレットのせいで、ステファンを泣かせてしまったわ」
「いいのよ、年上なのに下の子の挑発に乗って暴力を奮ったこの子が悪いの。弟を庇おうとしたジュストの方が立派だわ」
ジュストの株が上がり、ステファンの株は暴落してしまった。
「偉いわね、ジュスト。ステファンももうすぐお兄さんになるんだから、ジュストを見習いなさい」
ジュストは褒められて照れているのか、頬を少し赤らめ「僕は…別に…」と小さく呟く。
嬉しいのだが、泣いているステファンに遠慮もあるのだろう。
「お兄さまはギャレットの自慢のお兄さんです」
そんなジュストの照れた表情がドキュンとわたしの胸に刺さった。
これは押せる。
これでジュストの自己評価が上がり、ステファンの自信が揺らぎ、この先の展開に影響することを願うばかりだ。
「ギャレットは本当にジュストが好きなのね。兄弟仲が良くて羨ましいわ」
「ぼ、僕だって…いいお兄ちゃんに…なる…よ」
「そうなってくれたら嬉しいわ。ほら、ステファン、二人に言うことはない?」
ステファンの母親が、謝れと促す。
「僕は…」
「ごめんなさい、ステファン」
何か言いかける前にこちらから謝った。
「まあ、小さいのに偉いわね。ステファンあなたも彼らを見習いなさい。本当に賢くて思いやりがあってご立派な兄弟で羨ましいわ。ナディアの教育の賜物ね」
本音かどうかはわからないが、キャトリン夫人が褒めると、ナディアお母様も満更でもない顔で、「まあ、そんな。特別なことはしていないのよ」と謙遜する。
「僕は…」
先に謝られて挫かれてしまったので、ステファンはそこから先を口に出来ず、「僕は…僕は」を繰り返し、またもや泣き出した。
これくらいにしておいた方がいいかな。
わたしはジュストの手を取り、ステファンの側へと引っ張っていく。
「ギャレット?」
ジュストが怪訝そうに問いかけたものの、ぎゅっと握るわたしの手を振り払おうとはしない。それどころか優しく握り返してくる。
「な、なんだよ」
袖口でゴシゴシと涙を拭っていたステファンが警戒の色を見せたが、それにはめげずに天使の笑顔を彼に向ける。
「仲良し、仲直り」
涙を拭っていた手と反対のステファンの手を取り、掴んでいたジュストの手と重ね、二人の手の上からぎゅっと小さな手で握る。
「な、何を…」
「仲直り、お兄ちゃんもステファンも僕も仲良し、駄目?」
コテンと小首を傾げると、「まあ~」「見ましたか、ナディア」と背後から母親‘s(母親たち)が感嘆の声を上げる。
「駄目?」
固まったままのジュストとステファンを見比べ、再びそう尋ねれば、二人共真っ赤になってこちらを見てから、互いに顔を見合わせる。
「駄目じゃない。ステファン様、ごめんなさい」
「ぼ、僕こそ…ごめんなさい」
モジモジしながらも、モゴモゴと謝り合う光景は、全国のショタ好きの秘蔵映像になること間違いなしの破壊力があった。
見た目は陰のジュストと陽のステファン。
これは脳裏に焼きつけておかなければと、最前列でそれを見られたことに感謝した。
「これでいいか、ギャレット」
「うん、お兄ちゃん大好き」
もう一度ジュストに抱きつく。まだ骨っぽくガリガリだったが、手足も大きく鍛えれば間違いなく立派な体になるだろう。
小説の表紙と挿絵がそれを保証している。
「ギャ、ギャレット、ひっつき過ぎ」
恥ずかしいのか、見上げるジュストの顔は真っ赤になっている。
「だって、僕はお兄ちゃんが大好きだから、いつでも一緒にいたいんだ」
「まあまあ、すっかりお兄ちゃん子ね。いいわね、うちもそうなるかしら」
「僕だって、赤ちゃんが生まれたら…か、可愛がるよ」
弱冠羨ましそうにこちらを見ていたステファンが、負けじと言い放つ。
「頼もしいわね」
「これからもジュストとギャレットと仲良くしてあげてね、ステファン」
ナディアお母様がステファンの頭を撫でると、ステファンもこくりと頷く。
「さあ、美味しいお菓子もあるから、一緒に食べましょう」
それからは三人で、わたしを真ん中にして仲良くお菓子とジュースをいただいた。
「お兄ちゃん、今夜は一緒に寝ていい?」
「おねしょ、しないならね」
そう言いながらも、ジュストは嬉しそうだ。
「ぼ、僕も今度泊まりにきていい?」
ステファンがそんなわたしたちの話に食い込んできた。
「お母様、いいですか?」
「そうねぇ」
「我が家は構わないわよ。赤ちゃんが生まれたら色々大変でしょうから、家でステファンを見てもいいわよ」
「まあ、それは助かるわ。でもご迷惑ではない?」
「全くないわ」
それから学園に入るまで何度か、ステファンは我が家で過ごすことが増えた。
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