第8話 男主人公登場②

「まあ、あなた達どうしたの!」


 母親達は戻ってきた子どもたちを見て、驚きの声を上げた。


 三人とも草と泥にまみれ、あちこち傷だらけだ。

 そしてわんわん泣きじゃくるわたしと、そんなわたしの手を握りぐっと泣くのを堪えているジュスト。

 その隣に同じく泣いたのを隠そうと、ゴシゴシ服の袖で涙を拭うステファン。


 結局あの後、三人で喧嘩になった。


「わあ~ん、ごめんなさい、ごめん。お兄様ぁ」


 アラサー女子がこんなことごときで泣くとは不覚だ。しかし痛いものは痛い。こればかりは体の痛みに五歳児の気持ちが引きずられている。


 でも一番ボロボロだったのはジュストだ。


 ステファンからギャレットを庇い、ギャレットのステファンに対する攻撃も受け止め、殆どサンドバッグ状態になった。


「一体何があったの?」

「こいつが悪い」


 母に問われ、ステファンがビシリとわたしを指差す。


「こいつが、こいつが先に手を出してきたんだ」


 母親達は顔を見合わせ、こちらを見る。


「本当なの?」


 彼女らはジュストに確認するが、彼は否定も肯定もしなかった。

 それでステファンの言うことが真実なのたろうと悟ったようだ。


「大人しくなったと思ったのに…」


 母のそんな呟きが聞こえる。


「そうだとしても、五歳の子と喧嘩するなんて」

「だ、だって…こ、こいつが」


 母親に窘められてステファンは情けなさそうに言い返す。

 それを横目にわたしはフッと笑った。

 こういう時は年上の方が怒られるのがセオリーだ。


「お、お前、今笑ったな」


 運悪くそれをステファンに見られた。


「やめろ!」


 殴りかかろうとしたステファンの拳が、割って入ろうとしジュストの顔面に命中した。


「グッ」


 唇が切れ、そこから血が飛び散った。


「そ、そんな!」


 赤い血を見てステファンは我に還ったようだ。


 ジュストはどさりと尻もちをつき、後ろに手をつく。


「あ、お兄様~」

「ギャレット、大丈夫だ」


 切れた所からタラリと血が流れる。頬も少し赤く腫れている。

 それでも兄らしく彼は微笑んで見せた。


「そ、その…俺は」

「よくもお兄様に」


 わたしがステファンを殴ろうとし、ステファンがそれに応戦した。それを止めようとするジュストで、すったもんだした。 


「お止めなさい、あなたたち」

「ステファン、自分より小さい子を相手に何をやっているのです」

「はやく、この子達を止めて」


 慌てて使用人たちが駆けつけて、わたしとステファンを引き離した。

 はあはあと肩で息をしながら、ステファンを睨みつける。


「とにかく、手当をしましょう」


 二人の母親は侍女に命じ手当をさせた。

 三人は手の届かないよう引き離され、それぞれ手当を受けた。


 やはり傷の数はジュストが断トツだった。

 擦り傷に加えて打ち身もある。


「お父様が帰ってきたら、みっちり叱ってもらいますからね」


 消毒液が染みるのを顔を顰めて我慢していると、母親が物凄い形相で言った。


「ジュストもです。私は弟の面倒をちゃんとみるようにいいましたよね。なのに、この有様。失望しました」

「はい。ごめんなさい」


 ジュストの前で母が腰に手を当てて威圧的にそう言う。

 ようやくギャレットから「わたし」に感情と意識の主導権が回ってきていたわたしは、叱られて項垂れるジュストを見て、彼の闇落ちへのフラグが見えた気がして焦った。


「は、母上、ごめんなさい。お兄ちゃんを怒らないで」

「あ、ギャレット様、まだ手当が」


 手当の途中で立ってジュストの前に行き、母親を仰ぎ見て、両手を組んた。


「ごめんなさい、僕が悪いの。お兄ちゃんは止めようとしただけ。だからお兄ちゃんを怒らないで。お仕置きならちゃんと受けるから」

「ギャレット…」

「ギャレット、いいよ。僕だって、止められなかったんだ」

「あなたたち、庇い合うのは素晴らしいことだけど、喧嘩を始める前に気づいてほしかったわ」


 母親の言い分ももっともだ。


「ナディア、こちらこそ、お見舞いに来たのに余計に怪我をさせてしまって、ごめんなさい。ステファン、あなたも年上なのだから、何を言われたとしても、暴力で解決しようとしたのはいけないわ」


 またもや母親に責められ、ステファンはボロボロと泣き出してしまった。

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