第10話(閑話) 勇者、面食らう
翔とレイジーそしてルチル達一行はリデオンまでニーナに乗ってあと一日、というところまで来ていた。そこで戦士の末裔と合流するのだ。地上にはパラパラと民家が見え始めている。
「この辺からは目立つから馬だな……つーかそろそろ魔力切れ!」
空の移動は快適とは言い難い。ニーナの背中は非常に安全でなにより早いが、飛行機とは違い風圧からは守ってくれない。レイジーが魔法でそれを緩和していたが、ずっと続けられるかというとそれも難しいのだ。
ふい~っと道端に座り込むレイジーに翔は水の入ったボトルを渡した。
「辻馬車がないか聞いてきます!」
先ほど上空から少し先に小さな街が見えていた。辻馬車はルチル達と合流する前、翔も移動に度々利用していたのでどうすればいいかはよく知っている。
「ちょいちょいちょい! 勇者自らが行くなよ~」
「誰も俺が勇者なんて知らないから大丈夫ですって」
レイジーは勇者という肩書きを持つ翔がニコニコと下働きのようなことを率先して行うことに、いまだに落ち着かない気持ちになる。なんせ幼い頃からずっと、
『いつか勇者を支える英雄の一人になった時、必ずその方の助けとなるように』
そう言われて、魔法使いとしての鍛錬を続けてきたのだから。
「ルチルガ イルカラ ダイジョウブ」
「そうだそうだ。今はテイマーがいるからどうとでもなるな!」
翔を使いっぱしりにする必要がなくてよかったと、レイジーはホット息をついている。
「ウマヲ ヨブ スコシ マッテ」
「え……でも野生の馬なんて……」
ルチルが他人の馬を勝手に拝借するとは思えない。彼は人間と絆のある動物を使役することは決してしないのだ。
だがその辺に猪や兎や蛇ならともかく、馬がいるなんて翔には信じられなかった。
「この辺ならいるだろ。リデオンも近いし」
「そうなんですか!?」
「バショ二 ヨル! ココニハ イル!」
オウムのルッチェが自信を持ってそう答えている間に、ルチルは胸元から
(そういえばあきおみにーちゃんが、海外には野生の馬がいる地域があるんだぞ~って言ってたな)
蒼の弟である
(いつかにーちゃんと同じことしてみたいって思ってたけど……まさか異世界を旅することになるなんて……)
そしていつか秋臣にこの冒険話をすることができるだろうか、と考える。
(……まずはこの冒険を終えるところからだな)
乗馬の練習は翔が初めて訪れた島でも行っていた。だがやってきたのは野生の馬。乗馬慣れしているこの世界の冒険者でも扱うのが難しい。しかしその馬達は操られているといった雰囲気ではなく、使命感に燃えているようだった。ルチルが優しく撫でると嬉しそうに尻尾を高く上げている。
「不思議だなぁ~」
今更ながらしみじみとそんな言葉を出す翔を見て、ルチルは少しだけ微笑んだ。
「テイマー様様!」
ウキウキのレイジーが馬に跨った。鞍はないが、手綱は生えていた蔦を使い彼の魔法で作り上げ、それを使って移動を続ける。
(順調順調!)
学術都市ディルノアでは予定外の時間を過ごしたが、実は彼らにとってはいい休養となっていた。一箇所に留まる、ということ自体が久しぶりだったからだ。
特に翔の場合は身体を休めるというよりは気持ちを落ち着かせるのにいいきっかけとなった。漠然とした焦りや不安が彼の中にはあったのだ。
ヨルムンガルドの抜け殻をみてあまりの迫力に大はしゃぎし、滞在中は何度も見に行った。スケールの大きさに感動していたのだ。世界は広い。そしていくつも存在しているのだということを実感していた。
『ちょっと前にこの街で軽食販売してた商人のお嬢ちゃんが似たような反応してたな~』
抜け殻を削り出す職人の言葉を聞いて、翔は一人でこっそり照れてたりもしていた。お隣のお姉さんもきっと同じように感じたのだと思って。
とはいえ彼らは勇者一行。神殿雇いの冒険者として周囲の異変調査を行い、聖水耐性のある魔物を捉えてディルノアの研究者へと引き渡し、その魔物の体から瘴気を纏った鎖の破片が埋め込まれていたことを確認していた。
「歴史上聞いたことがないジワジワ侵攻だよな~」
「ジワジワ」
オウムのルッチェがレイジーの言葉を繰り返す。
「歴史上の魔王は一気に侵攻して大暴れしてたって言ってましたもんね」
「人間が関わってるからだろうけど、本当に嫌なやり方だなぁ……いや、一気に侵攻ってのも困るんだが……」
「でもそうなると……魔王はどうしたいんだろう……」
ポツリと翔が呟いた。
「本当に。一体何が目的なんだか」
「え?」
それはレイジーの声ではなかった。自信に溢れた女性の声が翔の耳元で聞こえる。
「うわぁっ!」
いつの間にか翔の後ろに朱色の瞳のブロンドの美女が。
(馬の上だぞ!?)
その見た目でそれが誰かすぐにわかったが、驚かないわけがない。翔達全員が、あの
「初めまして勇者。私はアレクサンドラ・カーライル。戦士の末裔だ」
風でアレクサンドラの美しい髪が靡いていた。面白いものを見ているような目がジッと翔の瞳を覗き込んでいる。
「あっ……その、初めましてアレクサンドラさん! よろしくお願いします!」
失礼にならないよう、向き合ったままアレクサンドラに挨拶をする。臆せず後ろを向いたまま馬を走らせていた。テイマーが使役する馬の上でなければ流石に難しかっただろう。アレクサンドラの方は満足そうにニヤリと笑っていた。
「諸君もよろしく」
「え、お、あ、よろしく……」
「ヨロシク!」
残りも慌てて言葉を返した。
「ということで、リデオンには行かなくてもいい。違うルートで神官の末裔を拾うとしよう」
「ええ!? 神官の末裔とはブルベリアで合流だろ? リデオンを通るのが一番いいルートじゃねえか」
アレクサンドラが早速仕切り始めたのでレイジーが慌てて口出しをする。
「あの、例のフープはいいんでしょうか? ほら……えーっと……魔法道具の……」
翔の方はおずおずと尋ねた。なんせ勇者側の秘密兵器。誰に聞かれているかもわからないので言葉を濁す。聖水の転移が可能なこの魔法道具は、アレクサンドラがどうしても必要だと言っていたものだ。
「ああもちろん。すまないがテイマーの末裔殿にお願いしたい。この髪飾りの持ち主に」
ここでようやく馬が止まった。ルチルはアレクサンドラと目を合わせないように俯きながら、彼女から小さな宝石のついた髪飾りを受け取り、
「……」
袋を鷲の一匹に優しく括り付け、ルチルが指先でその鷲の頬を小さく撫でると、『この使命、命に代えても!』とキリッと眼光を飛ばし、羽ばたいて行った。
◇◇◇
「えええ!? アルフレドの姉ちゃん!? そう言われると似てる! いや、違う! 似てるけど似てない!! え!? てことはアイツ、カーライル家の人間だったってこと!?」
顔はアルフレドの女版、しかし内面は……。レイジーは焚き火の前で一人であれこれ驚いている。
(カーライル家って確か、戦士の末裔の中でもかなりの名家だって……)
そんな人が蒼の側にいてくれていると思うと、翔はほんの少し心配事が減っていくのを感じた。
アレクサンドラはレイジーの反応などどうでもよさそうに、翔にいくつも質問を投げかけた。
「アオイはなぜショウと一緒に
「え!? そんなことも知ってんのか!?」
「全てではないさ。だから聞いている」
アレクサンドラは蒼が異世界人だということを知っていた。彼女の情報網は今や上級神官の側まで広がっている。だが、やはり彼女の秘密の家のことは知りようがなかった。なんせ上級神官達も知らないのだから。
だからどこからか持ってくる美味しい食事は、異世界人ならではの能力かもしれない、と彼女は考えていた。
「あおいねーちゃんは、召喚陣に吸い込まれる俺を助けようとしてくれたんです」
この話題になるといつも翔はしょんぼりと肩を落とすのだ。いまだに彼女に悪いことをしてしまったと、自分が巻き込んでしまったと思っている。
「ハハハ! なんとまあアオイらしい理由だ!」
豪快に笑うアレクサンドラ。だが翔の反応を見て優しい眼差しになった。
「そんな顔をするな。アオイは後悔なんて全くしていないさ。むしろこの世界を楽しんでいるぞ。魔王が復活している世界だっていうのに」
蒼とのリデオンでの思い出話を翔に聞かせる。弟の元婚約者騒動、さらに妹の新婚約者選定騒動、ランチタイムレース。全てにワタワタとしつつ、最後には笑っていた。
世界が落ち着くまでリデオンに留まってもかまわない。フィアのことはアルフレドやカーライル家の人間がどうにかすると伝えても、彼女は旅を続けるとこれまた嬉しそうに答えたのだ。
『魔王が復活して世界は不安定でかなり危険だぞ?』
そうアレクサンドラが彼女なりに蒼の行く末を心配して無意味に脅してみても、
『そのくらいの危険はどこの世界でもありますよ~』
とアッサリ。
翔はこの話を聞いて、少しだけ嬉しくなる。慎重に慎重を重ねる蒼だが、ここぞという時は思いっきりがいいのだ。今はその思いっきりの良さが続いているのだと。
「ショウが元いた世界はそんなに危険だったのか?」
「ううんと……少なくとも俺達が暮らしてたエリアではそこまで……けど、常に魔王が側にいるというか……」
説明が難しいな、と思いながら翔はゆっくりと話す。
「この世界の今の状況とそんなに変わらないというか……魔王はいませんが『争い』というのは常に存在してて、一方で日常は保てているから、どこか他人事のような地域や人もいて……」
(そう……ジワジワと攻撃を仕掛けるけど決定打になるようなことはしてこない……)
ほのかな不安が同居した世界。だけどそれが日常で、いつもいつもそのことばかり考えているわけではない。一方で争いの中で生きている人々がいて、多くの人はその現状に憂い、心を痛めている。そんなことを辿々しく説明する。
この話にアレクサンドラだけではなく、レイジーとルチルも興味深そうな目を向けていた。
それで急に気恥ずかしくなった翔は、焚き火で炙っていた干し肉を頬張る。肉厚で、塩が効いている。
「これ、美味しいですね!」
こんな食事にもだいぶ慣れてきた。レイジーやルチルが気を利かせてお高いスパイスを買ってきてくれたり、美味しいと話題の食料を仕入れてくれている。翔ももちろんその手の情報集めにはいつも必死だ。
「情報と言えば」
またアレクサンドラだ。彼女はほとんどなんでも知っている。
「アオイ達が勇者一行と勘違いされているようだぞ」
「ええ!? それはやく教えてくださいよ!」
大丈夫なんですか!? と、今日の翔は反応のアップダウンが忙しい。
「大丈夫だ。魔王は勇者に会いたくはないだろうし、魔王を担ぎ上げている人間側も今はどうやら混乱中だ」
「んん!? どういうことですか!?」
彼女達はあっちこっちで聖水の泉の浄化をしつつ移動を続けていた。これは何より助かることだ。翔達、本物の勇者一行の仕事が大幅に減るのだから。もちろんこの事実を知る上級神官達は御使に非常に感謝していた。
『流石御使様!』
きっとここまで想定して蒼をこの世界に召喚したのだと。まさかとんでもないミスから蒼がこの世界にやってきたことは誰も知らない。
「アオイに感謝しねぇとな~」
ちょっと複雑な表情になっている翔の背中をレイジーがバン! と叩いた。
「キアイ イレヨウ!」
相変わらずルチルはアレクサンドラと目を合わせないようにしているが、気持ちはやる気に満ちているようだった。
「さあさあ! 我々は我々でこれから忙しくなるぞ!」
いっぱい食べろ! と、翔に負けず劣らず頬張り始めたアレクサンドラを見て、ただただ呆気にとられるのだった。
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