第6話 新入りと勘違い

 よく喋るグリフォンことオルフェはキメラである。聖獣であるグリフォンと人間の。


「おぉやはりそうか! うむ。なんとなく察していた私はやはり天才だ」


 フィアもキメラであることを告げると、オルフェは意気揚々と適当なことを喋り続ける。蒼の家のキッチンで。

 大きなグラタンざらの中にはスコップコロッケ、それからオニオングラタンスープ。各自の皿にはチキンソテーと茹で野菜がすでに置かれていた。


(これ、丸く形を作るのより楽なんだよね~)


 人数が増えたので、手間を減らした料理も増えてきた。

 蒼がスプーンでコロッケを取り分けながら、全員がオルフェの話を聞いている。


「フィアは大犬の性質が強く出てしまっているのだな」

「オルフェはそういうことないの?」


 アルフレドが神妙な顔をしてグラタンを見つめているので、蒼が質問を投げかける。


「ない。なんせ私はグリフォンの亡骸との合成だ。美しく凛々しい獣の肉体だけが私に適合した! だが! この中に存在するのは私の魂だけさ」


 そういってオルフェはウットリとしながら自分の心臓部分にそっと手を置いた。だがこの男、キメラになった時の記憶が混濁しているせいで、蒼達が欲しい情報をほとんど持ってはいなかった。


(フィアがそうなった合成された時ってどんな状況だったんだろう)


 フィアは耳をピンとたて、首を傾げていた。

 フィアと合わさったという黒い大犬はその時生きていたのか。そんな考えに浸っていると、オルフェはまだ話は終わっていないとばかりに声が大きくなる。


「と、言いたいところだが! グリフォンに本来備わっている強い性質というのは引き継いでいる」

「それは聞いたよ。恩も恨みも忘れないってやつでしょ」


 だから蒼は彼を秘密の家の中へと入れたのだ。グリフォンは恩を受けた相手をとても大事にする。仲間意識も強く裏切るような真似はしない。同時に、もしも敵から酷い仕打ちを受けようものなら絶対に許さない! と、相手をとことん傷めつける性質があった。


「ああ私の愛する救世主! 貴女への気持ちは恩だけでは決してないだろう!」

「はいはいわかったわかった」


 これまた演技がかって蒼の手を取ろうとするので、バシッと叩いてそれをやめさせる。すでにかなりの回数同じやりとりをしているのでアルフレドはしらけた目を向け、レーベンは苦笑いをするのだった。


「さあさあ諸君! 私の話を聞かせたいのは山々だが、この素晴らしい食事をいただいてからにしようっ!」


 郷に入っては郷に従えということなのか、オルフェはしっかりと『いただきます』をして食事を食べ始めた。


(鬱陶しいところもあるけど、こういうとこもあるからどうにも憎めないのよねぇ~)


 蒼もアルフレドもレーベンもどちらかというと落ち着いた人間だ。三人でいると穏やかな空気で過ごすことが多い。そんな中に突然飛び込んできたのがオルフェ。よっぽど会話に飢えていたのかよく喋る。聞くとやはりずっとグリフォンの姿のままだったのだそうだ。


『あの無礼者ども! 次に会った時は私の怒りを知るだろう!』


 そう憤っていたので、蒼は期待を込めて声をかけた。


『オルフェって強いんだ!』


 すると少し澄ました顔をして、


『私は高貴な生まれでね。荒事は全て周りの者に任せていたんだ。刃物など持ったこともない』


 そうアルフレドに視線を送りながら得意気に語っていた。そういうことは任せたぞ、と言いたげに。アルフレドの方は苦笑いするしかない。


『ああでも! キメラ能力を得てからというもの、風の魔法は大の得意になったのだ。主な用途は防御魔法だがね』


 それ以外にオルフェができることは主に二つ。

 グリフォンに姿を変え、空を飛ぶこと。そしてグリフォンの姿のまま小さくなること。


「やっぱり小さくなれるんだ」

「すごいだろう! おそらくキメラ化させるための触媒に竜の一部が組み込まれているからだな!」


 そこはフィアと一緒であるということは、やはりフィアのキメラ化はかなりいい線をいっていたのだということがわかる。


「小さいままならアオイと寝室を共にできるな? いや、別に小さくなる必要も……ヒィ! じょ、冗談の通じないやつめ!」


 オルフェの軽口にアルフレドが即殺気だった視線を送ったので、オルフェはあっさりと引き下がった。


「オルフェの私への愛もその程度ってことね~~~」

「こ、こら! やめないか! 嫁入り前の娘がそ、そんなことを軽々しく言うものではない……!」


 チラチラとアルフレドの方を確認しながら焦るオルフェ。彼はアルフレドを本気で敵に回してまで蒼を口説く気はないので、大人しく今は屋根裏部屋で眠っている。

 あっという間にここの快適な生活に順応したオルフェは、


「御使達め。たまにはいい仕事をするじゃないか」


 そう偉そうに感想を述べていた。  


 そんなオルフェがさらに偉そうになるのが、道中の偵察だ。やはり空から先を見通せるのは地上組には大変助かる。魔物の気配はアルフレドがいるので問題ないが、道が塞がっていたり、行き倒れている人がいたり、小さな集落を見つけたりと事前に情報が得られるのは大きい。


「大規模な商隊が先にいたぞ」


 地上に降り立ったオルフェはゆったりとした服を羽織っている。一部の魔法使いが好むような服装だ。変身の度に服の着脱が必要なので、本人も気に入っているようだった。


「おぉ! ちょっと久しぶりね~」


 魔物が溢れているせいで物流が滞り気味になっていることは知っていた。最近、商人達はなるべく固まって、護衛と共に移動するようになっている。


「どうしましょう? 追いかけてナッツ類や茶葉を譲ってもらいますか?」

「ドライフルーツもあと少しだったよ」

「あの数じゃあ聖水の補給もした方がいいだろう。助けてあげたらどうだね?」


 口々に蒼の方を向いて、商隊を追いかける理由を告げる。理由は色々だ。好奇心、戦力不足への心配、ただの気晴らし……。


(私に確認取らなくってもいいのになぁ)


 彼らからの配慮はありがたいところだが、遠慮されすぎな気もしていた。


「聖水を提供して諸々補給させてもらおうか! オルフェ、どのくらいで追いつけそう?」

「英断だな! 今のペースなら半日もあればいけるだろう」


 だがしかし、なかなか予定通りにはいかなかった。


「上から魔物がくるぞ!」


 商隊が視界に入り、あちら側の護衛もこちらに気がつき、蒼が手を振って挨拶をしたまさにその瞬間だったのだ。人面鳥ハーピーの群れが上空からダイブするかのように飛び込んでくる。

 アルフレドの大声で一部の魔法使い達が防御体制に入ったおかげで初撃が防げたのが大きかった。


「行きたまえ! ここは私が!」


 オルフェがアルフレドの方をみて大声を出すと同時に、頭の上に風の渦を作り出した。傘のように蒼やレーベンの頭上にもそれが。それを確認してアルフレドとフィアがすぐにハーピー討伐の加勢にと駆け出していった。


「悪いが風の防御魔法は三箇所が限界だ!」


 馬達と共に大きな風の渦の傘の下にいるオルフェはこれから蒼とレーベンが何をするかわかっているようだった。だがその風の防御魔法は蒼が動くと自動でついてくる。なかなか便利だ。


(適当に聞いているかと思ってたけど、ちゃんと覚えてたのね~)


 蒼達はこういう出来事に遭遇した場合、それを放置しない、ということをオルフェには伝えていた。そしてその場合、アルフレドとフィアが戦闘に出て、蒼とレーベンは敵の隙を見て怪我人に聖水で処置をしているということも。彼はいつも自分の話をしたがっていたので、まさかちゃんと理解してくれているとは、という驚きがある。


「レーベンはあっちの人お願い!」

「了解です!」


 商隊の荷物がダメになっては困ると、アルフレド他、護衛兵達は少し離れた場所で戦闘を続けていた。その間に二人は怪我人の介抱を続ける。


「おいレーベン気をつけろ! 敵が来ているぞ!」


 治療に集中し過ぎていたせいで、ハーピーの一部がレーベンを狙っていることに気が付かなかったのだ。オルフェは服を脱ぎ始めていた。グリフォンへと変身して体当たりするつもりなのだ。

 だがカーライル兄弟はなかなかできる兄弟である。すでに気づいていたフィアが素早く駆け戻り、レーベンに迫るハーピーの首元をひと咬みで倒した。


「助かったよ」


 嬉しそうにレーベンに頭を撫でてもらった後、フィアはまた慌ただしく戦闘へと戻っていった。

 そうして彼の目の前には、半裸状態のオルフェが。


「うむ。実に素晴らしい働きだ」

「オルフェさんの強力な魔法に頼り過ぎていました! 気をつけますね」


 彼が自分を助けようとしてくれたことはレーベンもわかっているので、急いでオルフェの服をなおしながらお礼をいった。もちろんオルフェは満足そうにしている。


 戦闘は間も無く終わった。


「ずいぶん数が多かったな」

「人通りも減ったからな。魔物も獲物が足らんのだろう」


 損害を確認しながら商人達が話している。


「ほんっとーに助かりました! あなた方がいなかったと思うとゾッとしますよ」


 商隊長が直々に蒼達一行に頭を下げた。襲撃の規模を考えれば損害はかなり小さい。怪我人に関しては聖水のおかげでゼロなのだから。これは怪我の直後に処置したから、という理由も大きいのだ。


 そんなこともあり、蒼達は希望の商品を格安で譲り受けることができた。


「やっぱ人助けはするものね~!」

「まさかアーシュのシロップの取り扱いがあるとは」


 こんな風に本人達は実に呑気な会話を繰り広げている一方で、助けられた商隊の商人や護衛兵達は噂話に力を入れていた。


『あの方々は勇者の一行ではないのか?』


 と。


 それは商人達の間でまことしやかに広がっている噂だった。本物の勇者は対魔王軍に参加しておらず、御使より選ばれた英雄の末裔達と共に魔王浄化のためにこっそりと旅を続けていると。


「しかし対魔王軍のおかげで世界はギリギリ平和を保てているぞ?」

「いや、本物の勇者ならもっと成果が出ているのではないかと言う者もいるんだ」

「つまらん結果論だな」


 小さな声でコソコソと。


「私も聞いたことがある……。戦士とテイマーと、強い浄化作用を持つ聖水を操る女性に助けられた商人の話を」

「あ! それは私もあるぞ! 神官でもないのに瘴気の影響を受けないとか」

「となると、神官の末裔か……勇者の……」


 全員が顔を見合わせていた。


「ここだけの話だが……御使に選ばれた神官の末裔様はまだ合流できていない、という話もある。東方の国のご出身故に移動に時間がかかっているとか」

「おぉ! それは私も聞いたことが……!」


 出るわ出るわの噂の数々。商人は情報収集力が高い。

 全員が小さく興奮している。そしてチラチラと蒼達を見ていた。


 圧倒的な戦闘力を持つ戦士に大犬を操る少年テイマー、特殊な風魔法を使っていた魔法使い、そしてなぜか強力な浄化作用の聖水を惜しむことなく他人に使う黒髪の女性……。

 

「きっとあの方々が勇者の御一行なのだ……!」

「シッ!」

「ああ……これは我々だけの秘密だ……!」


 とはいえ、人の口に戸は建てられない。この噂は徐々に徐々に、世界に広まっていくのだった。

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