第5話 もう一人のキメラ

「言ってやりました! 言ってやりましたよ!」


 サラは後方部隊の待機所で興奮気味に騒いでいた。人生、大声とも悪行とも無縁そうな彼女がに啖呵を切ったのだ。


 蒼達が『魔王に与する者』に対抗するため、対魔王軍の一部の助っ人にやって来て一週間後、ついに本人が登場した。

 その男はまだ若く、ニヤニヤと驕り高ぶった表情で現れた。野営地に堂々と、空から。綺麗な長い黒髪が靡いている。巨大な大鷲のような翼と獅子のような胴体の怪物に跨っていた。


(予言通ね! グリフォン登場!)


 そう。だからその場にいた兵達も落ち着いたものだった。聖獣であるはずのグリフォンが魔王側についた人間に従っているというのに。

 もちろん、敵は怪訝そうな顔になっていく。


 予知加護で見えるのは映像だけ。サラは木々の影の位置から大まかな時間を計算し、日が沈む少し前ということはわかっていたが、日付まで判明するほどの情報はなかった。そのため、非戦闘員は事前にを行っていたのだ。敵が現れた今、ただ粛々と予定通りに動くのみ。

 だが、ここで一つ予定外の出来事が。


『観念なさい! あなたの企みはここで終わるのよ!!! こんなところまで抜け抜けとやってきて! な、なんてお馬鹿さんなのかしら!』


 ギョッとした顔のテオドアに担がれて、サラはキャッキャと『魔王に与する者』に指をさし、大笑いしながら予定通り戦闘区画から離れていく。その様子に呆気に取られたのは蒼だけではない。味方の兵士達も、もちろん言われた本人与する者もだ。

 サラはいつも落ち着いた穏やかな声で人々を安心させている。生まれた頃からそれほど感情を起伏させることもなく、むしろそれを強要されて生きてきたので、一度タガが外れてしまうとなかなか元には戻せないようだった。


(この程度の罵り言葉で大興奮しちゃうんだもんな~)


 テオドア(と担がれたサラ)の後ろを走りながら、まだまだコンサート会場にいるかのように昂った表情の爛々とした目つきのサラについつい視線がいってしまう蒼だった。いや、隣を走るレーベンも同じだったので誰もがそうなる出来事だったのだ。

   

「救護班はこっちに!」

「運び出せた物資はこの辺りにまとめてくれ」


 後方支援組も慌ただしく『その後』に備える。サラの予知では現在三パターン。


 一、それなりに怪我人は出るが、敵を確保する。

 二、少数の怪我人が出て、敵に逃げられる。

 三、こちらは被害なしで、敵を確保する。


 もちろん目指すは三番目。テオドアが蒼達を連れてきたことにより、敵も味方もボロボロパターンが消えていた。アルフレドとフィアがいるのはもちろんだが、他の兵士達のコンディションがいいのだ。

 一週間蒼の作ったご飯をもりもり食べ、長い戦いで疲弊していた体が見事に甦っていた。だが本人達はそれを単純に体を休めた効果だと思っている。蒼の家の中で作った料理ではないので、効果が出るのがいつもより緩めだったのだ。それで兵士達は、なんだか最近調子がいいぞ! 程度に感じている。


(悪いことしてないのになんかソワソワしちゃうわね……勝手に薬物混入してる気がして……)


 実際のところ、聖水が手に入る地域では似たような調理をすることがあるので問題はないのだが。もちろん、蒼はなんだかんだ素知らぬ顔で提供している。


 聖水入り特製ポトフの他に麺類も人気があり、うどんやラーメン、焼きそばは全てあっという間に売り切れた。最初はお手伝い程度のつもりでいた蒼だったが、兵達の期待の目に耐えられずバリバリと料理番をこなした。そのため途中でが足りなくなり、


『スッキリしたいんで身体拭いてきまーす』

『ちょっとお花を摘みに~~~』


 などと言って、何度かバタバタと家へと調味料だけ取りに走ることになった。週の変わり目でなければまた違った結果になっていたかもしれない。


 何度か大きな音が蒼達の耳に届いた。羽の音や獣の鳴き声も聞こえてくる。


(グリフォンの方もちゃんと捕まえられたかな?)


 敵に逃げられないように、『魔王に与する者』にだけ集中しすぎないよう役割分担も捕獲方法もすでに決まっていた。


 そして予知の通り、対魔王軍は勝利を収める。多少の怪我人はいたが、無事敵を生きたまま捕まえた。 


「捕らえてしまえばこちらのものです」


 サラの目はまだ爛々としていたが、声色は元に戻っていた。そのせいでちょっと不思議な怖さが増している。 


「クソッ! ハメられた!! あのクソ女!!」


 手足が縛られた長髪の若者が悪態をついていた。『クソ女』はどうやらサラのことではないようで、一人で勝手に悔しがり続けている。


「誰にハメられたのですか?」


 サラはゆっくりと尋ねる。するとその若者はまたニヤついた表情になった。


「はぁ? 言うわけねぇだろ」

「そう。ではまた後ほど話しましょう」


 兵士に担がれて若者はテントの中へと連れていかれた。


「……拷問でもするのかな?」


 コッソリとアルフレドに尋ねる。


「いや。そんなことすると魔王の力を増加させてしまうかもしれないからね。とりあえず自害されないようにしてるんじゃないかな」

「そうか。記憶を読み取る魔術があるんだっけ」


 なにも拷問せずとも情報を引き出す方法は色々とある世界だ。


「いえ。彼はしばらく私とどっぷり二人きりになるのです」


 いつの間にか蒼の隣にいたサラはニッコリと微笑んでいる。満足のいく結果になったせいかご機嫌だ。


「滅多にないけど……記憶操作の魔術も一応存在するんだ」

 

 ここまでやる敵だ。そのくらい想定している可能性は高い。

 解説のアルフレドの言葉を聞いてサラはゆっくり頷き、ネタバラシをするよう得意気に蒼の方を向いた。


「私の予知は、他人の顔を見つめて初めて発生します。彼だけを見つめ続ければたくさんの予知が見えるので、少しは情報を得られるでしょう」


 彼が泣いて改心する未来が見えればいいのですが、それはあまり期待できませんね。とのことだった。


「テオドア。鏡の用意もお願いしますね」

「もちろんです」


 サラは自分の未来予知に鏡を使う。


「ご機嫌な気分でいる自分を見たいわね」


 フフフと声を出して笑っていた。だが今度は目が笑っていない。それがまた不気味で、蒼は少し戸惑う。ちょっと前までのサラと雰囲気が変わっている。

 それを見たテオドアが後でコッソリと彼女達に教えてくれた。


『……サラ様は子供のように可愛がっていたお弟子様が魔王軍の手によって……』


 自分の恨みつらみをグッと抑えてはいるが、これ以上被害を出させてたまるか、と思っているのだ。それが自分の手でなせることに気持ちも高揚していた。なにがなんでも情報を集めるつもりでいる。


 さて、グリフォンの方はというと、キュウキュウと許しを乞うような鳴き声を出し続けていた。


「聖獣が命乞い……ありえない」


 あっちこっちで似たような声が上がっていた。グリフォンは誇り高い聖獣だ。たとえ負け戦だとしても命が尽きるまで戦い続ける。


 蒼の方はサラに言われていた。それはちょうど昨夜の話だった。急にサラがぼーっとしたかと思うと、予知が見えたとちょっと本人も驚いたように蒼に話たのだ。


『アオイ様と一緒に旅しているグリフォンが見えます』


 だが、


(グリフォンなんて飼えないって……なに食べるってのよ) 

 

 というのが蒼の本音である。


 予知のことを知っているアルフレドとレーベンそしてフィアがどうする? という視線を蒼に向けるので、とりあえずグリフォンの近くまで行ってみる。


「このグリフォンは誰か傷つけた?」


 見張りの兵に尋ねてみると、


「いえ。逃げたかったようですが、どうやら『与する者』の魔術のせいで逃げられなかったようです」

「グリフォンらしくありません!」


 テイマーでも聖獣は使役できない。特殊な魔術を使ったのか? と兵士達は議論を始めていた。


「ん? なにか首元に……」


 気付いたのはレーベンだった。


「げ! あれは!」


 魔法陣の刻まれた鎖だ。金のツノをもつ同じく聖獣の大鹿に巻かれていたのと同じ。羽に埋もれているが、黒い宝石もついている。


 離れて離れて~~~……と、兵達を遠ざけた後、蒼はコツンと借りた聖銀の剣を鎖に当てる。案の定、瘴気を放った後でガシャんと音を立てて地面へと落ちた。


 グリフォンは嬉しそうに頭を前後に動かした後、見たことのある光を放ち始める。


「え!!?」


 声を出したのは何も蒼だけではない。何人かは剣を抜いていた。

 ゆっくりと光が引いていった後には、真っ裸の銀髪の美しい男が。背は高いが華奢だ。


「おぉ! なんと! あなたは私の救世主だ……!」


 グリフォン用の手足の枷はすでに外れている。その男は真っ裸のまま両手を広げて蒼の方へ満面の笑みで駆け寄ってきた。


「ど、どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 という蒼の叫び声は長く続かない。アルフレドがきっちり抑えこんだからだ。


「ぐ、ぐえぇぇえ! や、やめたまえ! 私の美しい体に傷がついたらどうするんだ!」

「よく喋るグリフォンだな」


 珍しくアルフレドはドスのきいた声だ。

 だが、この場にいる蒼達一行は全員どうしよう……という言葉が頭を駆け巡っている。こいつと一緒に旅することになると? と。


(この予知はハズレだな)


 これも全員同時に思ったことだ。


「変身能力があるんですね」


 レーベンが、魔法ってすごいなという感想を述べていた。最近はこれまで伝説だと思っていたアレコレに触れることも多く、これもその一部だろうくらいに考えていたのだ。だがその予想は外れた。


「違う! 私は哀れにもキメラにされた被害者なのだ! この美しさを永遠に保とうと……うぅ……」


 グリフォンは悲劇のイケメンを気取り始めているが、もちろんそんなことは誰も聞いていない。


「「キメラ!?」」


 そんな単語が出てきては、全員諦めて認めるしかないのだ。


 この男と旅をすることを。

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