第7話 お家時間

「でええええええ!」


 蒼は久しぶりに全力で走っている。なぜなら大量の魔物に追いかけられているからだ。珍しくアルフレドが撤退を指示するほどの数の魔物がすぐそこまで迫っていた。

 オルフェがうまく後方に大きな風の壁を張り、その間にできる限り距離を取る。


「か、鍵ぃぃぃぃ!」


 門はいつも一瞬で出てくるが、その一瞬すら長く感じる。


「早く!!!」


 息を切らしながら全員が門の中へ飛び込んだ。最後にアルフレドが入ってくると、蒼とレーベンがガシャンと乱暴に門を閉める。肩で息をするアルフレドとフィア。パニックを起こしてグリフォンに変身し損ね半裸になっているオルフェは地面に真っ青になって倒れている。 


「動けない……誰かソファまで連れていってくれ……」


 ルーとヒューリーは休息日、ということで庭でノンビリしていたところに蒼達が慌ただしく戻ってきたので、少し離れたところから耳をくるくる動かしつつ様子を伺っていた。

 

 屋根裏へ駆け上がり外の様子を確認すると、魔物がキョロキョロとを探す仕草をしていた。


「これって……」

「ああ。明らかに俺達を狙っていたようだ」


 アルフレドも眉を顰める。


「あ!」


 レーベンの声と同時に、後方からやってきた魔物群の中の一匹が、ぐにゅぐにゅと歪みながら人の形へと変わっていった。黒髪の若い男だ。頬に大きな傷がある。まだ息が上がっているオルフェは、


「はっ! なんと美しさのカケラもない変身だ!」


 走らされた腹いせのように悪態をついていた。


「まだ他にもいたんだ……『魔王に与する者』……」


 確かに、すでに対魔王軍に囚われている軽率そうな若者一人で、こんな大それたことをやったとは考えづらかった。勇者を援護する上級神官達のような存在が魔王側にできたと考えるのが自然だろう。


 魔物はその後、五日ほど蒼達が消えたあたりをうろつき、最後は苦々しい顔で『与する者』が去っていったのを彼女達は確認した。


「もぉ~しつこかった~!」

「アオイの出自がバレたとか?」

「異世界出身だからってなんにもできないんだけど!?」


 全員がここまで執拗に追われる理由を考えていた。


(健康体くらいしか強みはないしな~)


 五日もの間、見失ったただの旅人達を探す理由がわからない。その間に聖水の泉を汚しに行く方が、魔王からするとよっぽど利のある行動だ。


「オルフェを取り戻しにきたんじゃない?」


 アルフレドがうーんと頭を捻りながらも答えを出そうとしていた。


あの男捕まった男は私の貴重性を無視して便利な乗り物程度にしか見ていなかった。その可能性は低い」


 フン! とオルフェは鼻息を荒くしていた。珍しくに怒っている。受けた恩は忘れないが、恨みも決して忘れないタイプなのだ。


「でも五日間も家の中で過ごしたのは初めてで、それはそれで楽しかったです」


 レーベンはいつもどんなことからも良い面を見つけようとしている。 


「そうだね~前は嵐が続いた時に三日間引きこもったのが最長かな?」


 改めてこの空間の安全性が確認できた出来事にもなった。


「アルフレドの手の込んだ料理は実に美味しかった!」


 オルフェが急に思い出したようにアルフレドを褒めた。それがいい記憶のせいか機嫌も治ったようだ。蒼もレーベンもフィアもうんうんと大きく頷いて同意する。

 アルフレドはこの休日を実に満喫したようで、ありとあらゆる料理を試していたのだ。


「アオイが教えてくれたおかげだよ~レーベンも手伝ってくれたしさ」


 屈強な冒険者がくねくねしながら照れている。彼の肉体的な強さを褒めてもこうはならないが、手料理を褒めるといつもこうやって嬉しそうに笑いながら謙遜するのだ。


いろどりが見事だ。特別感があるのもいい」

「お皿の中に立体感があるよね」


(やっぱ貴族出身だし、そういう食事の素養があるから?)


 蒼も茶色い料理が得意とはいえ、それらしき盛り付けはたまにしているが、アルフレドのそれはまさに貴族の食卓に出てきそうな煌びやかさがあったのだ。ガッツリとした丼物料理を愛する男だが、最近はかつての自分が食べていた繊細な料理にも興味が出てきたようだった。


「手間も愛情も惜しまないし、屋台料理もお任せしようかな」


 ふふっと冗談ぽく笑いつつ、実は蒼、半分本気である。キッチンに立つ彼の自然な笑顔を見ているからだ。


「も、もちろんいつでも手伝うよ!」


 アルフレドは、はにかんだ笑顔で答えた。


 この五日間。この空間で暮らすアルフレド以外の住民も、の世界のことを気にしつつ、各自家の中での生活を楽しんでいた。

 蒼は各地で手に入れた本を読み、新しい屋台の商品のレパートリーを考えたり、よくわからない風習や単語はアルフレドやオルフェ、そしてレーベンに尋ねた。


(街によって珍しい料理と馴染みのある料理で人気に差が出ることもあるし、見極めが難しいのよね~)


 そうして、パウンドケーキ、ドライフルーツサンド、ベビーカステラ、ロールケーキ、メレンゲクッキー等々とつらつらとノートに書き連ねる。やはり『甘いもの』は蒼の屋台の主力なのだ。


(アルフレドがもし本当に屋台を手伝ってくれるなら、実演販売メニューを増やすのもよさそう)


 お好み焼き、焼きそば、ケバブ、おでん、ラーメンといった文字もノートの上に増えていく。


「よし。とりあえずやってみて考えよう!」


 失敗しても死なないし、と開き直るように独り言を呟きながら、また別の本を開くのだった。


 オルフェは風呂にハマり、浴室でワインを飲んだり、キャンドルを並べたり、花を散らしたりと一人用の湯船を楽しんでいた。そしてその後はキッチンへ向かい、冷たいフルーツジュースやコーヒー入りのミルクを飲んだり、アルフレドや蒼の作った料理をつまみ食いしたり、ソファで昼寝をしたりと、実家に帰省中の学生のように怠惰に過ごしていた。


「長らくグリフォンの姿のまま劣悪な環境にいたのだ! このくらい許されていいだろう!」


 誰も責めてなどいないのだが、一人言い訳をしていた。


 レーベンは屋台を綺麗に磨いたり、ルーやヒューリーのメンテナンスをしたり、フィアを綺麗に洗ったりと、蒼がやらなくてもいいと言っても、


「僕がやりたいんです! 僕の手で綺麗になっていくものを見るのが好きなんです!」


 と言って聞かず、むしろちょうどよかったと新年に向けての大掃除のごとく、本格的に始めてしまった。

 フィアとは気が合うようで、兄であるアルフレドよりも一緒に過ごしており、いつも彼の側には黒い大犬が尻尾を揺らしながらウロウロとしているのを大人達が見ていた。


(まあ兄弟より友達と遊ぶ方が楽しい時ってあるしね~)


 そしてテイマーと勘違いされたついでとばかりに、二人でハンドサインを決めていたので、


「これあげる」


 蒼は防災リュックに入っていたホイッスルをネックレス状にしてレーベンへ渡した。ずっと昔に見た犬笛のことを思い出したからだ。レーベンもフィアも目を輝かせて喜んでいた。


 こうしてこの空間の住人は、襲ってきた魔物に文句を言いつつ、この突然降って湧いた休暇を満喫したのだった。


(週休二日ってだけじゃなく長期休暇のことも考えようかしらねぇ) 


 アルフレドが用意してくれた、寝ぼけまなこで見る、ホテルの朝食バイキングのようなテーブルを見て、不謹慎と思いつつも幸せを感じている蒼他全員だった。


◇◇◇


「見失った!? あの森でか!?」


 無精髭の大男が信じられないと大声を出している。


「ああ……俺の加護探知でも見つからない」


 頬に傷のある男が悔しそうに言葉を返した。


「そんなことがあるのか!?」

「魔法使いの末裔の仕業かもしれん」

「英雄の遺産か……あらゆる古代魔法が記されているという」


 もちろん、そんなものを蒼達は誰も持っていない。なぜ彼らがそんな風に考えているかというと、


「クソ! やっと勇者一行の消息を掴んだというのに!」


 魔王軍の一味にそう勘違いされているからだ。


「……魔王の消息はどうなっている?」

「そっちはまだ……ああ思い出しても腹が立つ……あの女に騙されるとは……!」


 大男の硬く握られた拳が、ガツンと音を立てて壁に叩きつけられる。

 

 押し黙った二人の男達のコッソリとため息をつく音だけが暗闇の中で聞こえた。

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