第2話 母と子

 蒼達の目の前には何もない平野が続いていた。


大鹿聖獣の件、神殿に報告したいんだけど……もう少しこんな感じ何もないなんだよ」


 おそらくあの場で暴れたのはあの怪我をした大鹿なのだ。そして仲間が必死にそれを止めた。神域に魔物は侵入できない。だからきっとあの聖獣があの場で魔物のように暴れたのだろうと蒼は予想している。


(きっとこれが原因だよね~)


 黒い宝石付きのは聖水をかけたあとで布袋にツッコミ倉庫にしまいこんだ。あれから瘴気は発していないが念のためだ。

 正直なところ蒼は一刻も早くこのアイテムをしかるべきところに預けたい。一応毎日変化がないか恐る恐る覗いてはいるが、特に変化はなかった。


(もう壊れちゃったのかな?)


 最悪、何かあったら蒼の家の裏にあるにぽいっと捨てる心持ちで日々の日課に加わった倉庫チェックを続けていた。

 だがそうやって倉庫に出入りしている内に、元の世界でやり損ねていたあることを思い出す。


「バーベキューしよう!」

「……バーベキュー?」


 蒼が深夜に帰宅後、寝る間際までネットショッピングをし、勢いで購入したキャンプ用のセットがそこにはあった。


(『すーぐ形から入ろうとする!』って呆れられたな~)


 たまたま実家にいたため、代わりに荷物の受け取りをした彼女の弟からそう言われたことも一緒に思い出す。


「外で肉とか野菜を焼くの!」

「冒険者がやってるような?」

「あ……うん……そうそれ……」


 そう言われると、特別感が一瞬でなくなったように思えるが、


「わ~~~! 久しぶりだね!」 

「特別感があります!」


 男子二人組には無用の心配だった。


「蒼がいれば野営の必要もないしねぇ」

「でも僕、焚き火って好きです」


 倉庫から小さな焚き火台や網を持って門の外へと運ぶ。焼肉用の肉、それに玉ねぎやとうもろこし、アスパラにきのこ類、そして小さな鉄鍋スキレットにニンニクとオリーブオイルを入れたものを準備しておく。


(焼きそばも! ホットサンドも作るか)


 ここ一週間商売ができていないので食材は余っている。とはいえアルフレドとレーベンの食欲を考えるともあった方がいいと思うくらい二人はよく食べるのだ。


「美味しい~~~! なんでだろ! これまでも食べてたはずなのになぁ」


 アルフレドは焼肉のタレに浸した肉をと一緒に食べている。


「素材はもちろんですが、木炭もいいものでは?」

「どうなんだろ? そういえばこっちでは炭ってあまり見かけないもんね」


 この世界にやってきてから寒い冬に火鉢の中で見たことがあるくらいだった。冒険者も荷物がかさばるのでわざわざ持ち歩くこともない。


「あとは海鮮があればな~~~! 海老~イカ~ホタテ~~~!」


 ジュウジュウといい音といい匂いのする煙が夜空に向かって上がっている。蒼の冷蔵庫は海鮮の種類が少ない。

 

「デザートはマシュマロじゃ~~~! スモアよスモア! 一回やってみたかったんだよねー!」


 ビスケットに焼いたマシュマロとチョコレートを挟んで出来上がりだ。蒼もいつにもなくテンションが高くなる。


(まさか異世界でこっち野営の方が非日常になるとは)


 あれだけ肉も炭水化物も食べたと言うのに、アルフレドもレーベンもスモアを頬張って食べていた。


「これ、蒼の屋台で出したらどうかな!?」

「いいですね~出来立ての甘いもの!」


 そうしてマシュマロにどのトッピングがいいかと議論を交わし始めている。ナッツがいい、フルーツに合いそうだ、チョコの割合いは……。そんな姿を蒼はにこにこと眺めていた。こういうが続くといいな、と。


 急に我に帰ることになったのは、アルフレドとフィアが同時に立ち上がり遠くを見渡したからだ。すぐにレーベンは蒼の側へと駆け寄る。いつでも逃げられるように。


「変な気配だ……」


 アルフレドの——戦士の末裔の——加護は感知能力。最も強力な加護を持つアレクサンドラは周辺の街まで魔物だけではなく通常の人間を探索することもできるが、アルフレドは魔物感知にのみにその加護を発揮する。つまり彼の加護に引っかかったということは、魔物かそれに類するものが近くにいるということになる。


「ええっとええっと……!」

「これですね」


 痒いところに手の届く少年レーベンから双眼鏡を渡された蒼は、そのままそれをアルフレドの方へ。フィアは警戒しながらも蒼とレーベンの側でジッとしている。


「……人がいる。女性と子供だ……」

「こんなところに? 商人かな?」


 ここ最近、三人は人とすれ違うこともなかった。


「訳ありでしょうか」

「そんな気はするよね~」


 レーベンも蒼もまだ距離があるからか呑気に理由を考えている。


「こっちには気づいているけど……」


 アルフレドは警戒を解いてはいないが、どうも女性と子供という組み合わせのせいか内心心配しているのがよくわかる。あちらもどうしようと立ち止まっているようで、余計気になるようだ。


「この辺に灯りなんてここくらいだろうし、そりゃあねぇ」


 どうする? と三人で顔を見合わすが、どうせ三人とも放っておくことはできない。


「ちょっと見られても問題ない程度に片付けとくか……」

「普通の焚き火にしておきましょう」


 結局場を整えた後、蒼とアルフレドが彼女達を迎えに行き、レーベンとフィア、そして急遽外へ出されたルーとヒューリーが焚き火の場所で待つことに。


「怪しかったらすぐに逃げるよ」


 アルフレドは先ほど感じた嫌な気配を忘れたわけではなかった。


「了解~」


 相手も剣を持った冒険者より、非力そうな蒼がいた方が安心するだろうと思って彼女はお迎え組に立候補したのだ。


 二人が近づくと、その女性は子供の前に立って少し後ずさりをした。こちらを警戒しているようだったが、やはり蒼を見て少し安心したように体の力みが取れたのがわかる。


「こんばんは! あの、なにか、その、お困りのことがあるんじゃないかと思って!」


 第一声を考えておらず、いつも通り蒼はアタフタとしてしまう。


「俺達は旅商人なんです。よければ火にあたりませんか?」


 アルフレドがフォローするように情報を追加する。

 母親の背中から顔を出した少年は顔色を伺うように上を見上げている。それで蒼は今こそ! と、先ほど作っていたスモアを手渡した。


「よかったら。美味しいよ」


 母親が頷いたのを確認して、その少年はバクバクとそれを食べ始める。途端に表情が明るくなっていった。


(お腹すいてたんだろうな)


 母親の方は旅用の荷物を背負っており、服は薄汚れていた。


「ありがとうございます……その、申し訳ありません……失礼な態度を……」


 息子がとても嬉しそうに食べている姿を見たからだろうか、その女性は安心したというより、心を決めたようだった。蒼達を信用すると決めたのだ。


「こんな世の中です。警戒して当然ですよ」


 その親子は蒼達の野営地へやってきて一緒に一晩過ごすことに。

 母親の名前はサニー、少年の名前はミュスティーといった。黒髪の親子でミュスティーはレーベンより幼く見える。あまり話すのが好きではないようだった。


「どちらから?」

「ブルベリアからです」

「ってことは……」

「はい……私達が住んでいた場所も最近戦場に……それで二人で別の街へ行こうと」


 ブルベリアは魔王軍と勇者率いる対魔王軍が日夜戦闘を続けている、と言われている場所だった。 


(しょうくん……)


 ブルベリアに行けば会えるだろうかと、なんとなくこの親子がやってきた方向へ目を向ける。

 

「これも……美味しい」


 ミュスティーは小さく微笑みながら、ゆっくりホットサンドを食べていた。サニーは自分の分も与えようとしたが、レーベンがすかさず別のホットサンドを弁当かごから取り出して彼に手渡す。


「お口にあってよかった」

「本当に助かりました。こんなゆっくり温かな食事をとったのも久しぶりで」


 サニーもやっと少し安心した表情になっていた。これまではまともに食べることなく、ただ逃げることを優先していたのだと。


「なんとかグレーリー平原まで来れたのね……」


 周辺を見渡してサニーは今更ながら気づいたようだ。そこそこ離れたところまで逃げ延びたのだと。


(必死だったんだな)


 彼女達の苦労が偲ばれるが、サニーの方はそんな中でも悲壮感はなく、むしろ力強くあり、ミュスティーは落ち着いていた。


「あの……戦況は……」


 蒼が聞きたかったことをレーベンが聞いてくれた。彼もこの世界の行末は気になる。


「拮抗しています。魔王軍は多くの魔物を統率し、勇者は英雄の末裔達を集めているので、お互いそうそうやられることはありませんから」


 魔王軍のことも、勇者側のことも腹立たしく思っている、そんな吐き捨てるような言い方だった。


(そりゃあ棲家がなくなったらそんな言い方したくなるわよねぇ)


 翔がそう思われるのは悲しいが、サニーの立場を思えばわからなくもない。


「……腰に刺している短剣は」


 アルフレドは少し聞き辛そうに、しかし聞かねば、と思っているはっきりした口調で尋ねた。


「ああこれ……申し訳ありません。少し瘴気を纏っているのです」

「持ってて大丈夫なんですか!?」

「鞘が影響を抑えているのです。まさかおわかりになる方がいるとは」


 なんでそんなものを!? と、ギョッとしている三人を見てサニーは少し笑っていた。


「これは御使ギールベの眷属である大鹿のツノで使った短剣なのです。瘴気を纏うことによって人間にも効果があって……もちろん、魔物にも十分な力を発揮しますし」


 人間もビビり、魔物もビビる武器。一挙両得ということだ。


(対人間用の瘴気武器か~)


 女性と子供で旅するのはかなりの危険を伴うのだと、久しぶりに恐怖という感情を蒼は思い出す。

 鞘も御使の眷属、大亀の甲羅から作られていた。瘴気を漏らさない優れものだ。


「サニーさんは大丈夫なんですか? 瘴気の影響は?」


 鞘が瘴気の力を抑えていても、鞘から出せば影響はある。


「大丈夫です。我が家は神官の末裔なので」


 それで納得だ。この短剣は彼女の家系が代々受け継いでいた遺産。なにより家系にあった武器だろう。


「……英雄の末裔が戦いもせず、ご批判もありましょう。ですが今の私にはなによりこの子が大事なのです」


 アルフレドはバツが悪いのか黙ったままだ。彼も戦士の末裔だがここにいる。


「そりゃあそうですよねぇ~」


 蒼がのんびりと肯定したので、今度はサニーの方が驚いた表情になっていた。


「そんなに気楽にかまえて……勇者が負けてもいいの?」


 これまであまり喋らなかったミュスティーだ。少しだけバカにするような言い方だった。


「ミュスティー!」


 母親が息子の発言に慌てふためいている。自分達を迎え入れてくれた人にそんな失礼な態度をとるとは。


「そりゃ困るけど、私達が争わずこんな風にのんびりしてたら魔王の力にはならないんでしょ? その間にきっと勇者は知恵と工夫で魔王をどうにかするわよ~だからほら、ミュスティーも美味しいもの食べてニコニコしてよ!」 


 蒼はミュスティーの態度を、単純に年齢からくる小生意気さと捉えていたので、むしろ初々しさを感じて楽しんでいた。レーベンはそんなところが少しもないので、久しぶりに大人ぶっている。


「……」


 ミュスティーの方も、焼きたてのマシュマロ串を黙って受け取っていた。


 翌朝、サニーとミュスティーは知人を頼りに蒼達とは反対側へいくというので、お互いの無事を祈りながら別れた。


「またいつか!」


◇◇◇


「戦士の末裔がいた……魂を二つ持つ犬も」

「ええ。でも助かったわ。肉体には栄養が必要だもの」

「アオイは何者だろう……感じたことのない魂だった」

「何者でもいいわ。たいした力は感じなかった。御使リルの加護なら自分の身を守るだけだろうし」

「あんなに美味しい食事は初めてだったな……」

「そうね」


 そんな母と息子の会話が蒼達に届くことはなかった。 

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