第3話 思いがけない遭遇
最近、外は寒い。門の外の話だ。季節もそうだし、今蒼達は北上しているせいもある。なんせ彼女達が目指す天空都市ユートレイナはずいぶん寒いところにある。
「今日の朝食は優雅にフレンチトーストです!」
「あのジュワッと甘いやつ!」
「因みに本日の屋台のメニューもこれです!」
「いいと思います!」
蒼はリデオンでちょっぴり大きな買い物をしていた。兵士育成の街だけあってか鍛治屋がいくつもあり、武器を作る素材としてあらゆる鉄鋼が揃っていたので、特注品を作ってもらったのだ。料理用の平たい保温バットを。
保温に適した鍋は既に持っている。スープはいいが、焼き串やホットサンドなどを屋台に出すには適さない。だから特別に作ってもらった。
(ガラスの蓋もいい感じ!)
蒼はニコニコだったが、ありがたいことにすぐに商品は売れてしまうので、お客がその蓋がしまっているのを見ることは少ない。
あのアレクサンドラ・カーライルに頼まれて断れる鍛冶屋はいないというのも幸いし、短期間で蒼の手元に届いた。
「魔法道具でなくとも色々できるもんだね」
アルフレドはその効果を確認し、いたく感動している。
「そうね~屋台専門の調理器具ってそもそもそんなに需要はないから、わざわざ作んないだけかもしれないけど」
まったり朝食も食べ終わり、三人でのんびり屋台の準備中だ。
今日はメニューはフレンチトーストと焼き串。ここ数日は御使リルを祀る神殿のある、サノアという中規模の街で販売している。
「うぅ……! 今日はまた寒いねぇ。レーベンに合うコートが見つかるといいけど」
「すみません……明後日に市が開かれると聞いたのでそれまでお借りします」
「いやいやいいのよ! むしろデザインが気にならないならいっぱい着てね!」
レーベンの冬装備のことをすっかり忘れていたのだ。なんせ彼は身一つで倒れていた。最近は蒼が以前この世界で購入したコートを着ている。身長が蒼とそれほど変わらないのでちょうどいいのだ。
「アルフレドのは大きすぎるもんねぇ」
「……アルフレドさん、本当にお父さんと合わなくていいいんでしょうか?」
実は今いるサノアという街には、対魔王軍の一部が逗留していた。
(まさかアルフレドのお父さんがいるとは……)
相手が気付く前にアルフレドがいち早く察知し、
『か、鍵っ!!!』
と、大慌てで門の中へと入っていったのだ。
「トラウマというか……嫌悪してる感じだったから……」
顔を真っ青にしていたからよっぽどだ。会いたくないなら会わなくてもいいんじゃない? と、蒼が言うとあからさまにホッとしていたので、蒼もレーベンもアルフレドが門の外へ出ないことに特に触れない。
なんとなく事情を察している社会人経験者蒼と、父親と離れて暮らしているレーベンとではそれぞれ表情は違うが。
一方、フィアの方は特になにも感じていなかったようだ。元々前妻の子である、アレクサンドラ、アルフレドよりファーラとフィアの方を可愛がっていたという話なので、あまりネガティブなイメージもないと予想している。話せないので実際のところはわからないが。
(うーん……複雑!)
とはいえフィアもアルフレドの気持ちを優先してか、門の外に出ることはなかった。
蒼は翔の情報を探りに、毎日対魔王軍が体を休めている御使リルの神殿に差し入れをしに行っていた。商売を始める前に顔を出し、三日目ともなるとわらわらと喜んで蒼を迎え入れてくれる。
「今日も来てくれたのか!」
「悪いねぇ」
「いえいえ。皆さん、お加減どうですか?」
彼らはこの街で傷を癒すと、再び前線へと戻っていく。少し前まで蒼達も通ったグレーリー平原の穀倉地帯を守っているのだ。ここがやられてしまうと、食料問題が起こり、さらに人間側は不利になっていく。
「お陰様で全員体調がいいんだ。美味い飯はいい薬になるんだな」
兵の一人がミネストローネをあっという間に食べ終わり、ご機嫌になっていた。
蒼はいつも聖水で作ったスープを差し入れている。彼らは蒼のことを知らないようだったので、蒼も自分の身元を伏せていた。そのためなんだか最近調子がいいぞ、と対魔王軍に所属する兵士達は思っている。神殿にいる上級神官もそれがいいでしょうということで話がついていた。
「ユートレイナか~そんな遠くまで何しに?」
屋台の前で地元の職人のような格好をした男性は、フレンチトーストも焼き串を両手に持って、ニコニコと交互に見合わせながら蒼達に尋ねた。
「……一生に一度行ってみたくって」
「ああ~なんだかすごい街だって話だもんな」
屋台の売れ行きも上々。物珍しさに連日人は絶えない。この辺りになると、ちょっと珍しい料理を出しても『遠くの国の料理』という名目で大丈夫な気が蒼はしていた。
(明日は焼きおにぎりにしてみよっかな~……うーんちょっと攻めすぎ? リゾットくらいの方が馴染みあって食べやすいのかな……)
なんてことをのんびり考えていると、太陽が急に遮られ目の前が影で暗くなる。
「両方いただこう」
「うわっはい!」
蒼は動揺した。レーベンもそうだ。押し黙って、いつものにこやかな表情が引き攣っている。黄金の髪に朱色の瞳、背は高く精悍な顔つきの中年男性が目の前に現れたのだから仕方がない。
(絶対アルフレドのパパじゃん!)
顔がよく似ている。すぐにわかるほど。後ろには彼のお付きなのか騎士風の男性が二人いた。鋭い瞳で蒼達の方を見ているので、アルフレドを隠しているのがバレているような気がして冷や汗が出てくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
やりとりはいたって普通。だが蒼に代金を渡す際、一枚、小さなメモも一緒になっていた。
<神殿 三階 右奥の部屋まで>
走り書きのようなメモだった。
「……行くんですか?」
一緒にメモを読んだレーベンが不安気に蒼の顔を覗き込んだ。
「いや~これ……バレてるよね?」
アルフレドのこと。なんならフィアのこともバレていそうだ。
レーベンはコクリと頷いていた。
「今から行ってくる。お店お願いしてもいい?」
「僕も一緒に行った方が」
「ううん。私が帰ってこなかったら上級神官に伝えて」
気は乗らないが、先ほどのアルフレドの父親の雰囲気から悪意は少しも感じなかった。アルフレドから聞いていた印象とは違う。
(とは言っても、
あとはアレクサンドラに実質追い出されたことくらいだ。リデオンで彼の悪口を聞いたこともなかったことを思い出す。娘と息子からの評判が悪いが、その他にはそれほど害のある人物ではないのかもしれない、と蒼は見方を変えていた。
神殿の三階には、上級神官の執務室がある。アルフレドの父親が指定した部屋は来賓室だった。部屋の前には先ほど見た騎士が立っている。蒼を見ると、丁寧に頭を下げた。
「ジーク様、アオイ様がいらっしゃいました」
思っていたよりずっと丁寧な対応をされ蒼は戸惑ったと同時に、自分の名前まですでに知られているということは、すべてバレているな、と腹を括った。
「呼び立てて申し訳ありません。あの場では話せないことでして」
「いえ。それでご用件は」
このジーク・カーライルがすべてを知っていると仮定すると、用件になりそうなことが数多く予想できてわからなかった。
蒼はまっすぐ彼の目を見て尋ねる。怯えているなどと思われないように。
「私のことは息子や娘からすでにお聞きかと。恥ずかしいことですが、すべて事実です。その上で一つお願いが」
穏やかな声のまま、ジークは胸元から赤い宝石のついた指輪を取り出した。
「これをアルヴァに……アルフレドに渡していただけますか」
「これは……」
「息子の母親の形見です。アレクサンドラにはいらないと言われまして。しかし、私が持っていても魔物の腹に入ってしまうかもしれませんから」
アルフレドの母親の話は、リデオンにいた時に少しだけ聞いた。肖像画があったのだ。彼が幼い頃に亡くなっている。
「もし息子が受け取らなければその時はアオイ様がお持ちください。悪いものではありません」
「ええ!? それはちょっと……!」
まさかの方向に話が行ってしまい、蒼は手をブンブンふってそれはよくないとアピールする。
「いえ、息子が二人とも世話になっているのです。ここの兵達もアオイ様の差し入れのおかげでずいぶん回復いたしました」
これはもう、息子が受け取らないとわかっている会話だ。そしてやはり、フィアのことも知っていた。
(マジでカーライル家の情報網はどうなってんの)
当主だけが使えるなにかがあるという話だったが……と、蒼はまたそちらのことが気になり始める。
そして同時に、この件を押し問答しても無意味であることも蒼は知っている。
「わかりました……アルフレドが拒否しても、彼が受け入れるまで責任を持ってお預かりします」
「ありがとうございます」
ニコリと笑った顔がアルフレドにもアレクサンドラにも似ていた。
「息子達は……」
「元気ですよ。二人とも。よく食べます」
「はは! そうですか……アルヴァは昔からよく食べる子で……フィアはそうでもなかったんですが……そうですか……」
ジークの表情がしんみりとした微笑みに変わっていく。
(思ったよりずっと人間味がある人だったけど……息子の前だと違うのかな)
帰りは扉の前に立っていた騎士が蒼を送った。
「昔はお厳しい方だったのです。当主としての責任感が人一倍おありで……なんとかお家を盛り立てなければと……」
カーライル姉弟のことを知っているらしいその騎士は、主人が悪く思われるのが嫌なようだった。
「……あの後……アルヴァ様にその
だがそこで蒼も少しムッとしてしまう。
(そっちの事情ばかりなによ!)
基本的には公平な立場でいたいとは思っているが、実際のところ彼女はアルフレド側の人間なのだから。
「でも、やってしまったことは変えられません。アルフレドはずっと……十年も苦しんで……罪悪感から誰とも深く関われなくって……」
ジークの行動に十分な理由があったとしても、それはアルフレドには関係ない。息子であっても、家族であったとしても。
(十年前の出来事、ずいぶん消化はできたようだったけど……直接の原因の
それは生涯続くかもしれないし、もしかしたらいつの間にか怒りや嫌悪が治ることもあるかもしれない。
だが、自分が出過ぎたことを言ったせいで、かえって印象を悪くしてしまったと、シュンとなっている騎士を見て、蒼は慌ててフォローした。
「でもね、これからのことはわかりませんよ! だからどうかジーク様には無事に、魔王浄化の戦いを乗り切ってくださるようにお伝えくださいね!」
蒼の視線の先には、心配そうに売り切れの屋台の側で待っているレーベンが。手を振ると、ホッと彼の表情がゆるまったのがすぐにわかる。
「じゃあまた! 送ってくれてありがとうございました! 明日も差し入れ持って行きますね!」
「あ……え、ええ!」
赤い宝石のついた指輪は、案の定アルフレドは受け取らなかった。
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