第6話 婚約者
「ファーラの婚約者が来る!? いつ!?」
「婚約者候補だよ。アルヴァも同席しろ。そのくらい兄として役にたて」
リデオンにあるカーライル家の屋敷では、久しぶりに帰ってきた長男アルヴァことアルフレドの対応だけでもバタバタだというのに、急遽嫡子となったファーラの婿を決めるために各地から有力者の令息達がやってくることになっていた。
(しまった! やっぱりさっさと街を出るんだった!)
表情は変えなかったが、もちろんアルフレドはそう思っている。
『しばらくゆっくりするといい』
という姉の言葉をただ鵜呑みにして……いや、蒼が街を観光、そして商売をしたがっていたというのもあるが、しばらくリデオンに滞在することになっていた。
「明日から毎日一人ずつだ」
朝食の席でアレクサンドラは相変わらず楽しそうに話す。隣に座っているファーラはお茶のカップを手に苦笑中。蒼とレーベンは、これは聞いてもいい話? と、カップの中を気まずそうに見つめていた。
(やっぱ貴族って恋愛結婚じゃあないんだな~)
それとなく聞いていたが、こんな、まるで仕事の面接のようにして決めるとは。と、久しぶりに自分は異世界で暮らしているのだと実感する。
「……フォスター家の次男はどうなったんだ?」
アルフレドがおずおずと尋ねる。自分がいない間になにがあったのか聞くのは少々ばつが悪い。
ファーラが幼い頃、まだアルフレドの家出前にはすでに彼女には決められた婚約者がいたのだ。
「カーライル家なのに体が弱いだなんだと愚痴愚痴言っていたからな」
フン! と、アレクサンドラの目が鋭くなる。
「私から婚約破棄をお願いしました。ああ、今こそあの方の顔を見たいわ! まさか不良品だと捨て台詞をはいた相手がカーライル家の嫡子になるとは思わなかったでしょう」
ファーラの方は少々演技がかっていたが、どうやら本心ではあるようだ。こちらもフン! と鼻息が荒くなっている。
(おぉ~ザマァ成立だ~!)
なんて言葉を蒼は頭に思い浮かべながら、ブドウによく似た果物を口に含む。酸っぱさが彼女好みだ。
「俺が同席したら相手が萎縮しないか? アレクサンドラだけでも緊張するだろうに」
「それが狙いだ。我々如きに怯える男など、カーライル家に迎えられるか」
(圧迫面接!)
なるほどなるほど……と、蒼は一人納得している。それができるほどカーライル家は力のある家なのだということは、ここにきて言葉の端々から蒼もレーベンも察していた。
レーベンはそれもあってか、この貴族と一緒に食事をとるということ自体落ち着かないようだ。数日経っても緊張感が抜けていない。
(明日から私とレーベンは家で食べようかな~その方がカーライル家も込み入った話もしやすいだろうし……でもでも、食事の準備しなくていいのは気が楽だったりもするのよねぇ)
商売とはまた別の感覚が蒼にはあった。
そしてまた蒼は素知らぬ顔でマロングラッセによく似たお菓子をモグモグと食べている。素朴な甘さでこちらも蒼好みだ。
「そうだ。アオイも同席するか? 女の目はたくさんあった方がいいだろう」
突然話題を振られ、蒼はビクリと肩を揺らす。が、
「流石に部外者がそんな品定めみたいなことすると印象が悪いですよ~ということで遠慮します!」
謹んで辞退申し上げた。
「はっはっは! 部外者などと! 外にいる権力者共がアオイがアルヴァの嫁なのかと日々尋ねてくるというのに!」
しかしそれも嫡子がファーラに変わったとわかった今、ずいぶんと減っているようだった。
その時、使用人の一人が慌てた様子で一礼し部屋へと入ってきた。険しい顔をしたままアレクサンドラに耳打ちをする。アレクサンドラの方はそれほど驚いた風ではない。どうやら予想の範囲内のことがおこったようだ。
「アルヴァ、あのリシュリー穣が会いたいそうだぞ!」
アルフレドは途端に見たことがないほど嫌そうな顔になっている。
「リシュリー様はお兄様の元婚約者です。もちろんお兄様が屋敷から出て行った後ですぐに婚約解消して、今はリデオン家のデニス様とご結婚されたのですよ」
解説役を買って出たファーラの方も、早速きたか、と余裕の表情だ。
「はぁ~やっぱアルフレドも貴族なんだねぇ」
と、感心する蒼に向かって、
「勘弁してよぉ……もう十年貴族はやってないのに……今更なんの用があるんだ……」
珍しく愚痴がこぼれ出ている。リデオンにやってきてからアルフレドの別の一面が見えて蒼としては面白いが、本人にしてみればわざわざ逃げ出した世界だ。蒸し返したいことではないのだろう。
「愛の告白だったら教えてくれ。ずいぶんお前に惚れていたから可能性はある。それをネタにゆするから」
それを聞いてさらにげんなりとした顔をしながら、アルフレドはきちんと着替えるよう言われて部屋を出ていった。冒険者の服装では次期領主夫人と会うのはまずいと、渋々だが彼の過去の常識がそれを受け入れた。
出ていく間際、
「ごめんねアオイ……今日こそ店を手伝いたかったんだけど……」
「いいよいいよ。せっかくだから十年分の家族団欒を楽しんでよ」
さっきから怯えるような顔で聞いていたレーベンもコクコクと頷いている。
「でも……」
「カーライル家の長男様を顎で使ってる軽食売りなんて見たら、この街の人もびっくりしちゃうだろうし」
好感度が下がるどころか石でもぶつけられかねないわ! と言うと、これまたそれはそうか……ハッとしていたので、
「本当に貴族だったことなんて忘れてすっかり冒険者をやっているんだな」
いいご身分だこと! と、またアレクサンドラは大声で笑っていた。
◇◇◇
「アルフレドさん大丈夫ですかねぇ」
「まぁ~大丈夫でしょう。一応
兵士学校の近くの広場で、蒼とレーベン、そして護衛役のフィアが今日も屋台開店を準備している。フィアは小さな姿でウロウロと楽しそうに周辺を歩き回っており、開店を心待ちにしている兵士のたまご達に可愛がられていた。
(あ~あの人、あの人も……アレクサンドラさんが言ってたお偉いさんかな)
蒼(と
「わかりやすいですねぇ」
「隠密は苦手なのかな?」
ソワソワとしていて大変わかりやすい。
どうやらここリデオンでは、領主のリデオン家とアルフレドの実家であるカーライル家のパワーバランスが逆転しており、水面下ではバチバチと火花を散らしているようだった。
元は同じ戦士の末裔だったが、加護や身体能力はカーライル家にばかり引き継がれているせいで、いつの間にか領民の心はカーライル家へ向いているのが現状だ。
さて、本日のメニューはハンバーガーとワッフルサンド。ここリデオンでは他の街と比にならないくらい、ガッツリとしたメニューが好まれた。お客は兵士育成学校へと通う若き青少年達。なにをしてもしていなくてもお腹が空くお年頃。
(昨日の揚げ物サンドは一瞬だったし……)
通常は三十食前後しか蒼は用意しない。だが、お腹を空かせた青少年を前に売り切れのアナウンスを出すのは心が痛んだ。
幸い今はレーベンが手を貸してくれているので、今日は五十食用意した。材料はギリギリなので、週五日の販売を三日程度にする必要が出てきてはいるが……。
(自分達の食事の準備をしなくていいいのも大きかったりして)
通常自分達の食事用にとっている食料も屋台販売に回せることができていた。
いつも料理をしていると、たまには他人が作った料理も食べたくなる。アルフレドには言えないが、実は蒼、カーライル家を満喫していた。貴族のお屋敷では、まさに上げ膳据え膳。しかも豪華だ。今後の参考にしようと、蒼はちゃっかりメモに残している。
あれこれ頑張った蒼努力むなしく、屋台販売は開店後十五分も経たないうちに、
『本日の営業は終了しました』
と、看板を出すことになってしまった。
「……明日以降は一人一個ってしなきゃダメかもねぇ」
「例の人達……買えなくて残念そうでした……」
後片付けをしながらレーベンはふふっと笑って、チラリと品のいい服を着ている男性達を見ている。
「なーんか悪いことした気になっちゃうわねぇ」
蒼も小さく笑った。探りを入れる機会すら与えてあげられなかった。
予定よりずっと早めに引き上げカーライル家の屋敷へ戻ると、まだ噂の『リシュリー様』は中にいるようだった。豪華な馬車の御者が退屈そうに待っている。
蒼もレーベンもカーライル家の屋敷を出入りする身分の格好をしていないので、いつも使用人出口を使っているのだが、今日はそこにどう考えても『貴族です!』といった出で立ちの男がいた。
「お、お前がアオイとやらか!」
「ええ……そうですが……」
周囲の使用人達が明らかにアワアワと慌てているので、蒼も様子を伺いながら丁寧に対応をする。
相手の男性はどうにも涙目になっているが、もちろん蒼はこの状況にいたる理由がなにも思い浮かばない。
「アルヴァの女か!」
「違いますが」
アルフレド関連、というところまではこれで判明した。
「なんで違うんだ!」
「ええ!?」
男はどんどん泣き出しそうなっていく。
(なんなのー!? なんて答えるのが正解だったやつ!?)
蒼はアルフレドの正体を知ってから、そしてこの街に来て、『お前みたいな女がなんでアルヴァ・カーライルの相手なんだ!』という批判は覚悟していたが、そういえばそんなことを言ってきた人間は今のところ一人もいないことに気がついた。
むしろ今、そうではないことを批判されている。
「デニス様……どうぞこちらへ……」
これ以上、領主の息子のこんな姿を晒してはまずいだろうと、カーライル家の使用人達が気を遣っていた。
「う……うぅ……私のリシュリー……」
(あーなるほど)
妻がかつての愛する婚約者のところへ行って、現夫が不安がっているのだ。アルフレドのあの反応を見るに、あれこれ深く心配する必要はなさそうだが、彼からするとそういう話ではないのだろう。
「アレクサンドラさ……様は?」
「放っておけと……」
彼女ならすでに領主の息子が妻を追いかけてきたことに気がついているだろう。だがやってこないということは、どうでもいいか、面白がっているか。
「大人は大変ですねぇ」
「本当ねぇ」
レーベンも蒼も他人事だったが、残念ながら蒼は間も無くこの騒動に巻き込まれるのだった。
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