第5話 ホームパーティ
「スポンジ焼き上がりました!」
「ありがと! 熱いから気をつけて~」
キッチンで蒼とレーベンは二人でバタバタとおもてなしの準備中。これからファーラの嫡子就任のお祝いをするのだ。
(お祝いと言っても、あそこの四姉弟と私とレーベンだけど)
蒼達は客人という立場だが、姉弟みずいらずでどうぞ……と、そそくさと逃げている最中でもあった。
彼らは今、しかるべきことをやっている最中。終わった後カーライル家がギスギスしていたとしても、美味しい料理があれば人々(少なくともアルフレド)はご機嫌になることを蒼は知っている。
「
「あの色々な種類があるやつですか?」
わぁ~とレーベンの表情が明るくなる。彼にも心配をかけた。蒼とアルフレドとフィアの顔を見るまで、ずいぶんとヤキモキしていたようだが、それを悟らせないよう、ただ全員におかえりなさい、と声をかけていた。
「トンカツとオニオンリングと……うーん……ファーラさんに揚げ物はキツイか~」
「リゾットも作りますか? ああでもポタージュは出すんですよね?」
「そうだねぇ……どうしよう……ゼリー寄せにしようかなぁ」
ちょっとサッパリしたメニューも欲しいよねぇ、と。
「まぁ作りすぎてもアルフレドさんが全部食べてくれますから」
(確かに……)
二人であれがいいだろうか、これがいいだろうかと献立を考える。デザートは生クリームのケーキということで決まっていた。お祝いっぽい! という単純な蒼のイメージで。
お貴族様に食事を作るのは緊張する……そんな考えが一瞬頭によぎるも、そういえばアルフレドも貴族だったし、なんなら上級神官達の中にも貴族出身者はいたし、
「あ! 僕、クリームコロッケ食べたいです!」
レーベンが珍しくリクエストする。不安の反動か、ちょっぴりワガママを言ってみる気分になっているようだ。だがやはり彼の中では無理をして言ったのだろう。気恥ずかしそうにしているのが可愛らしい。
「オッケ~! 揚げ物ばっかになっちゃうねぇ」
というわけで、二人は超特急で調理を進める。久しぶりの大仕事だ。少なくとも一人は大喜びしてくれるだろうという確信があるので、大変だが作り甲斐はある。
◇◇◇
当主の執務室で、アルフレドはアレクサンドラを前にして反抗期の少年の如くブスッと押し黙っていたが、ファーラが部屋に入ってくると、それはそれは嬉しそうに顔をほころばせた。側にいたフィアも尻尾を振って近づき足元をくるくると回る。
「大きくなったな!」
「お兄様!」
ファーラも嬉しそうだ。
「なんだ。私にはさらに美しくなったな! とは言ってくれないのか?」
という姉の問いかけは無視して、妹の体調を心配する。
「食べれているのか?」
「ええもちろん。最近はお姉様があちこちから美味しいものを取り寄せてくださっているんですよ」
「……よかった」
ニヤリとしたり顔のアレクサンドラが視界に入るのがアルフレドはちょっと悔しい。彼女は立派に家族を守っていた。逃げ出した自分とは違って。
「お兄様はすっかり冒険者ですね! いつか私もどこかへ連れて行ってください」
「もちろんだ」
微笑みながら、だが真剣な声でアルフレドは答えた。
「魔王を浄化した後だな。なぁに。私がさっさと終わらせてくる」
何を言ってるんだ? と訝しげな目をする弟をアレクサンドラは面白そうに見つめ返した。
「神託があった。私は今回、英雄の一人として勇者と共に行く」
「……は?」
予想通り、わけがわからないという顔になった弟を見てアレクサンドラは大笑いした。ファーラの方はまたそんな意地悪をして、と苦笑している。フィアは首を傾けていた。
「じゃあなんで対魔王軍へ加わってないんだ」
御使に選ばれた英雄の末裔達は勇者の側にいてこそ、その真の力を発揮すると言われていた。
「なんだまだ知らないのか。あれは囮だ。勇者の影武者だ」
「なっ!!?」
驚いているアルフレドの顔が、さらに驚いた顔になる。
「そんなことを話ていいのか!?」
「私の耳に入っているんだぞ。知るべき人間はもう知っている。魔王軍側もそうだろう」
不敵に笑うアレクサンドラの瞳は燃えているかのようだった。
「だから嫡子を……」
「そうだ。英雄の一員となる者は跡継ぎにはなれない。死ぬかもしれんしな。我が家はファーラがいてくれてよかった」
ファーラは少し悲しそうに微笑んでいる。自分がカーライル家当主に相応しい人間だとは思っていない。主に体調の面で。
それになにより姉が死を覚悟しているなんて嫌に決まっているのだ。
「まあ最悪アルヴァが嫡子のままでもよかったが……なんともタイミングよくお前の気配を感知してね。我が家を逃げ出した人間より、覚悟の決まっている病弱な娘の方がいくらもマシだろう?」
ギラリ、と睨みつけるような視線になった。アルフレドは、ただそれを受け止めている。
「お姉様!」
ファーラが大声を上げた。姉を叱りつけるような表情で、兄を庇うようにして立つ。フィアはアレクサンドラの足元に近づき、クンクンと悲しげな声を出していた。どうかアルフレドを叱らないでと言いたげに。
「死にかけのフィアにトドメを刺せなかったのは、アレクサンドラお姉様も私も、それにお父様もお母様も同じです! お兄様だけが責め立てられるなんておかしいわ!」
細い体から出ているとは思えないほどの声のボリュームだ。
「……フィアはなんで……生き残れたんだ……?」
アルフレドがずっと疑問に思っていたことを尋ねる。フィアからはもちろん答えを聞き出すことができていない。
「ファーラが禁術を使った。お前が屋敷を去った後、命を削ってな」
答えたのはアレクサンドラだ。
ファーラは自分の生命力を他人にわけ与える古代の魔法を使ったのだ。元々体が弱かったというのに、それを実行した。弟のフィアに。フィアはキメラ化していたからこそ、その魔法がうまく作用した。だが、
「失敗したと思っていました。フィアの肉体は生きているようだったけれど、動くことはなくって……だから十年、安置室に置かれていたんです。でも、いつの間にかいなくなってた……」
アレクサンドラに変わって今度はファーラがフィアを撫でながら答える。
ある日の何かをきっかけにフィアは目覚めたのだ。そして訳がわからぬまま外へと逃げ出した。
「それはいつ?」
「夏の終わりにはもういなかった」
(アオイがこちらの世界にやってきた頃だろうか……)
彼女は夏の真っ盛りにこの世界にやってきたと言っていた。
なぜそう思い立ったのかはわからない。だがどうも彼の勘が、蒼という存在がなにか関わっていると言っていた。
部屋が静まり返った。アレクサンドラの瞳は落ち着きを取り戻し、ファーラはまたいつも通り小さく微笑みを浮かべ、フィアがアルフレドの方へとゆっくり移動してくる。
「逃げ出して悪かった。俺がいたらなにかできることもあったろう」
蒼の顔が浮かんだアルフレドは、急に自分の中で燻っていたなにかが消えるのを感じた。もちろん妹の言葉もあったからだが、蒼がいなければ、今自分はここにおらず、彼女との旅がなければ、意固地になって家族と口を聞かないままだったという確信もある。
「なぁに。お前はいい客人を連れてきた。私はアオイにも用があったのだ。ディルノアでずいぶんいい魔法道具を作る手伝いをしたとか」
「……いったいどうやってそれだけの情報を集めてるんだ」
アルフレドはあっという間にまた不機嫌な表情になる。そしてそれがアレクサンドラの笑いを誘うのだった。
「それはカーライル家を牛耳ればわかるが、お前にその役目は回ってこない」
またもアレクサンドラがニヤリと笑っていたので、アルフレドは見たくないとファーラの方に視線を送ると、妹も同じような表情になっていた。そして姉と妹は呆気に取られたアルフレドの顔を見て二人で大笑いするのだった。
カーライル家の嫡子は無事アルフレドからファーラへと引き継がれた。透明なクリスタルのような石板にそれぞれが血液を流し込むと、それはまばゆい光を放ち、ファーラの体の中へと入り込んでいく。
「そういえば……昔、似たようなものを見たような……」
曖昧な記憶だが、確かにアルフレドはこの石板には見覚えがあった。キメラの研究に関わっているのか、こういう過去の遺物をカーライル家は多く収集し保存しているので、これが特別なものだとは記憶に残っていなかったのだ。
「勇者がここまで迎えにくるのか?」
そんなことをさせていいのか? 英雄の一員となることがバレてもいいのか? と、言いたいのだとアレクサンドラは理解している。
「もちろん理由は偽って私はこの家を出るつもりだ」
ふっふっふと、得意気になっている。
「私のこれまでの素行も役に立つ。お前の愚行もな。あのアレクサンドラ様なら突然冒険者になると家を飛び出してもおかしくない。弟君もそうだったのだから……と、噂になるだろうよ」
「ああ……そう……役に立ててよかったよ」
「言うようになったじゃないか!」
今度は満足そうにアレクサンドラは大笑いしていた。ファーラも声を抑えて笑い、フィアも嬉しそうに飛び回っていた。アルフレドもこっそり、上がる頬を隠したのだった。
◇◇◇
「わぁ! 豪華! 作るの大変だっただろう!」
「レーベンがいたからそれほど! たまには私もこういうの食べたいしね」
期待通り大喜びしてくれるアルフレドを見て蒼は安心した。カーライル家の姉弟達は心配していたよりもその険悪さはなく、普通の姉弟のように会話をし始めていた。
カナッペにラップサンド、アルフレドの大好物の揚げ物の数々、もちろんクリームコロッケも。ゼリー寄せにトマトリゾット、それからえんどう豆のポタージュ。そしてデザート用の生クリームたっぷりのケーキだ。
もちろん、スープ類には聖水を使っている。どうかファーラの病気に効くことを願って。
「わ……わぁ……」
「もっと作ってよかったですねぇ」
テーブルの上に並べらた大量の食事は、あっという間になくなった。蒼もレーベンもただ呆然と減っていく皿の中身を見送っていた。
「こんなに……こんなに美味いものをアルヴァは毎日食べているのか!?」
ちょっと怒っているような声でアレクサンドラはまるでフードファイターのごとく、あっという間に口の中のものを飲み込んでいた。
「……お姉様! 少々マナーが……」
客人を前にあんまりな姿だと、ファーラが焦っていたが、彼女の方も予想外に全て食べ切り、顔色も良くなっている。どうやら聖水の効果があったようだと、蒼は嬉しくなった。
「いいだろ~~~!」
子供のように姉に自慢するアルフレドは、ここ最近で一番のドヤ顔をしていた。
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