第4話 お手伝い
どっこいしょと噴水の縁に腰をおろしたアドアから、小さくフゥと息を吐いている声が聞こえる。
「ご不快になられたことでしょうにチャンスをいただけるとは」
ありがとうございますと、親ほどの年齢の男性に丁寧に頭を下げられると蒼も少し居心地が悪い。
「とりあえずお話しを聞くだけですので……」
力を貸してくれと言われても、内容によるとしか答えられなかった。
(困ってることなら助けたいけど)
特にそれが翔の助けになることなら尚更だ。対魔王軍はすでに大きな被害が出ている地域から浄化作業に入っていると噂が聞こえてきた。もちろん勇者側が優勢だという話だが、本当のところはどうかわからない、というのが元の世界で義務教育を受け終わっている蒼の感想である。
「たとえアオイ様がどんなお返事をしたとしても、我々はアオイ様を拘束するつもりはありませんので、そこはご安心ください」
この言葉だけは穏やかに、ゆっくりとアドアは答える。
「しかし上役のご命令があるのでは?」
そう言ったラネはまだ離れたところで口を塞がれたまま、アルフレドの監視下の元、ジトーッとした目でこちらを見ていた。
「現場を知らない人間の戯言です。適当に報告しておきます。ありがたいことに優秀な護衛を雇ってらっしゃるのでこちらも言い訳しやすいです」
ハハハと乾いた笑いのアドアを見て、蒼はこの短時間で何度も感じた気の毒な気持ちがまたも湧いてくる。彼はおそらく中間管理職。あっちとこっちの板挟みで大変そうだ。
「
「兵器? でも魔王は浄化するしかないって聞きましたけど。それも勇者の末裔にしかなしえないと」
「……その通りです。ですが今はいい口実ができてしまいました」
「そうか、魔王に味方する人間……でもそれなら従来通りの武器でもいいのでは?」
「ええその通り。そこに労力をさく必要はないのです。いったいどういうつもりなんだか!」
吐き捨てるように呟いた後、今度はどんよりと重たいものが肩に乗ったかのようにアドアはため息をついて項垂れた。
翔が降り立った場所で、彼は元いた世界のことを神官達に話している。特に他意はなく、魔王への有効な手段を尋ねたのだ。単純な武器で動きくらいは止められるのか、と。
まだこの世界の歴史を学ぶ前だったので、まさか魔物への攻撃手段が聖水や魔法に強く依存して、火器類があまり発展していないとは思っておらず、銃や戦車、戦艦に戦闘機について尋ね、途中で神官達の反応を見てこれはマズイと話すのをやめたのだ。
その話を聞いた一部の神官達は湧き立った。もっと知りたいと翔に掛け合うが、詳しいことは知らないとかわされてしまう。残念ながら彼らは勇者の末裔の機嫌を損ねるわけにはいかない。だが誰かが思い出したのだ。
『勇者の末裔と同じ世界からやってきた女がいるぞ!』
と。
もちろんそれを諌める者達もいる。新しい兵器など争いの元だ。争いによって澱みを生み魔王の力を強めることに繋がるのに何を馬鹿なことを言っているのだと。だが、
『より強大な力を誰かが持てば争う気すら起きなくなるだろう。誰だって負けるとわかっていて戦いなどしたくはない』
そしてその[誰か]は神殿であるべきだ。そうすれば今後も長い年月争いもおこらず安泰だと言いたげに。
「えぇ~……そんなこと言ったら絶対に教えられないじゃないですか……」
どうやら神官の中にヤバい奴がいるというのがこれでハッキリとわかった。それもそこそこ偉い人物のようだ。
「いえ、実は類似の兵器は出土しているのです。今後もしかするとその兵器を再現できるかもしれません。数十年平和が続けばですが……」
では何故今の話を? と蒼は眉を顰める。
「上はわかっていないのです。たとえ異世界から新たな知識が舞い降りたとしても、魔王が迫る差し迫った状況をすぐに打開できるわけではないと。だから私とラネくんは現実的な対抗手段を考えているのです」
それは従来通りの聖水を使ったやり方だった。魔王だけは翔がどうにかするしかないが、その他全てを翔以外で請け負えば勇者の負担を軽くできる。魔物に効力を発揮する聖水の力を効果的に使うことが出来るようになればそれは現実に近づく。
「この研究にご協力いただけませんか? そして成功した場合、上役への報告にアオイ様のお名前を使わせていただきたいのです」
勇者の末裔、翔と一緒にやってきた異世界人という肩書きを使って上役を納得させたいという話だった。
「わかりました」
「え!?」
蒼が即答したので、アドアは準備ができておらず一瞬言葉に詰まる。
「出来ることがあるかはわかりませんけど」
「ありがとうございます!」
ずっと切羽詰まった表情だったアドアがパァッと嬉しそうに頬を上げた。
「プハァ!」
ラネの口も解けたようだ。上司がニコニコとしているのを見て、文句の言葉を引っ込めていた。交渉成立したのだとわかったのだ。
「アオイになにかしたら……」
アルフレドがラネに念の為釘を刺そうとすると、
「するわけないだろ脳筋め!」
「なっ!? 脳筋!?」
好感度の高さに定評のある男アルフレド。妙な単語でなじられ、こちらも思わずかたまってしまうのだった。
◇◇◇
「ぶわぁっはっはっは! 脳筋! そんなこと言われたの!?」
「ひどいよね!?」
夕食後のデザートカップはアルフレドの前だけすでに空になっている。今日は作り置きをしていたコーヒーゼリーだった。アルフレドはトッピングに生クリームをたっぷり乗せていたが、それでもペロリとたいらげた。
「ひ、ひどいけど……ふはは! ……ごめん……笑って……ふふ……」
蒼は笑いが止まらない。まさか彼がそんな評価をされるとは予想外すぎて、さらにそれにムキになるアルフレドが可愛らしくて笑いを堪えられなかった。彼女のカップにはまだ半分以上ゼリーが残っている。
(こういう感情を出すこともなかったしなぁ)
そういう点では彼の人間味が深まったように感じる。そしてこれはおそらく悪いことではない。
アルフレドの方は蒼が笑ってくれたことで気が晴れたようだ。まあいっかと呟いて皿を洗い始める。
「それでアオイはどんな手伝いをするの?」
「今の研究内容を見てほしいって。あとここの聖水の提供ね」
もちろんこの家のことは話していない。アドアも蒼の協力をえられるならと深くは尋ねなかった。もちろんラネは違ったが、
『いるの? いらないの?』
この言葉で悔しそうに黙った。
「アルフレドはその間好きにしてて」
「でも……大丈夫?」
彼はまだ全面的にあの上級神官二人を信用したわけではないのだ。
「どうかな~まあ帰ってこなかったら探しにきてね」
蒼は冗談のつもりで言ったのだ。だが、思いの外真剣に返事が返ってきた。
「なにかあっても必ず助け出すよ。……俺はアオイの護衛だからね」
彼女が運んできたゼリーのカップを洗いながらだったが。
(カ、カッコイイ~~~!!!)
まさかそんなセリフを人生で言われる時が来るとはと、蒼は照れるより先に感動している。
すると次は急になにか思い立ったかのように、アルフレドは蒼の方へと振り返った。
「あ! そしたら俺、屋台やってもいいかな!?」
「えええ!? もちろんいいけど」
「やった! 実はやってみたかったんだ!」
「そうなの!?」
最近アルフレドは蒼の仕事の手伝いをしてくれていたので、彼にもできることはわかっていたが、自分でやりたいと思うほどになっていたとは流石に気づいていなかった。よっぽど楽しかったようだ。
「じゃあ明日は市場調査に行ってどんなメニューが売れそうか確かめてくるね!」
そうしてウキウキとリズミカルに彼は皿を洗い続けていたのだった。
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