第3話 学術研究都市にて
これまでに見たどの街よりも高い塀が蒼の目の前にそびえ立っている。まもなく日が沈むであろう学術研究都市ディルノアの門の前では長い列が出来ていた。中に入るために、身元や持ち物の確認が綿密におこなわれているのだ。
「ずいぶん厳重ねぇ。やっぱり魔王側についた人間を警戒してるのかな」
「この街は昔っからなんだ。街の中のものを盗み出す可能性がある人は入れないんだよ」
「え!? この中、
学術研究都市という二つ名のイメージから、大学のような大きな建物でもある街なのかと思っていたが、アルフレドの今の言葉から盗まれるようなものが街中にゴロゴロと転がっているイメージに変わっていく。
「いや。研究成果を盗みだす人がいるらしいんだ」
「ああ~そういうやつかぁ……」
そのため、入る時よりも出る時の方がさらにチェックが厳しい。手荷物は隅から隅まで調べられる。
「そのへんは大丈夫そうね」
「うん。俺もそう思う」
鍵の中に収納すれば何の問題もない。もちろん蒼は何かを盗むつもりはないが、疑いをかけられるだけで大変だ。
この街で研究を進める学者達はこういう理由もあって、なかなか簡単に街の外に出ることが許されない。その為、外から入ってくる冒険者や商人は大歓迎される。
「目的は?」
「大図書館と商売です」
「俺は彼女の護衛を」
まるで空港のパスポートコントロールのような場所で、二人は矢継ぎ早に門兵から質問を受ける。これまでに見たことがない、細身の事務方の兵士といった風貌だが、目がギラリと鋭かった。
「ギルド証を提出して。商売は何を?」
「軽食販売とこういうものを……」
アルフレドは冒険者ギルドの証明書である銀色のタグを、蒼も同じく商人ギルドの証明書であるカード形の板と、商品の例として琥珀糖と花のジャムの小瓶を鞄から取り出して見せた。
「ふむ」
一瞬、門兵は興味深そうな顔をするもすぐに職務に戻った。
「大図書館ではなにを?」
「全般的に興味があるのですが、主に歴史上の食文化の変遷を調べられたらと」
これはあらかじめ聞かれると言われていたので、用意していた答えだ。すでに見本品を見せていいるからか、門兵はすぐに納得した。
「出身は?」
「トリエスタです」
「……リデオンです」
予想もしないタイミングでアルフレドの出身地を知ってしまった蒼だが、素知らぬ顔をしてやり過ごす。
(リデオン……どこかで聞いたような……?)
この世界の横文字の名前に蒼はまだ慣れきったわけではないので、名詞の場合いまいち記憶に残っていないことも多々あった。
「以上です。ようこそディルノアへ。入門の支払いはこの先の兵士に。各ギルドは門を出た後大通りを右手に進むと大きな建物の中にあります。ええ。同じ建物です」
少々緊張したが、無事ディルノアへと入ることができた。
「えぇ~! 建物も背が高いね!」
「あまり広い土地じゃないからね」
ニョキニョキと細長い建物が地面から生えている。これまで訪れた街のものとは違い、飾り気がなくシンプルだ。
「合理性を求めるとこうなるのかなぁ」
「たしかに。フィーラの後だとそう感じるかも」
なんとなくそっけなく寂しい気もするが、不思議と落ち着くのは蒼にとっては元の世界の雰囲気と少し近いからかもしれない。それだけフィーラは彼女にとって非日常的な空間ではあったのだ。
門兵に教えてもらった通り、ギルドでいつもの手続きをした後、少し時間が遅いが街歩きだ。というのも、この街は街灯が至る所についており、暗くなり始めても人通りはそれほど変化がない。大通り沿いは治安もよく、女性一人でも歩いているのを見かけた。
「道が綺麗だよねぇ。ワゴンも移動させやすそう」
これまでのどの街よりきっちりと舗装された道だった。
「前きた時はそうでもなかったんだけど、いい魔法道具が開発されたのかな?」
アルフレドも蒼に指摘され少し驚いたように足元を確認している。
街は場所がわかりやすいようにブロックわけをされており、中央にある大図書館を中心に碁盤目状になっていた。
「あと五ブロック先にあるよ」
大図書館は神殿と同じ建物内にある。この街で一番大きい、知識を司る御使クミルネを祀る神殿の敷地内にあった。特級神官はおらず、上級神官が二名いるとフィーラの神官達からは聞いている。
(名乗らなくってもいいわよね?)
基本的に礼儀正しく生きたい蒼だが、トリエスタだけではなくフィーラの神官達からも、それとなく他の街の上級神官には気をつけるよう伝えられているので特別な理由がない場合は身元を名乗ることなく過ごすつもりでいる。
「私ができることなんてないのになぁ」
そうぼやく蒼だったが、アルフレドの意見は違った。
「そんなことないよ。異世界の知識はバカに出来ない。飛行機の話とか、宇宙の話とかだってそうだろう?」
「でも深い専門的な知識があるわけじゃないし、役に立つほどの何かは持ってないよ」
「アイディアだけでも十分だと思うけどなぁ」
そうこう話しているうちについに大図書館に辿りついた。ここは他の街同様の雰囲気が漂っている。豪華な装飾がなされた神殿と、他のシンプルな建物より古めかしい出で立ちをした大図書館がドンと重厚感のあるインパクトを放っていた。
「おぉ~~~!」
この大きさは図書館として期待が持てるぞと蒼はワクワク感に身を委ねる。
神殿と大図書館は広場と一緒くたになっており、どの街とも同じように色々な屋台が出ている。商人ギルドで確認したところ、屋台の出店が許されるのはこういった広場のみとされており、この街だと五ヶ所だけになる。
(まあ間違いなくここで屋台を開くのが一番いいんだろうけど)
フィーラのように目立ちすぎてもよくない。他の場所も見た後で決めようとアルフレドとも話し合う。この場所にいる屋台はそれぞれ店頭に灯りをつけ暗くなったこの時間も営業していた。
(この時間でもお客さんがくるってこと?)
実際、パラパラではあるが絶え間なく屋台の前にお客がいる。きちんと観察すると、図書館帰りの人と何やら同じ格好をした学者風の人達が腹を満たしにやってきていた。並んでいる人は手に木皿のようなものを持っているのが見える。
「おや。この街は初めてですか?」
キョロキョロとしていたからか、一人の初老の神官が話しかけてくる。
「ええそうなんです。ちょっと場所を確認しに」
そうにこやかに答えた蒼の前に素早くアルフレドが回り込んだ。そして厳しい目つきでその神官に視線を送り、
「今日は帰ろう」
「え……うん」
これは初めて見る光景だった。アルフレドは神官に対していつもとても丁寧だ。だが今は蒼を守るように、その神官の視界に蒼が映らないようにしていた。
「……どうしたの?」
歩きながら小声で尋ねる。
「手の甲に蛇の紋章があった……ここの上級神官だ」
「……!」
心臓の音がどんどん速くなる蒼は、不自然に早歩きになっていた。
「絶対私だってバレてるよね?」
「そうだろうね……」
どうする? とアルフレドが尋ねた瞬間だった。
「うわっ!」
二人の目線の先に、明らかにこちらに手を振っている神官が。こちらはまだ若い。挟み撃ちにされている。
「……いざとなったら抱えて逃げるよ」
ある程度逃げた後は、蒼の鍵の出番だ。こんな広場では出せないが、アルフレドの足があれば神官二人くらいかわせるだろう。
「ありがと」
こうなったら仕方がない。なにやら自分に用があるのだと蒼は割り切って話を聞くことにした。
「ああよかった! 逃げずにいてくださって」
若い方の神官が胡散臭い張り付いた笑顔で蒼に話しかける。後方からも先ほどの初老の神官が近づいてきた。
「いやはや……申し訳ない。アオイ様が警戒されるのも当たり前だというのに、白々しく話しかけてしまって……」
こちらは蒼の行動に理解を示すような口ぶりだが……。
(う~ん怪しい……)
という印象にすでになってしまってる。
「警戒って……トリエスタとフィーラの神官がアオイ様を独占しようとして変なこと吹き込んだんでしょ! 特級神官がいるからって偉そうに!」
あっとい間に胡散臭い笑顔が、プンスカと怒る子供のような表情に変わった。こんな神官には初めて会う。彼ほど若い神官は他にもいたが、皆一様に大人びていた。
「まあまあラネくん落ち着いて」
困ったように初老の神官はラネと呼ばれた神官を宥めている。なんだかそれが不憫になって、蒼は助け舟を出すかのように声をかけた。
「それで、ご用件は……」
「交渉を!」
答えたのはラネの方だった。初老の神官はびっくりしている。
「交渉?」
こちらも答えたのはアルフレドだ。
それで蒼は初老の神官と目を合わせる。
「失礼しました。私はクミルネ神殿の上級神官アドアと申します。彼はラネ。アオイ様、どうか我々にお力をお貸しいただけないでしょうか」
「あ、えーっと……交渉というのは?」
『交渉』と『力を貸す』とでは話の方向性が変わってくる。その違いははっきりさせたい。
「我々の上役からはアオイ様がいらしたらそのまま丁重に拘束しておくようにと言われている。だが、そうはしたくない。そうしない代わりにアオイ様の知識をいただきたいのだ……我々にはない知識を」
何言ってんだこいつ、と思いつつ、胡散臭い笑顔の方がまだマシだったかもな、と蒼はぼんやりとラネを見ていた。
「それは交渉とは言わない。脅しだ」
アルフレドが凄む。ビリリとした空気が漂って蒼の方がびっくりだ。彼が怒っている姿を初めてみた。だがラネも引かない。ビビってはいるようで汗をかいてはいたが、意地でも引くものかという意志を感じる。
「だいたい貴様は誰だ」
「彼女の護衛だ」
「我々から逃げ切れると思っているのか」
「試してやろうか?」
(あーあーあーあー……)
しょうもない方向に話しがむかっていると蒼が間に入ろうとしたが、その前にバチンと音がしてラネの口がくっつたように動かなくなる。どうやらアドアの力のようだ。
「申し訳ございません! しばらく彼は黙らせますので、どうかお話だけでも!!」
「んーんーんーーーー!」
とんでもない部下を持ってアドアが気の毒に思えた蒼は彼に過去の自分を重ね合わせてしまう。彼女が働いていた時もとんでもない後輩がいたのだ。
「とりあえずあっちで話しましょうか……?」
広場の噴水の方を指差した。
「いやはや……本当に……ありがとうごいます……」
安堵の表情のアドアは、先ほどより少し老けたように見えた。
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