第2話 前向きメンタル
(この経験は予想外……)
竜の背に乗っての遊覧飛行は一度飛び上がってしまうと思ったよりも安定しており、蒼は恐々と目を開け地上の世界を覗き込む。羽織っているマントがバタバタと音を鳴らして揺れていた。
(地図で見た風景だ)
神官がくれた地図はずいぶんと精密で、そんな加護か魔法でもあるのだろうと彼女は勝手にわかった気になっていたが、実際は誰かが今の自分と同じよう竜の背に乗り観察したのかもしれないとこの世界の可能性の広さを感じる。
だが、地平線は蒼の世界と同じだった。
この世界は飛行技術が発達していない。陸路、海路同様に、空路にも魔物が存在し、それに対抗する手段が確立されていないからだ。
(船ぐらい大きくないと魔物の対抗手段がとりにくい……だけどそんな重くて大きなものを上空に飛ばせないって言ってたなぁ)
この話はトリエスタの神官達、アルフレド、そしてフィーラの神官達と積極的な情報交換がおこなわれていた。
彼らは蒼の世界にある『飛行機』に夢中になった。そのため彼女は調子に乗って、ドヤ顔で人類が月にまで辿りついた話をし、彼らが信じられないとばかりに仰天した顔を確認してからいつも話題を締めるのだった。
(いやもうドヤ顔できないわ……竜で飛行移動ってすごいじゃん……)
間違いなくすごい。
「リュウノセナカハ セカイイチ アンゼン!」
蒼の悲鳴が止まったのを確認したからか、ルッチェはルチルの肩をトコトコと移動し、わざわざアオイの顔面に向き合って叫んだ。竜に襲いかかってくるものはいない。人間も魔物も。通常は、だが。
魔王の存在のせいか、攻撃性が自分の命を守るという本能すら上回ってしまう魔物がいたのだ。
「うわぁ! なんかきた! あっち! あっち! きたきたきたきた!!!」
指を刺しながら、遠くの方から全速力で飛んでくる人面鳥達を見つけて、蒼は再び大騒ぎだ。
「ハーピーだ」
アルフレドはゆっくりと剣を抜き立ち上がろうとしていた。だがルッチェが今度はアルフレドの前に飛び上がり、
「スワレェ!」
その直後、ニーナが頭を持ち上げて口を大きく開き、勢いよく強烈なナニカをハーピーに向かって飛ばした。
「なになになになに!!?」
体に衝撃を感じ、蒼は必死になって鞍に捕まる。
「すごい……ドラゴンブレスだ……!!!」
目をキラキラと輝かせているアルフレド。まさに感動! といった表情になっている。
(ワ、ワクワクしてる……!?)
踏んできた修羅場の数が蒼とは段違いなのだ。蒼はまだ片手程度だが、彼はもう数えることも難しい。
ハーピーはすでに塵になって消えていた。
「でもやっぱりおかしなことになってるな……竜相手に向かってくるなんて……」
ルチルが褒めるようにニーナの首元をさすると、竜は嬉しそうに少しだけ頭を揺らした。
そうしてその後一行はしばらく飛び続け、小さな湖のそばに着地する。なにやら空気がいい。リルの森に少し雰囲気が似ていた。
「ありがとう。助かりました」
「キヲツケテ! ビスケット!」
「……!?」
ルチルがびっくりと目を見開いている。どちらかの言葉がいつものルチルの代弁ではないのだ。非常にわかりやすい二択ではあるが。
「もちろん……!」
蒼はポシェットからチョコレートバー、ビスケット、サラミの包みを全部取り出す。以前一緒に食べたものだ。今日はソーセージは入れていなかったのでニーナに謝ると、竜は『まあ許してやる』と言わんばかりにゆっくりと瞬きをして、
「小さくなっちゃった!?」
淡く光を放ち、ゆっくりと両手のひらほどのサイズに縮んでいったのだ。そしてガツガツとサラミを食べ始める。どうりでフィーラの街で彼らを見つけられなかったわけだ。あんなに目立つ竜と一緒にいるはずなのに、蒼は一度も彼らを探し出すことができなかった。
「竜は体の維持が大変だから、体を変形させてエネルギー消耗を抑えるって聞いたことあるけど……こういうことかぁ!」
興奮気味にアルフレドはニーナを見つめていた。彼は竜に大きな憧れを抱いている。この世界で暮らして、さらに冒険者をしていても滅多にお目にかかれる存在ではないのだ。
この世界で聖獣にも魔物にも属さない存在。それが竜だった。
「ルチルさんもありがとうございました」
彼は空の色のような淡い水色の瞳を揺らして戸惑っていた。ルッチェがビスケットを啄むのに夢中で通訳をしてくれないからだ。
蒼も彼を困らせたくはないので、それ以上は何も言わず手を振って別れようとする。するとルチルも少し頬を赤らめて小さく手を振り返した。
(か、かわいい~~~!)
もちろん口には出さないが、最後にいいものが見れたと蒼は大満足の空の旅となった。アルフレドの方は名残惜しそうにこちらを見向きもしないニーナに手を振り続けた。
◇◇◇
「この地図があって助かったよ」
神官達が描いてくれた地図を頼りに学術研究都市ディルノアまで二人は歩みを進める。やはり空路は短時間でかなりの距離を稼げるらしく、目的地まであと半分ほどの所まで来ていることがわかった。
「フィーラからディルノアまでは三ヶ月に一回定期馬車が出てたんだけどねぇ」
それに合わせて二人も移動するつもりだったのだ。薬師と商人向けの馬車で、途中の宿代込みなため高額ではあるが安全性を重視されているものだった。いわゆるパッケージツアー。フィーラではそれなりに稼いだので、これまでのように行き当たりばったりではなく、次は確実に目的地にたどり着けると気楽にかまえていた。
「まずは大きな街道に出よう。やっぱり魔物の様子が変だし……森の中の移動よりはマシだろうから」
可能な限り危険を避けようと久しぶりの護衛任務にアルフレドのやる気が伝わってくる。
「そうね。けど今日はもう移動はやめよっか」
「でもまだ明るいよ?」
まだ太陽は真上にある。これまではいつも日が沈むまでは移動を続けていた。
「慣れない空の旅で疲れちゃった! お昼ご飯食べて今日はのんびりしよう」
「あ! そういえばそんな時間!」
珍しくアルフレドは食事を忘れていた。彼にしても初めての経験で舞い上がっていたのだ。
「え~っと。味付けたまごがあるので、本日の昼食はちょっと豪華なラーメンです!」
蒼は疲れていると具なしラーメンをよく用意するので、ちょっとした具が乗っているだけで豪華判定になる。今日は卵だけでなくもやしも乗っていたので彼女の中ではかなり豪華だ。
「わーい! ラーメン大好き! あ、餃子焼いてもいい?」
コクリと蒼が頷くと、アルフレドはルンルンで冷凍庫から冷凍餃子を取り出した。
(わ、わかってんなぁ~……)
今アルフレドが蒼がいた世界へ行ったとしても、食生活だけは何の違和感もなく過ごせるだろうと、手早く餃子を焼き始めた冒険者の背中を見ながら蒼は思ったのだった。
「足りなかったらチャーハン作ってあげるね」
「え!? やったー! 足りない足りない! まだまだ足りない!」
餃子をポン酢にちょっとだけ浸し、箸を持ち上げたところでアルフレドは竜を見るような目になっていた。
「今日はいい日だなぁ~」
パクッと一口で餃子を食べ、空になった皿を下げる。蒼はチャーハンの準備を始めていた。
「フィーラからは追い出されちゃったけどね」
「あ! そうだったそうだった! でもまたいつか行けばいいよ!」
「たしかに」
そうだ。何を急ぐ人生を送っているわけではなかったのだと、蒼も気が楽になる。
(こういうメンタルも大事ね~)
久しぶりに作ったチャーハンはベチャリとしてしまったが、アルフレドは米粒一つ残さず綺麗に食べあげ……食べ足りないような顔をして、
「今度作り方教えて!」
とのことだったので、このやる気に満ちたアルフレドには、とりあえず冷凍チャーハンの存在も教えることに蒼は決めたのだった。
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