第4章 異世界ワーケーション

第1話 脱出

 週五日働いて二日休む。蒼は花の都フィーラでもそれを続けていた。


「春爛漫! って感じ!」


 本日はお休みの日。花の都の本領発揮とばかりに、元々花で溢れていた街中が、舞い散る花びらで埋もれるのではないかと思うほどにその生命の美しさを見せつけていた。

 蒼とアルフレドは街中を練り歩いて楽しんでいる。普段馬車で移動するような貴族や金持ちも、この時期は身分問わず石畳の上を歩きながらのに夢中だった。


「花びらはポプリにしたり入浴剤にしたりジャムにするお金持ちもいるんだって」


 アルフレドがヒラヒラ舞い散る淡いピンクの花びらを手で掴み、その形を観察している。


「ハァ~薔薇ジャムみたいなのか~! 食用の花もこの街ならありそう」


 もちろんこの街の薬師達の研究も活発だ。薬に活用できる品種も開発されている。

 劇場前や中央広場では、アルフレドが言っていた通り様々な種類の瓶詰めのジャムが売られていた。色とりどりで美しい。お茶に入れて楽しむのだと、興味津々の蒼に店番が教えてくれる。 


「砂糖が余ったら作る?」


 最近の蒼は商売に意欲的なので、冒険者のお仕事縮小中のアルフレドも彼女の商売に真剣に参加しているのだ。なにしろ給金も支払われていたので、彼にとっては積極的に動くいい理由にもなっていた。

 蒼は彼がここ最近、人生に対していい意味で開き直っていることに気づいていたが、その理由は聞かなかった。


(なにかキッカケになるようなことでもあったのかな?)


 なんにしてもいいことだとフッと笑顔が漏れている。


「そうだな~砂糖かグラニュー糖が余れば……次の街でも売れそうだし」


 今度は困り笑いだ。余るかなぁ……というくらい、蒼の甘いケーキは売れに売れている。


「まあ、花びらだけ買って後で作ってもいいか」


 家庭用にと籠いっぱいに花びらを売っている店もあった。


「ディルノアならなんでも喜ばれそうなんだよねぇ。外から持ち込んだものはなんでも興味津々で。街の中の人達、滅多に外には出ないらしくて」


 学術研究都市ディルノア。この街が薬学の研究が盛んなのと同じように、その街は魔法道具の開発に力を入れていた。


『昔は総合的な学問の都市って感じだったらしいんだけど、最近はもっぱら魔法道具ばっかりなんだよ』


 蒼はこの話を聞いて次の目的地を決めたのだ。


(この世界、文明が大きく発展する度に魔王がして潰されちゃってるっぽいのよねぇ……)


 トリエスタで教えてもらったこの世界の歴史と、これまで得た知識を総合して、どうやらそのようだ、というのが蒼の結論だった。

 そのせいか、ディルノアで活躍する冒険者のほとんどが、遺跡から古代遺物を発掘・回収する能力が求められているのだとアルフレドは思い出を語るように蒼に話して聞かせた。その回収物から、過去のを解析して魔法道具の開発に役立てているのだ。


「いったいどんな古代遺物が!?」


 魔法がある分、とんでもないモノがありそうで蒼もワクワクせずにはいられない。


「蒼の家のカデンよりすごいモノってあるのかなぁ」


 過去に訪れたことのあるアルフレドだが、それらしきものが思い浮かばないようだ。


「いやいやきっとあるわよ! 今はなくても過去にはありそうだし、そういうの調べるのも楽しみなんだよね」


 ディルノアは大変珍しく、一般に解放されている図書館があるのだ。それも巨大な。各地から集められた山のような本があるという。


だけならアルフレドより得意だし)


 彼女はあらゆる言語を読み、喋ることができる御使からのオマケのようなを持っている。だからこその楽しみでもあった。


「よし。あと一週間稼ぐぞ~!」


 ディルノアで図書館通いがしたければ、ここで稼いでおくに越したことはない。二人はこの花の見頃が終わると言われる頃、フィーラを去る予定にしていた。


 このことはアペル神殿の神官達にももちろん伝えており、彼らはひどく残念がったが、それでも蒼のためにディルノアへの安全なルートを議論し、いくつか安全で快適な道順を書き込んだ地図をくれたのだ。

 そしてもちろん、蒼の店を贔屓にしているお客達にも伝えた。リピーターも多かったので挨拶なしに、とはとてもできなかった。

 しかしここで誤算が一つ。彼女のケーキをいたく気に入っていた金持ち達が、大金を積んででも蒼を自分の屋敷に雇い入れたいという申し入れが神殿に殺到したのだ。


「こうなると神殿の敷地内で商売していて本当によかったですよ」


 チーノはやれやれと困った顔をしながら、蒼の屋台の片付けを手伝っていた。周囲に目を光らせ、蒼にちょっかいをかける輩がいないか確認してくれている。もちろんアルフレドが側にいるが、この場合は腕ききの護衛より、上級神官の方が相手からすると手が出しづらい。

 そのことがあった翌日。いつものように蒼は会議室へ差し入れを持ってきたところに、神官達が待ち構えていた。


「アオイ様……残念ですがこのままご出立ください」

「えー! もしかして!?」

「……これ以上は何もお伝えできないのです……」


 ショボンと申し訳なさそうなのはチーノだけではない。他の神官達もだ。ガッカリと肩を落としている。こんな形で異世界からやってきた蒼がこの土地から送り出さないといけない。なにより彼女はこの街の恩人だ。

 蒼はそんなことは気にしていない。そもそも予想より目立ちすぎたと少し前から心配していた。儲けは大きいが、やはりリスクも大きかったのだ。


(密告か~!)


 上級神官は他者の悩みを聞き、そしてそのことを他言できない。つまり、そういうことなのだと蒼はすぐに理解した。


(私のために誰かが教えてくれたってことね)


 それだけで蒼はありがたい気持ちでいっぱいになる。その密告者もきっと大きなリスクをおったに違いない。

 誰かが蒼の行手を塞ごうとしている。兎にも角にも、神官達が去るべきというからには去った方がいいような内容だったのだ。


「お世話になりました! この街、とっても美しくって目にも耳にも心にもよかったです!」

「ああアオイ様……! 我々も本当に充実した日々でございました……このような形でお別れなど……」


 しまいには泣き出す者まで現れた。


「ジュリオさんにもどうかよろしくお伝えください!」


 ここにいないジュリオと会えないのは残念だったが、神官達の慌て方から早い方がいいのだとわかった。


「アルフレド連れてきます!」


 急ぎ家へと戻り、アルフレドに説明すると彼は久しぶりの冒険者モードへと切り替わった。剣を手に取り、気合も入っている。


「ジュリオ様にお会いできないのは残念だ……」


 アルフレドは蒼以上に残念そうだった。


 最小限の荷物を手に、二人は神殿の敷地の奥へと小走りで進む。そこに行くようチーノから指示があったのだ。

 そこには小さな森がある。だが近づくにつれ、どんどんとアルフレドの表情がこわばっていった。


「止まって」


 剣まで抜いたのでいよいよ大事だ。


(追手!? 間に合わなかった!?)


 この時、蒼は神官のせっかくの忠告が間に合わなかったのかと思ったのだ。だが、奥の暗がりから聞こえたのは以前聞いたことのある声だった。


「ハヤク!」


 オウムのルッチェの声だ。

 

「知り合い! 急ごう!」

「知り合い!?」


 アルフレドは声の主に思い当たるがおらず驚いたが、蒼と共に再び走る。

 テイマーのルチルはアペル神殿のお抱えだとは聞いていたので、蒼はすぐに味方だと判断できた。だが、彼女はこの時、自分に都合の悪いイメージが浮かんできている。もちろん気づかないフリをして走り続けてはいるが。

 こういう時に限って、蒼は自分の予感が的中することをよく知っている。


「ハヤク ノレ!」


(うっっっそ!)


 テイマーのルチルにルッチェ、そして白竜のニーナがそこにいた。ニーナには鞍のようなものが付いている。

 躊躇った蒼をアルフレドが抱え上げてそのまま竜の背中へととび乗った。


「あ……う……その……ありがとう……よろしく……ってキャアアアアア!!!」


(やっぱりかぁぁぁぁぁぁ!)


 白竜は大きな翼を広げて飛び上がった。しかも上空に向けて飛び上がっている最中は、何度もガクンガクンと上下に揺れる。


「シタ カムナヨ!」

「ンンンンンー!!!」


 仕方がないので蒼は口を閉じて叫ぶ。


「すごい……すごいよ……俺達、竜に乗ってる……」


 蒼をギュッと落ちないよう抱きしめているアルフレドは、心の底からこの経験を感動しているようだった。


(あれ?)


 竜の動きが安定した頃、地上から、神殿のパイプオルガンの音が聞こえてきた。いつもの荘厳な音楽とは違う、軽快で愉快な音楽だった。まだいつもの正午の音楽までには時間がある。


「ジュリオ様……」


 アルフレドの祈るような声が聞こえた。 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る