第10話(閑話) 勇者になった青年の衝撃

 翔と神官シャナがトリエスタに辿り着いたのは、蒼とアルフレドが旅立ってから一ヶ月も経った後だった。

 彼は道中、勇者らしく困っている人々を助け、魔物を浄化し倒し、記憶を辿れないほど幼い日に去った故郷の様子を確かめながら、魔法使いの末裔を迎えるために黙々と歩みを進めた。


(トリエスタまでもう少し! 楽しみだなぁ!!!)


 なかなか目的地に辿りつかなくとも、彼は元来善人だ。勇者の末裔として生まれたからか、後天的な影響かはわからないが、自分の食欲のために誰かを見捨てることはなかった。

 そして何より、対魔王組織である上級神官達の思惑もそこにはあったのだ。


『勇者にこの世界のことを愛してもらいたいっ!』


 勇者の末裔が持つ魔王を浄化するという本能からではなく、この世界が大切だからこそ魔王を浄化しなければと。そう思ってもらいたい。

 命を守るためにしかたなく異世界へと送り出したとはいえ、あまりにも彼はこの世界と縁が薄すぎる。

 なんなら、どういうわけかくっついてきた蒼の方が、すでにこの世界をエンジョイしている節があった。


「あおいねーちゃん、どこで商売してるんだろ。見つからないよう気をつけなくちゃですね」


 トリエスタへの門をくぐりながら翔はシャナに尋ねた。彼らは冒険者の格好をしてその他大勢にうまく溶け込んでいる。


「そうですね。最後にトリエスタの上級神官からの連絡だと神殿の敷地内で屋台を出されているそうなので……」


 上級神官同士の連絡魔法は一方的になる。交信はできない。しかも情報は限定的で、伝えられるのは基本的に魔王や勇者、英雄の末裔、御神託にかかわる内容に限られていた。

 蒼にかんしては、彼女が困っていたら助けるよう、上級神官向けの御神託があったため情報を共有することができていたのだ。

 しかし彼女はすでに神殿から離れてしまっている。助けを求めてはいない。そのため連絡の対象外となっており、彼女がトリエスタにいないことは神官達に共有されていなかった。


 他神官達の反応を鑑みて、グレコ達トリエスタの上級神官が必要以上に蒼の情報を共有するのを控えたというのもある。個別にやってきた密書の数を考えれば当然だが。


 次に彼女の情報が上級神官達に共有されたのは、御使アペルからの御神託があった時。花の都フィーラの特級神官ジュリオからの連絡で彼女が今どこにいるか判明した。それもまた二度目の連絡を最後に途絶え、蒼の利用価値を声高に叫ぶ一部の神官達をヤキモキとさせるのだった。


 もちろん、この時の翔はそんなことを知らないのでニコニコとご機嫌で、足取りも軽いようだった。


「じゃあ俺はそっち側に行かない方がいいですね」


 翔は彼女に会うべきではないことを理解していたので、アッサリとしたものだった。もちろん後でこっそり姿だけでも確認しようとしているからこそのなのだが。


「神殿は私が後程様子を見てきます。まずはレイジーさんを探しましょう」


 この街に来た目的は魔法使いの末裔レイジーを仲間に引き入れるためだ。ウキウキとしている翔には悪いが、目的達成をしなければシャナとしては落ち着かない。

 彼にかんしては情報がたくさん流れていた。心眼の加護を持ち、交戦的で目立ちたがり、魔術の腕は文句なし。ついでに言うと女性好き。協調性はあるが、自由人……等々。


「大きな街だ……見つかりますかね……」


 冒険者や傭兵、それに商人で賑わっているトリエスタの街の様子を見ると、人探しはなかなか難しい事柄に感じてしまう。


「ギルドに行けばなんとかなるでしょう。まあ数日あれば大丈夫ですよ」


 だがそんな心配は皆無だった。


「レイジー? あいつなら向かいの酒場でくだまいてるぞ」

「なんでも神殿がじゃんじゃんアイツに仕事まわすってんで、女の子口説く暇もないってよ~」

「魔法使いの末裔なんてデケェこと言ってるからなぁ~……英雄の末裔は神殿の依頼は断りずらいっていうし」


 ギルドで尋ねた途端に居場所が判明した。冒険者達はケタケタと笑いながらレイジーのことを話す。


「人気がある人みたいですね」

「ええ。人から好かれる方のようで安心しました」


 実力のある英雄の末裔達はことごとく対魔王軍に加わっていた。だがレイジーは実力を持ちながらも我関せずで冒険者を続けている。そういうタイプは珍しいのだ。彼らは基本、末裔であることに誇りを持っている。


「リーゼちゃーん! いいじゃんちょっとくらい俺と遊びに出てくれてもさ~~~」


 酒場の扉を開けてすぐにねっとりとした男の声が聞こえてきた。翔もシャナも、どうか彼がレイジーではありませんようにと即座に思ったが、もちろん彼がレイジーだった。

 リーゼという名の給仕は、どうしようかなぁと言いながら、すでに酔っ払っているレイジーにさらに酒を注ぎながら営業スマイルだ。どうみても相手にされておらず、元来善人な二人はレイジーに代わり心が痛くなる。


「あの、レイジーさんですよね。ちょっとお話が……」

「えーなに~? ちょっと今取り込み中なんだけど~~~……」


 目線をリーゼちゃんに向けたまま、シャナの方は見向きもしない。


「レイジー・ガイダルディさん! ちょっとお話が!」


 シャナは目をギュっと瞑って大きな声になっていた。翔もびっくりしているが、レイジーはその十倍驚いている。

 周囲もガイダルディ、という名前に反応していた。


「ちょ! なんだよお前……!」


 そう言うとレイジーはいそいそと若者二人を連れて店の外へと出る。


「な、なんで俺のフルネーム知ってんだ! お前! 神殿の人間か!」


 酔いは一気に覚めてしまったようだ。


「そうです。それでお話が……」


 広い中央広場の一画で三人は腰を下ろしていた。レイジーは居心地が悪そうに顔をしかめている。


「え? やだよ。勇者の護衛なんて」


 だがその勇者本人が目の前にいることを思い出し、


「ごめん! お前が嫌だってことじゃねぇんだ。俺には力不足ってだけ」


 他に適任がいるだろ~と、シャナに問いかける。


「そんな! こんな名誉なことありませんよ!」

「だからこそ俺じゃねーんだよ。ガイダルディって名前が必要なら、兄貴も姉貴も従兄弟殿もいるしよ~」


 ガイダルディ家は魔法使いの名家なのだ。数いる魔法使いの末裔の中でも一番と言っても過言ではないほどの実力と権力を持っている。

 レイジーは『魔法使いの末裔』という肩書きはひけらかしていたにもかかわらず、『ガイダルディ』というファミリーネームは誰にも話していなかった。そのくらい、実家とは疎遠なのだ。


「ご存知のはずです。それを決めるのは我々ではありません」

「……御使アペルか……」


 マジかよぉ……と頭を抱えながら項垂れている。

 レイジーの加護である『心眼』はアペルシアが彼の先祖に与えたものだ。そのためか、勇者と共に戦う者は、その加護を与えた御使達からの神託によって決められていた。


「すみません……」


 翔が本気で申し訳なさそうに頭を下げる。


「ですがどうかレイジーさんの力を貸してください。俺はどうしてもやり遂げないといけなくって」


 魔王の浄化を。と、まっすぐな瞳でレイジーを見つめた。


「うわぁ~~~本当にすまねぇ! 俺が……俺が悪かったよぉ!」


 爽やかで真面目で誠実な翔を見て、酒臭く肩書きのいいとこどりだけをして好き勝手生きている自分をレイジーは省みたのだ。


 すでに翔は立派に勇者をしていた。その眩しさに当てられたレイジーはあっという間に降参し、彼と共に魔王を浄化する旅にでることに決めたのだ。


「ああよかった。どうなることかと思いました!」

「シャナ……お前、可愛い顔して結構ハッキリ言うのな……」


 レイジーは半笑いだ。


「しかしまあ、あのお坊ちゃん勇者で大丈夫なのか? お利口さんすぎるというか……ちょっと心配だなぁ」

「そうですか? わりと親しみやすい方ですよ!」


 彼がシャナの言葉を理解するまであと数分。


「ねえ! ミートパイがあったよ!」


 嬉しそうに広場の屋台で手に入れたそのパイを三つ手に持ち、翔が走って戻ってくる。これまでの街では食堂でこそ食べることができたものだが、手で持ちやすいように改良された屋台料理では見たことがなかったのだ。


「あぁ~最近流行ってんだ。前は屋台っていえば串焼きが多かったけど、今は種類も増えてなぁ~」


 ここのはアタリだと、翔の見る目を褒めながらレイジーはパイを頬張る。


「味付けがしっかりしてる!」

「本当ですねぇ」


 翔は大興奮だ。久しぶりに味の濃い食事をとった。


「いや~でもアオイの屋台のは絶品だぞ~」

「え!!? あおいねーちゃん知ってるんですか!?」

「ねーちゃん……!?」


 勇者も魔法使いの末裔もお互いびっくり仰天と目を丸くしている。


「はぁ~アオイ様のお店は流行ってるのですねぇ」


 シャナも蒼の商売が安泰であれば翔が安心するのは間違いないと、よかったよかったと頷いている。


「そうなんだよ~だけどテノーラスに行っちまってさ~俺もついていこうと思ってたんだけど……あ! 神殿が俺を足止めしてたのか!」


 そういうことかと、レイジーはポンと手を打った。


「は?」

「え?」


 急に翔の瞳から光が消えたのをレイジーは見逃さなかった。


「あおいねーちゃん、いないの? この街に……」

「い、いないなぁ……一ヶ月くらい前から……」


 アワアワしているのはシャナだ。この後どうなるか想像ができている。


「うそ……うそだぁぁぁぁぁぁ!!!」


 先程までの好青年は見る影もなく、あまりのショックに耐えきれず地面に手と膝をついて嘆き悲しんでいる勇者、翔。


「ねーちゃんってことは……アオイは兄弟だったのか?」

「いや……お隣さんなんだけど……うっ……あおいねーちゃんのご飯食べたかった……うわぁぁぁぁぁぁ! それを! それを楽しみに……!」


 どうすればいいんだと助けを求めるようにシャナの方を見るも、首をフリフリとされるだけだった。


「あ……親しみが持てるってこういうこと……」


 レイジーは妙に納得しながら、ヨシヨシと勇者の背中をさすった。 

 

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