第10話(閑話) 勇者の末裔の期待
(ついに……ついに! あおいねーちゃんのご飯が食べられる……!!!)
そわそわとこの世界の服に着替える。冒険者のような格好だ。元の世界で着ていた服は捨てずにとっておいてほしいと、この島で暮らす神官達にお願いしていた。
彼はこれから魔王浄化の旅に出る。こっそりと。
翔は、対魔王軍に加わらない。
◇◇◇
「あれは目眩しです!」
シャナは元気よく答えた。
翔はついにこの島を出られると聞いて、喜びと同時に不安が湧いたのだ。つい最近まで翔にとっては戦場なんて画面の中の話だったのだから。すでに他の神官達から対魔王軍が結成されたことを聞いていた。あとはそこに翔が加わるのみだとも。
そんな大それた団体……対魔王軍を率いる勇者の末裔なんて、自分には荷が重い。
(魔王を浄化したいっていう気持ちはあるんだけど……)
それは心の底から湧いてくる感覚だ。勇者と魔王は対なる存在とリルケルラが話していたことを思い出す。
「俺はそこに参加しなくっていいんですか!?」
「はい。翔様にはこれから世界を回っていただきます。勇者に付き従う英雄の末裔達と共に」
対魔王軍にも、それぞれの英雄の末裔が参戦はしますが。と、シャナは何食わぬ顔で語った。
「ん? どういうこと?」
という質問にシャナは答えてくれなかった。
「こちらへ」
促されるまま、翔は神殿の地下へと降りて行く。しばらくここで暮らしていたが、この空間の存在を彼は今初めて知った。そして小さく湧く泉の上の祭壇に、金色の鍵が置かれているのが確認できる。
「そちらを手に」
言われた通りに鍵を手に持った瞬間、翔の目の前に急に古びた木の扉が現れた。驚いてシャナの方を振り向くと、彼はとても興奮しているようだったが、それを必死に抑えているようだった。キャー! すごーい! と叫び出したいのを我慢している風に見えたのだ。魔法のある世界でこの現象が珍しいということはとんでもないことだぞと、翔は鍵を持つ手に力が入る。
「私はその中へ入ることができません」
扉はすんなりと開いた。重さもなく、古さも感じない。
(武器庫……?)
小さな部屋の中で、小さなランタンに灯りが自動的に灯る。ふわふわと浮かぶ台座の上にそれぞれ剣に杖に本それから……、
(これは笛?)
小さな、しかし美しい細工がなされた小さなホイッスルサイズのものだった。
いったいどうすればいいかわからないまま、上を見上げるとさらにフヨフヨと浮いている台座がある。
「うわっ!」
翔がその存在に気がついた瞬間、台座が消えてその上に乗っていたであろう物が落ちてきたのだ。ナイスキャッチと彼は珍しく自画自賛する。
「ロッドってやつ?」
杖というには少々短い。せいぜい三十センチほどの長さの柄の部分に、大きく透明な石が嵌め込まれている。なぜだかとても手に馴染むそれを持って、翔はその不思議な空間から出た。
「おぉ! それが勇者の笏!」
シャナは今度は興奮を隠さなかった。涙を流さんばかりに感動してる。これは正式な勇者の証なのだ。勇者の末裔ではなく、これで翔は晴れて『勇者』となった。
(今のやつ意外と大事なイベントだったんだ!?)
パンパカパーン! というラッパ音でも流れてもよさそうな出来事だったが、ひっそりとおこなわれたのにはワケがった。
「悲しいですが、敵を騙すにはまずは味方からということになったのです。現在はどこに魔王軍に与する人間がいるかわかっていませんから……」
それで対魔王軍には、翔の影武者を送るのだ。その他、戦士、魔法使い、神官、テイマーの末裔の影武者と共に。
「その間、俺がこっそりと魔王を浄化するってことですか?」
「そうです! あぁ! もちろんこの浄化作戦が成功しましたらショウ様のことは全世界に公表いたします!」
「うわあああ! いいですいいです! そういうの俺は!」
翔はそれを聞いてむしろホッとしていた。勇者と祭り上げられて魔王を浄化しにいくより、こっそりとやるべきことをやる方が落ち着く。知っていて欲しい人だけ知っていてくれさえいれば。
「全部終わったらあおいねーちゃんには知らせてください」
「わかりました。それはもちろんお約束いたします」
にこり、とシャナはいつものような優しい笑みになっていた。
ロッドを腰にさし、元きた道を戻る。ドキドキするのは久しぶりの摩訶不思議現象のせいか、いよいよ魔王浄化本番という実感が湧いたから、翔にはどちらか判断がつかなかった。
「あの部屋にあった残りの武器ってもしかして……」
「えぇ! それぞれの英雄の末裔が手にした時、真なる力を発揮します!」
「どの末裔が手にするべきか、どうやったらわかるんですか?」
英雄の末裔は今それなりに数がいるという話はすでに翔は聞いていた。……勇者の末裔を除いてではあるが。
「勇者ならわかる……といいたいところですが、実は我々にも知る方法がありまして」
それが御神託だった。
「そういえば魔法使いの末裔が見つかったって前言ってましたね……それがあの武器を持つ『魔法使い』ってことですか」
「そうです! レイジーという名前までわかっていますから、見つけるのは難しくありません」
どうやって世界中を探して回るんだとこっそり不安だった翔は胸を撫で下ろす。そしてまた別の不安が湧いてきた。今日はいつにも増して内面が忙しい。
「その……影武者をやってくれる人達はこの作戦を知っているんですか?」
対魔王軍に属するということは戦いの最前線に行くということだ。翔ができる限り安全に魔王に近づき目的を達成するために。危険なことはわかりきっている。
「もちろん。全員覚悟の上です」
英雄の末裔達は魔王発生に備えて、特に強力な力を備えた子供は幼い頃から厳しい訓練を積んでいた。だが訓練を積んでいるからといって、勇者に付き従う英雄の一員になれるとは限らない。もちろんそれは全員がわかっていた。だがそんなのは問題ではないのだ。
「名誉を求めていないのはショウ様と一緒です。世界が平穏であればそれで」
穏やかな声だった。
「私も神官の末裔として対魔王軍に加わります」
「え!?」
実は私も英雄の末裔なんですよ、とイタズラっぽくシャナは笑っていた。
「ああでも、レイジー様のところまではご一緒しますから」
「いや、そうじゃなくて……」
「大丈夫です。これでも私、若くして勇者ショウ様の教育係に任命される神官ですよ! そう簡単に負けるようなことはありません」
そのシャナの表情は翔がここでの生活で見たことがない、自信満々で不敵な顔だった。決して翔を不安にさせたくない、そして彼が翔を間接的に守るということに強い誇りを持っていることに気づいた。
「俺、頑張るよ」
「そうしていただけると助かります」
そうしてすぐにシャナはいつもの穏やかな微笑みに戻った。
「まずはどこに行くんですか? レイジーって人のとこですよね」
前向きな気持ちになれたことをこっそり喜びながら、翔は島の外の様子を想像する。彼の中の異世界は、まだこの島だけだ。
「そうです。彼はトリエスタにいるんですが、あちらの神官達がうまく足止めしてくれているので、すぐに会えるでしょう」
「トリエスタ!!?」
翔はきっちりしっかり覚えていた。蒼が降り立った異世界の街の名前を。そしてなにより、その街で屋台を開いて美味しい料理を提供していることを。
「これも御使のお導きですね。……ただお会いすることは避けていただきたいのです。可能な限り秘密裏にこの作戦をおこなうために」
シャナは少し申し訳なさそうだ。これまで一緒に翔といるので、彼がどういう気持でいるかよく知っている。
「そうだった……俺の情報は秘密だった……すみませんつい……」
明らかに方を落とす翔にシャナは急いで声をかけた。
「ショウ様の代わりに私やトリエスタの神官がアオイ様のお料理を手に入れますので、そこはご安心くださいね!」
(うっ……バレバレだ……)
翔は恥ずかしそうに頬をかいた。もちろん蒼に会いたいのが一番だが、やはりどうしても彼女の料理が頭に浮かぶ。
「いやぁ私も楽しみです! いったいどれほど美味しいのか!」
その日の夜、彼らはひっそりと島を発った。世界を救うための旅立ちだ。
だが彼らは知らなかった。蒼もまたその日、トリエスタの港から新たな街へと旅立ったことを。
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