第7話 打ち合わせ

 アスティア王国では秋の大掛かりな種蒔きが終わり、冬の気配を感じ始めた頃に豊穣を祈る祭りがおこなわれる。もちろん蒼が今いるトリエスタの街もそうだ。そこで異世界初心者の彼女には疑問が一つ。


『祈るって誰に?』


 祈る対象がリルケルラではないことはなんとなく察せられた。御使リルの担当は健康長寿。ということは別の御使の領分だろうと。


「御使フリューです。豊穣と成長を司るので、植物だけでなく子供達の成長も祈るんですよ~」


 トリエスタの上級神官達は、グレコを中心にこの世界の知識を少しも持たない蒼にとても親切に授業をおこなった。なにがわからないかもわからない彼女にとって彼らは頼りになる先生達だ。


「トリエスタにはこの神殿の他に四カ所、別の御使を祀った神殿があります」


 蒼は首を縦に振って知っていることをアピールする。アルフレドと街歩きをした時に確認していた。

 一番大きな神殿はこの御使リルの神殿だが、他に豊穣の御使フリュー、商人や旅人そして冒険者を守護する御使グレス、そして夜を司り死者の魂を守る御使アーレイ、昼と幸福を司る御使ギールベを祀る神殿がそれぞれこの街にはあった。


「その地域の特色によって神殿の数や祀っている御使に違いがあるんですよ~」


 大きい街ほど神殿の数も増える。五つの神殿を有するトリエスタはこの国では多い方だ。


「ちなみにトリエスタの上級神官は自分たちだけなんです~」


 他の神殿はちょっといいお屋敷程度の大きさが基本で、墓地や孤児院が併設されていることもある。


御使アーレイ夜の神殿御使ギーベル昼の神殿はだいたいどこの街にも神殿がありますねぇ」

「その次に多いのが御使リル健康御使フリュー豊穣の神殿ですよ」


 ブラスはちょっぴり誇らしげだ。

 だが別に神殿同士、神官同士が仲が悪いといったことは全くない。上級神官以外は会社内の部署が違うくらいの感覚なのだ。


(上級神官は専門職って感じなのかな?)


 そもそも対魔王の専門家という話だから、普通の神官とは違って当たり前かもしれないと蒼は思い直した。

 

◇◇◇


「それで今回の豊穣祭なのですが、アオイ様のお力もお借りできないかと」

「もちろん! お手伝いしますよ~!」


 神官長のサヴィーノからの依頼を蒼は二つ返事で引き受けた。


「それで何を作れば?」

「話が早くて助かります」


 サヴィーノは自分たちの思惑がバレバレだったことが面白かったようで小さく笑っている。隣にいたチェスティも同様だ。


「アオイ様には子供向けの甘いものをお願いしたいのです! こちらでお手伝いできることはもちろんいたしますので!」


 チェスティの方はよっぽどその手伝いが楽しみなのかやる気に満ちている。

 この祭りのメインはフリューを祀る神殿の神官が中心となって行われるが、もちろん他の神殿の神官達も駆り出される。この神殿は子供向けのイベントの担当。


「実は毎年焼き菓子を作って配ってるんです。少量ですがね。滅多に食べることのできない子もいますから……同じ予算をかけるなら、より美味しいものをという話になりまして」

「なるほど~」


 なんとも光栄な役目だと、蒼はちょっぴり誇らしくなる。誰かの幸せの役に立てる実感は自己肯定感を上げてくれる。この世界にやってきて他人の世話にならねばまともに暮らしていけなかった彼女にとって、ありがたいと感じるほどの依頼だ。


 と、ここまでは思っていた。


「そしたらなににしましょうか~せっかくだから豪華に……あ! でも数は? 百個くらいはいるのかなぁ~そうするとちょっと考えないと……」


 計画を話し始めた蒼の方をサヴィーノとチェスティが、今度は伺うような営業スマイルになっていた。それで少し、蒼はいつもの嫌な予感がしたのだ。


「五百か……千ですね」

「は?」


 てへ! と可愛い子ぶって、神官が二人して誤魔化している。


「五百か千あると安心かなぁって……」

「いや倍じゃん!」


(倍じゃん!!!!!)


 外でも内でもこの言葉でいっぱいになる。いつも三十食でギリギリだというのにどうしろというのか。


(だから少量って言ってたのか)


 材料の問題となかなか素人が作るのには大変な数だ。この神官達が昨年エッサホイサとなにかしら作ったのかと思うと微笑ましい様子も頭に浮かぶが……。蒼もその数を作りこなす自信はない。


「昨年、五百個じゃ足りなくなりましてね……」

「なくなったことを告げた時の子供の顔は堪えました……」

「アルフレドさんに売り切れと告げた時の姿を思い浮かべてください……それです」


 うっと蒼のツッコミも引っ込んでしまう。


(急な無茶振り……久しぶりだわ……)


 働いていた時のことを思い出したが、今はメンタルが健康なためか、それもと嫌いな上司のためではなく、日頃自分を大切にしてくれる人たちからのお願いだからか……。


(やってやらぁぁぁぁぁ!)


 というヤケクソ気味のやる気も湧いてきた。


「わかりました! ちょっと考えます! もちろんお手伝いはお願いしますね!」

「ええもちろん! 頑張りましょう!!!」

 

 チェスティも蒼のやる気を受け取り、いつもの五倍は元気に返事をした。


 さて、この翌日も蒼は一件打ち合わせが入っている。チェスティに想いを寄せるバジリオと、彼女への贈り物をどうするか考えなければ。この世界にきてこれほど予定ができたことがあるだろうか。


(いやないわね)


 今日のメニューは急遽変更した。お菓子作りで大活躍の小麦粉薄力粉と砂糖とバター、そして卵はできるだけ残しておきたい。蒼の家のルールの一つに、作ったもの変化を与えたものは元通りにならないというものがあった。


(途中まで作って冷凍しておこう……)


 豊穣祭まで冷蔵庫のリセットはあと三回。しかも今週の分はかなり使ってしまっている。しかしどちらにしろ、千なんて数の全く同じお菓子は厳しい。何種類か、というのが現実的だ。この世界の材料で同じものを、という考えもないわけではないが、蒼は別に料理が大得意なわけではない。


(ご飯モノはまだしも、お菓子はレシピ通りに作るのが一番!)


 材料を変えてアレンジしたら、おそらく今のように食べた人は喜んではくれないだろうという確信があった。味がどうなるか見当もつかない。


(試作を……とは思うけど今じゃないわね……時間足りないし)


 今日は馬の日。スープの日だ。鶏肉とベーコンを入れたクリームシチューを用意している。そして甘いものは……。


(しかたない!)


 伝家の宝刀チョコレートだ。過去一度だけチョコレートを使ったメニューをお店で出したことがあるが、即売れ切れとなった。この街ではチョコレートはまだまだ金持ちの食べ物。貴重で高価。やはりあの甘さは世界を越えて人気がある。


「ということで、本日はチョコレート入り絞り出しクッキーです!」


 ほんの少量、五百円玉くらいのサイズで銅貨一枚だと蒼はいまだに罪悪感を抱いてしまいそうになるが、いつも大人気のスープよりあっという間に売れてしまった。


(チョコのお菓子が安いと目立ちすぎちゃうしな~)


 蒼にしてみたらお菓子用の食材の節約になり、お客からしてみると憧れのチョコレートを手の出る価格て食べることができたので何も気にすることはないのだが。


「いつか思いっきり食べてみて~な~」

「これだけでこんなにうまいんだもんな……」


 性別も年齢も関係なくチョコレートはしみじみと味わっている人も多い。皆幸せそうな顔だ。


「また手に入ったら何か作りますね」

「おぉ~頼むよ!」


 そう声をかけながら帰っていくお客を見送っていると、


「贈る物が決まったぞ……」

「ウワァ!」


 またも気配なく現れたのは、本日打ち合わせ予定だったバジリオだ。お客がいなくなるのをずっと待っていた。


「す、すまない! また驚かせてしまった……」

「いえいえこちらこそ」


(こんな体が大きいのになんで気配がわかんないんだろ)


 そんな疑問も出てくるが、今する話ではない。


「チョコ菓子ですか?」


 それは昨日から蒼も考えていた答えだ。高い贈り物は嫌がるといっても、領主の息子が渡すのであれば、やはりそれなりものもがいいだろう。なにより蒼はチェスティがチョコレートの美味しさに魅了されていることを知っている。


「ああ。チョコレートは手に入るだろうか?」

「う~んどうですかねぇ~なんとかなるかなぁ~」


 我ながらすっとぼけているな、と彼女は思っているが、まさかあと二日眠れば余裕です、とは言えない。


「厳しければ言ってくれ。懇意の商人に早目に伝えておく」

「わかりました」


 そうして蒼は残していたチョコレートクッキーを一枚バジリオへと渡した。


「おひとつどうぞ」

「む。い、いただこう……うまいな……チョコレートは食べたことがあるが……なぜここまで美味いんだ……」


 そしてこれも昨日から考えていたことだ。 


「これ、バジリオ様がお作りになってみては?」

「え!? は!? いや、それは……」


 考えもしなかったと、とんでもないものを見る目で蒼に視線を送った。


(偉い人はやっぱそういうことしないのかな~)


 だがバジリオは蒼がイメージする貴族とは違い、ずいぶん気さくで話しやすい。


「難しくはないんです。レシピを、作り方をお教えするのでいかがですか?」


 チェスティはこういうことを喜んでくれる人だということも知っている。蒼も、もちろんバジリオも。モノの価値より気持ちを喜ぶ人だと。


「いやしかし、それレシピは君にとって大切なものだろう?」

「難しくないものなので、そう時間はかからず他の人も真似するでしょうし……ですが、お教えしている最中は他の人に見られないと助かります」


 料理のプロが蒼の食材を見れば、きっと通常のものこの世界の食材と違うと気づいてしまう。その点、全く料理をしない貴族の息子相手なら誤魔化しもきく。

 蒼の屋台には最近同業者がよく食事を買いに来ていた。そしてその美味しさに驚き、その場でしばらく黙り込むというのがいつものパターンだ。


(材料の恩恵はかなり大きいから、全く同じ味になるには時間が必要だろうけど)


 とはいえ彼らから感じる情熱から察するに、蒼も余裕ぶってはいられなさそうだなとも理解していた。


「講師代と材料費をいただければそれで」


 チェスティの誕生日は年の終わりだと聞いていた。豊穣祭の後、材料にも余裕が出た頃だ。


「……ありがとう。お願いする」


 そう言ってバジリオはきちんと蒼に頭を下げた。


(さ~忙しくなるぞ~!)


 まさかこんなに異世界を満喫するようになるとは。蒼も翔もリルケルラも先輩も誰も思っていなかった。

 

  

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