第6話 偉い人

 突然の異世界生活が始まって早くも四ヶ月目に突入だ。魔王軍の襲撃を受けたトリエスタもすっかり元通り……とはいかず、領主はより城壁を補強し、傭兵団を雇い、腕の立つ冒険者を集め、領地の強化を図っていた。


(そういえば魔王軍はレイジー狙いだったんだよね?)


 魔王軍は領主の息子を攫ったかと思うと、その真の目的は領主息子を助けに向かったレイジーを亡き者にするためだったとアルフレドからは聞いていた。街の人々は、レイジーは戦闘初期から前線で敵を煽りながら戦っており、尚且つ周囲も彼を『英雄の末裔』と囃し立てていたので、それを魔王軍に与していた人間に聞かれていたのだろうと噂していた。


(意外と好戦的なんだ)


 レイジーは自称、勇者と共に魔王を浄化した魔法使いの末裔。本人は痛い目にあったが今もこの街で冒険者業を続けている。

 『英雄の末裔』とは千年前の魔王浄化の際、勇者に付き従った魔術師、戦士、神官、そしてテイマーの子孫のことをいう。彼らは勇者同様、特別な加護を授かったとされ、それが子孫達にも受け継がれていた。……といった歴史の授業を蒼は最近神官達から受けている。


『レイジーって結構勇気と根性ガッツあるよね』


 蒼はソーセージロールとマドレーヌを両手で渡しながら声をかけた。レイジーは神殿の治癒院に治療を受けに来ていた帰り。頭に巻かれた包帯が痛々しい。


 魔王軍に命を狙われて怖くないの? とは聞けないので、蒼はただ彼を褒めた。自分だったらきっと身元を隠してコソコソと生きていくことを選ぶ……というより、現在進行形でそうしている。チャラチャラしているが、堂々と生きている彼が立派に見え、そして羨ましい。


『そりゃあ食ってかなきゃいけないしな~冒険者以外でどうやって稼げばいいかもわかんねぇし……傭兵ならありかな?』


 でも行きたいとこも仕事内容も自分で決められないしな~と、いまいち蒼の言葉の意図は届いていないようだった。


 蒼はゆっくりとバスタブに浸かり、フゥと一日の疲れを吐き出す。足先が冷たかったのでジンジンとした感覚に意識がいく。トリエスタの街はもう冬といってもいい寒さだ。街の人はまだまだ序の口と、蒼よりずっとこの寒さに慣れているようだった。


(どんな環境でも健康でいられるけど、寒いものは寒いし暑いものは暑いってことね~)


 与えられた加護の詳細がここにきてわかってきた。だが寒い日の風呂や暑い日のアイスを食べる楽しみがあるのだと思うと別に悪くないなと蒼は思っている。


「えーっと……釣り銭よし、包み紙よし!」


 リビングのテーブルの上に翌日の準備をしている。明日のメニューはミートソースたっぷりのキッシュ、甘いものはアーモンドクリームのタルトを作るので、あらかじめ調理器具だけはキッチンに出しておく。スープの日が加わってことにり、パイ生地に余裕がでてきたのだ。蒼の店は惣菜パイもおやつのパイも人気があった。


(オーブンフル稼働ね~ちょっと早く起きなきゃ)


 規則正しいせいか、それとも会社に遅刻しちゃう! というプレッシャーがないからか、最近は早起きが苦痛ではなかった。朝が来るのが怖いと思いながら眠ることもない。


(魔王がいる世界だってのにねぇ)


 そういう恐怖はトリエスタにやってきた時に味わったのが最後だ。


◇◇◇


「最近重量感のあるメニューが増えたね」


 その日アルフレドは蒼がワゴンを設置するより前に神殿にやってきて、定位置までの移動を手伝ってくれている。置かれたキッシュとタルトに目を輝かせながら、今日もいい匂い、という感想も忘れない。


「うーん……私がお腹空くからかも。最近寒いし」

「これで寒かったらこれから大変かも……」

「やっぱり!? そんな予感はしてた~」


 リルケルラが用意してくれた衣類はそれなりに種類があったが、それでも蒼は少しばかり不安だった。


(う~ん買い足すか……)


 今は袖のある服に冒険者用のマントを羽織っていた。一枚毛糸のカーディガンが欲しいところだ。あるかどうかもわからないが。


(市場で布類はよく見かけるけど、毛糸類はあったかな~)


 記憶を辿るも、食べ物以外は意識して見ていなかったせいか思い当たる場面がない。


「お! 今日は早いな!」

「いらっしゃ~い」


 考えごとを深める間もなくどんどんお客がやってくる。


「肉をとるか甘さをとるか……」

「今日タルトか! 娘が好きなんだよ~両方貰えるかい?」

「これ肉が入って……るな! いい匂いするする!」


 最近は口コミも広まったのか、わざわざ蒼の店を目当てにやってくる人も増えていた。

 だがそんな中でも明らかに雰囲気が違う人物が一人。商人でも冒険者でも神殿関係者でもないのが一目瞭然だ。


(な~んか高そうな平民服ね……めちゃくちゃ綺麗だし……おろしたて?)


 帽子を深く被っているので顔はよく見えないが、ガタイがよく筋肉質で背筋がピンとしており、蒼はまだまだこの世界での経験は浅いが、


(兵士? うーん騎士? たぶん偉い人だな)


 そんな勘が働いた。周囲はたまに彼を見てギョッとしていたが、そのまま話しかけることもなかった。その男も偉そうに振る舞うことはなく、黙って列に並んでいるのでそれほど注意する人物ではないだろうと、何も気づいてはいませんよ、という風を装って接客をする。

 

「二つともいただきたい」

「ありがとうございます」


 その男はやはり顔を見られないように俯いてたままだった。何事もなくやり取りも終わり、いつも通り蒼の屋台は十二時の鐘が鳴った少し後、無事売り切れとなった。


 そして今日の本番はここからだとはつゆ知らず、蒼は手際よく後片付けを始める。売り上げをマントの内側のポケットへしまい、ワゴンを動かしやすいよう畳む。


「すまない。少し聞きたいことが……」

「うわっ!」


 気配もなく声をかけられ、思わず蒼は声を上げた。振り返ると、例の謎の男が。相手も蒼の声に目を見開いて驚いていた。そこで初めて男の顔を見たが、灰色の瞳と右頬の切り傷がすぐに目についた。


「お、驚かせてすまない!」


 相手はすぐに蒼に謝罪した。それで彼女は少し安心する。どうやら悪いやつではなさそうだと。


「なんでしょうか?」


 蒼が受ける一番多い質問は翌日のメニュー、その次が美味しさの秘密、もしくはレシピ、そして彼女の出身だ。

 さあどれだ? と構えていたところ、


「以前はどこに勤めていた? これほど美味しい食事はとったことがない……まさか王室か!?」

「いいえどこにも」


 こういう質問への答えを蒼はあらかじめ用意している。それっぽい嘘だ。蒼はグレコの知り合い、ということになっている。実際は知り合いリルケルラの知り合いだが。その縁で神殿で商売を許されていると。特級神官という肩書きは馬鹿にできないのだと蒼は知った。


「試行錯誤をいたしまして。お口にあってなによりです」


 細かく聞かれない限り余計なことを答えたりはしないが。


「そうか……いや、しかしいったいどんな食材を使えばこれほど美味しくなるのだ?」

「この街の市場でも手に入るものでございます。本日の肉は挽いたものを使っておりましてそれに味付けをして……それから卵……」

「いやすまない。せっかく教えてもらっても私にはわからなくて……」


(そうでしょうね~料理とかしなさそう~)


 同業他社だったらさらに細かく尋ねただろう。謎の男は腕を組んでなにやら悩んでいる。そうして意を結したように、


「君を個人的に雇えるだろうか?」

「え!!?」


 全く想定もしてない質問に、蒼はまた大きな声を出してしまった。これまでアレが食べたいコレが食べたいといった商品のリクエストを受けたことはあったが、蒼個人をというのは初めてだ。


「と、言いますと?」


 あまりにもザックリした内容なので、念のため詳細を尋ねる。相手は偉い人だとうと見当をつけているので、あまり邪険にしてもよくないだろうという考えもあった。


「あ~その……個人的な贈り物をしたくって……相手は高価なものは受け取らない主義であって……その……君の食事を大変褒めていてだな……価格もであるし……ああもちろん十分な謝礼は払うつもりなので……そこは……材料費ももちろん……」


 ゴニョゴニョと大きな体を居心地悪そうに揺らしながら理由を話している。しかも若干顔が赤い。


(好きな人にプレゼント用の料理を作って欲しいってことか)


 ギャップのせいか、蒼はその謎の男に好感を抱いてしまった。誰とも知らない彼の恋路がちょっと面白そうだとも興味も湧いている。一般人がギリギリ許容範囲の昼食代を格安というくらいだから十分な金もありそうだ。


「内容にもよりますので、もう少しお伺いしてからお返事してもよろしいですか?」

「も、もちろんだ!」


 アッサリと蒼が好感触な返事をしたことで、まずは一安心と謎の男はホッとするような柔らかな笑顔になっていた。


「あら……? バジリオ様?」

「ヒャアッ!!!」


 この可愛らしい悲鳴を上げたのは蒼ではない。バジリオと呼ばれたガタイのいい謎の男だ。

 呼んだ主はこの神殿の上級神官チェスティ。振り返った男はアワアワと大慌てになっていた。


「あ~! 食べてくださったんですね! 美味しかったでしょう!? アオイさ……彼女の作ったものはどれも絶品で……」

「あ、ああ……チェスティ様の仰る通りでとても美味しかった……」


 困ったような、しかしどうしようもなく嬉しくて口元が上がってしまう。バジリオはそんな顔をしていた。


(は~~~そうきたか~~~)


 どう考えても贈り物の相手はチェスティだ。


「トリエスタ家の御次男様に気に入ってもらえるなんて~流石ですね!」


 チェスティが蒼にウィンクする。

 

「え? え!!?」


(ってことはあの!?) 


 あの魔王軍に攫われた領主のご子息がバジリオということだ。


「ああやっぱり気づかないですよね~! バジリオ様、わざわざ変装なんてして~」

「いや……ハハ……」


 チェスティは蒼が領主の息子を知らないのはまずいと思ったのか、気を利かせてくれていた。バジリオの方はもちろんまったくそんなことは気づいていないようで照れ照れと顔を赤くして頭をかいている。


(だから何人かこの人の顔見てビックリしてたのか)


 だが気づいても気づかないフリを皆していた。やはり気を遣われるような身分の人なのだ。


「それでチェスティさん。どうかされました?」

「あ! サヴィーノ様が祭りの件で少しお話されたいそうなんですが、この後お時間ありますか?」 


 蒼はチラッとバジリオに視線を向ける。まだ先ほどの話が途中だ。


「こ、こちらは大丈夫だ! あ、味の感想はもう伝えたし……」

「……よければまた明日もいらしてくださいね」

「ああ! そうさせてもらおう!」


 そう言うと、では! と早足でこの場を去っていった。


「バジリオ様、ちょっと挙動不審ですけどいい人ですよ」

「そうみたいですね~」


 蒼の声もちょっぴり浮かれていた。

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